園の花たち

 一体どこから出てきたのか。


 二、三人は優に寝転がれるほど大きなベッドは透明感のあるグレー色で、ツルツルとしている見た目とは違いさらさらとしていて気持ちがいい。


 固くなく柔らかくない不思議なベッド。


 高さはおよそ20センチで見た目だけならマットレスに近いが、ウォーターベッドに似た感触のそれは多少の無茶をしても問題ないくらい頑丈だった。


 雨宮派閥、白崎派である百合の園のメンバー9人は、そこに三人ずつになって寝かされていた。


 園田識芙そのだ しるふ

 真庭沙良莉まにわ さらり

 牧瀬夏生まきせ なつお


 田城佳樹たしろ かじゅ

 薬師寺希星やくしじ きてぃ

 獅堂二葉しどう にぱ


 小野木智絵里おのき ちぇりー

 鹿間波瑠しかま はる

 鳥居凛音とりい りんね



 その中の一つのベッドにうつ伏せでふへぇと寝転んでいた識芙が、至福の表情で目を細めていた。



「はぁ……何これ気持ちぃぃ…」



 園田識芙。あどけない顔とスパっと切り揃えたセミロングの赤っぽい髪が似合う美少女。黙っていれば冷たい印象の彼女だが、今はだらりと蕩けていた。


 識芙と同じベッドに寝かされていた真庭沙良莉まにわ さらり牧瀬夏生まきせ なつおは、声を潜めて現状を分析していた。



「これってやっぱり夢? それもみんなで共有するタイプの」


「沙良莉ちゃんの言いたいことはわかるけど、ここまでリアルだとね…普通グラデあると思うんだ」



 そう言ったのは、牧瀬夏生。耳に掛かるくらいの明るい髪色のショートカットに大きな瞳。まるで少年のような見た目の可愛い女の子で、彼女は膝立ちになり、自身の薄い身体をペタペタと触っていた。


 沙良莉の言うように共有する夢というのは、可能性としてはあり得ると思うが、大なり小なり皆それぞれ強さも想いも違う夢のはず。いくら仲良しだからと言っても同じ夢などあり得ない。


 グラデーションとはそう言う意味だった。



「そう…なら誘拐…?」


「うーん…僕らはそこまでお金持ちじゃないし……これはつまりあれだよ、あれ」


「何?」


「い、異世界、召喚っ! だと…思う…なんちゃって…」



 ベッドに膝立ちになり、夏生は周りを見渡しながらそんな事を言った。


 石で囲まれた床と壁と天井。窓も照明もないのに不思議と明るい部屋。しかも出口などの外部へのアクセスが一切なく、現実的にあり得ない閉ざされた空間。


 室内の高さはおよそ三メートル。四方を取り囲む灰色の石の隙間はコンクリートブロックとは違って隙間の目地はスカスカだが、みっちりと積み上げられていて、脱出の糸口はない。


 確かに沙良莉の言う誘拐より、夏生の言う異世界召喚の方が、信じられるほどの非現実空間だった。



「夏生はそういうの好きだねぇ…」


「だ、だって! なんか光に包まれたでしょ! 多分僕らが勇者なんだっ!」



 照れながらも目をキラキラさせて拳を握った夏生に、寝そべっている識芙が視線を逸らした。



「セイちゃんは脱出できたのかなぁ」


「どうかな…」


「む、無視しないでくれよぉ…」


「あはは…勇者とかないない。わたし達モブだしぃ」


「セイならまだわかる。我々はモブ子」


 

 上半身を起こし、伸ばした脚を組み替えながらそう断じたのは真庭沙良莉。胸まである真っ黒なストレートの髪をセンターで分け、整った顔が台無しになるくらい眠たげな顔をしていた。


 沙良莉の言うセイとは同じ百合の園メンバーの一人、万能倉清恋ばんのうくら せいれーんだ。彼女だけなぜか姿が見えないが、捜索しようにも何も出来ない。何も痕跡がないのだ。



「そうだよ! モブ子だからこそ可能性があるんじゃないかっ!」


「わかってないなぁ。チートもらってる時点でモブじゃないの。自称モブ(笑)なの」


「それに異世界なら召喚主とか首輪とかしてくるはず。それがこの気持ちのいいベッド」


「ほんとほんと。これ寝てるだけで肌がツヤツヤになるもん。バインバインだし、お家に欲しいぃ…」



 彼女達が寝ている不思議なベッドは反動をつけてみるとまるでトランポリンのように跳ねる。隣のベッドで、はしゃいでるメンバーがいたからわかったことだった。



「それこそ魔法とか魔術みたいじゃないか…ここだってダンジョンみたいだし…この服だって奴隷みたいだろっ! じゃ、じゃあデスゲームはどう!?」


「火威派とかぁ?」


「赤いけど、無いと思う。でも和光ならわかる。危うい」



 識芙と沙良莉は一生懸命に語る夏生を微笑ましく見ながらもどこかこの非現実を楽しんでいた。そもそも大前の女子が、特に白崎派の我々が、しかもほぼメンバーが揃っているのに狼狽えるなんてあり得ない。そんな矜持に支えられているだけなのかも知れないが。


 だが、夏生はまだまだ続ける。


「そうだよ、きっと犯人がこの中にいるんだ。清恋ちゃんは絶対そいつにやられたんだ」


「やー、みんなを疑うとかないわー」


「ナツ、それ大声で言ってみて」


「ち、違うよ! 成りすましてるって意味だよ!」



 夏生は辺りを見渡し腕を水平に薙いで叫んだ。しかし、他のメンバーからのリアクションはない。


 何故なら識芙たち三名以外の他のメンバーは夢を話す過程でトラウマを思い出して落ち込み、百合の園の名に恥じないくらい慰め合っている最中だった。



「落ち着きなってーもーこんなの夢でいいじゃんさー。ほら、ミューチュアルなんとかってやつ。考えてもわかんないんだしぃ…」


「ミューチュアルドリーム」


「そうそれそれ」


「じゃ、じゃあさ! あの化け物は? それに夢だったらデザインできると思うんだ!」


「デザイン?」



 夏生の疑問に沙良莉が小首を傾げて反応する。識芙は相変わらず蕩けたままだ。



「そう、これは夢だって夢の中で自覚していたら自由に変えれると思うんだ」


「明晰夢…いや、出来ない。扉は出てこない」



 明晰夢とは「これは夢だ」と自覚しながら見ている夢のことだ。夢だと分かっているので、見ている本人の意識の力を作用させることができるとされている。


 だが、沙良莉がいくら願えど現状は変わらず、溜息を吐きながらまた脚を組み替える。



「はぁ……夢にしろ異世界にしろ、みんな揃わないと出られない」


「のかなぁ…でも園のみんなが一箇所にこれだけ集められてるのも変だし…何かのルールとか…」



 彼女たちは目覚めた後、自分たちの認識を話し合った。共通するのは、光に包まれたこと、化け物に襲われたこと、トラウマになった過去の夢、唐突に訪れた爽快感。この四つだった。



「となるとやっぱりまずはセイちゃんだねぇ…どこ行ったんだろぉ…夢なら目覚めたとかだねぇ…」


「シルは探す気がない」


「ほんとだよ」


「だってぇ…このベッドさらさらして気持ちーもん…なんか不思議な力も感じるしぃ…ちゅっちゅしちゃう。にゅへへへ…」



 識芙は言い訳を口にしながらベッドに頬擦りする。相当気に入ったようだ。


 襲ってきた化け物の姿はもうないが、夢に出てきたトラウマと、出られない恐怖によってナメクジみたいに交わる友達の姿をぼんやりと眺めながら、諦観を吐き出した。



「それにしても…みんな覗かれてたらどうするんだろうねぇ…」


「シルもさっきまでベッドのリッジ使ってた」


「あははは…みんな頭がパラッパラッパーだよねぇ…あのチェリーが無闇に色っぽいしぃ……」


「というかそれパッパラパーじゃな──はぅぅっ!? 識芙ちゃん!? いきなり何するんだよっ!」



 識芙は夏生の後ろに素早く回り込み、薄い胸を揉みしだいた。夏生はつい反射的に大きな声で拒否の言葉を口にするが、そこまで嫌がっていない。


 それを見抜いた識芙は、ニヤニヤと笑いながら彼女の耳元で囁く。



「さっきからさぁ。あーだこーだ言ってるけどさぁ。我慢してて辛くないのぉ夏生ぉ?」


「ぼ、僕は、白姫オンリーだし…」



 だんだんと声が小さくなる夏生の宣言は、識芙をその気にさせてしまう。



「こんなにかったいのにぃ?」


「や、めてよ…! それに我慢なら沙良莉ちゃんもじゃないかっ!」



 百合の園のメンバー全員は、化け物の影響が残っていたのか、お腹の奥にはまだムラムラとした火が燻っていた。



「わたしは問題ない。ずっとプチオナしてる」


「だってさ。知ってた」


「それで足組んでたのか…ストレッチかと思ってた…ひぁ?! 識芙ちゃん!?」


「えーのんかー? ここがえーのんかー?」


「首はやめて! あひ、耳も駄目! あ、そこも駄目!」


「もー、わがままだなぁ」



 高校二年になっても未だ少年のような夏生の薄い体型に、ショタ好き識芙は興奮を隠さない。というより、夏生以外の百合の園のメンバー全員は、強弱のグラデーションはあるものの、清恋の布教活動によってショタ肯定派になっていた。



「こーんな状況なんだよぉ? みんなでハイになろ? 白姫には言わないからさ。絶対」


「で、でも…こんな異常事態に…そんな、んん…こと出来ないよ…清恋ちゃんも心配だし…駄目、や、やっぱり駄目!」



 嫌がる素振りの夏生に、ますます興奮してしまった識芙は、持ち前の演技力で迫ることにした。演劇部内では男役もたまに演じるからか、お兄さん風でいこうと決めてペロリと舌をなめる。



「清恋は絶対無事だって。なぁ、夏生ぉ…いいだろ? こことかさぁ」


「は、はぅうっ!? だ、だめ、だよ、識芙ちゃ、もぉ! 怒るよ!」


「おーおーこんなに固くしちゃってんのに、勇者様のお胸…じゃなかった御意志はお堅いねぇ。でも……満更でもないんだろ?」


「そんなことないっ!」


「ふーん…はは。ほら、見てみろ夏生。みんなお前を見てる。見られてるぞぉ」



 その言葉に数秒ピタリと止まった夏生は、ゆっくりと他のベッドを見渡した。すると他のメンバーがいつの間にかこちらをじぃっと見ていることに気づき、顔を林檎のように赤らめた。



「ほ、本当に…黙ってて…くれる…?」



 夏生はナニとは言わないが、こういうシチュエーションが好きであった。



「ッ、ああ…そのかわりっちゃ〜なんだけど……天国見せてやるよっ!」


「姫ぇ! ごめんなさぁいぃ…!」



 茶番みたいな即席の寸劇から、なんだかんだ言いながらおっ始めた識布と夏生。その二人から顔を逸らし、沙良莉は小さく溜息を吐いた。



「…………はぁ…」



 そして眠たげな目を擦りながら、部屋の隅にある、ぽっかりと空いたスペースを訝しげに見つめた。

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