ポンコツ精霊と魔王きぬこ

| 首藤 絹子


 

 夕刻、太陽が沈みかける時間。


 わたしの心もズブズブと沈みかけていた。


 何せ、逆姫抱っこ。こんな仕打ちは流石に許せない。わたしの夢が…そのままならいつか叶ったはずなのに…ひどい…


 しかもすぐに京介くんと離され、今は精霊様が入った白崎と一緒だ。泣ける。



「いつまで泣いてるの」


「だって、だって…あんまり、です。うっうう、うっうっ…」



 あの白亜の城は、一瞬にして暗黒の城になった。全体的に真っ黒な魔王城みたいな。


 そして今いるここは伽藍堂のような場所で、どうやらこのお城の頂点にあるよう。


 吹き抜けたテラスからは天養が見渡せ、天窓からは空が見えるから。



「気を取り直すの。じゃなきゃ追い出すの」


「は、はい! …精霊様。…ところでここは?」



 精霊様白崎が喋ると、少し大気が震えて響く。その言葉になんとも言えない重圧がかかり、心が冷たくなる。


 今はここにわたしと白崎の二人。いや、三人だ。怖い。


 お城なのは知っているけど、そうじゃなくて。よく周りを見渡せば、色が変で。


 風景が、夕焼けが、街が、寂しいアッシュ色になってる。


 目についた銭湯の煙が止まってるようにも吐き出されているようにも見える。


 なんか、不思議だ。


 ここは本当に西区かな…? 何か致命的に間違えてる気がしてくる。



「ゲームなの。魔王を倒すの。お前が魔王なの。鏡見るの」



 精霊様はわたしの問いに答えず、唐突にゲーム、遊びだと言った。


 そして鏡を見ろ。その言葉を意識すると、周りの壁が全て鏡になった。



「ゲーム…魔王…え? あ! なんでこんな格好! 恥ずかしい…角? 角生えてる! 硬い! え、翼?! ちっちゃい! あ、飛べ、飛べる?! うそ!? あ! 尻尾まで!」



 お前が魔王。そう言った瞬間、今日のわたしのボーイッシュにまとめた格好は、真っ黒なワンピース水着一枚に一瞬で変わった。


 でも水着というか、何か薄い皮膚のような感じで、お腹と背中には大きく穴があいていた。

 おへその下から下のおっぱいまでが。

 肩甲骨とお尻の割れ目くらいまでが、大きくあいていた。


 そして半袖くらいの袖にはフリフリした透けた柔らかいフリルが着いてる。


 何より食い込みがキツい。


 恥ずかしいし、顔が熱い…


 そして頭から二対の曲がった小さな角、肩甲骨あたりに小さなコウモリみたいな翼、そしてお尻からは細い尻尾。先っちょはハートの形。


 これって…


 鏡に映るわたしは、まるで小さなサキュバスみたいにパタパタ飛べてしまう。


 嘘…そ、んな…そん、な…そんなことって…! 


 このままだと京介くん家を覗けてしまう。夜に押しかけたり出来てしまう。


 グッジョブ精霊様。



「そしてわたしは姫なの。助けられてちゅちゅするの」



 精霊様白崎の格好は、真っ白な丈の短いドレスに、くるりと回るとヒラリと変わった。複雑なレースが幾重にも絡まり合い、肌を少しずつ透かしたように見せている。


 悔しいけど色っぽくて似合う。


 見えそうで見えない。


 この精霊わかってる。



「…精霊様…ズルい…でもその身体…」


「知ってるの。でももう我慢出来ないの」



 我慢…つまり京介くんを狙う敵だ。でも今は無理。こんな不思議な魔法を使える。でも現状の把握だけはしないと…でも把握してる京介くんの部屋は二階だし、窓は鍵がかかってる。布ガムテープなら。いや、バレる。だか

こんこんってノックして。この格好でノックアウトして。ノックアウトされて。夜遅いってお説教されて。また罰ゲームで。


 駄目。妄想が邪魔をする。


 いけない。これは魔法だ。魔法のせいで妄想が止まらない。なんて恐ろしい精霊様。


 ちなみにこの格好って永続? だとしたら嬉しい。


 わたしに足りなかった全てが今ここにある。



「何をパタパタしてるの。クルクルしてるの。泣いてたと思ったら…少し落ち着くの」


「…ところで…他の子達は…」



 はるはるはまだ憩いランド…だと思う。白崎の友達は私と同じように消えた。はるはるは…操られたわたしの視界には入らなかった。だからわからない。



「あの範囲の子はみんなここに転移したの」



 どうやらこのお城の中にいるみたいだ。良かった。でもいったいこの精霊様は何がしたいの? ゲームはわかるけど、原因も理由も意味もわからない。



「……何のために…ですか?」


「勇者京介の敵として出すの」



 すると精霊様はそんなことを言った。


 でも勇者じゃなくて、京介くんは魔法使いの王様、レベル100。間違いない。あれは魔王様で……魔剣だった。……勇者? 



「……勇…者…?」



「そうなの。正しくは30人目の召喚勇者、藤堂京介なの。神秘の世界…異世界アレフガルドを救った英雄なの。魔を滅し悉くを打ち砕く、ただ一人だけの聖剣の勇者なの。このわたしの主なの」



 …何…それ。魔王じゃなくて勇者様?! これみんな知らせないと…いや、これはわたしと京介くんだけの秘密! 秘密にしたい! する! 多分誰も知らないはずだ!


 神秘世界…異世界…英雄…勇者…京介くんしゅごい…


 アレ聖剣だったんだ……


 つまり…今のわたしは魔王きぬこ。京介くんの聖剣で…倒されちゃうのかな? 無残にも…? 


 いい。それいい。



「でも今日からわたしが主になるの」


「…! それは…どういう…なんで…」



「仕返しなの! お城建てたらめちゃくちゃ怒られたの! 女の子も嬉しそうだったのに! 酷いの!」



 それは…怒ると思う。このお城…精霊様メイドだったの…? 女の子? また別件かな…? はあ…。けど…怒った京介くん…見たい。怒られてみたい。


 そして聖剣の効果がズバリ知りたい。


 切り裂かれたい。



「上手く働けばお前にもお溢れやるの」


「!」



 おこぼれ! 京介くんの…おこぼれ…だめ。これは京介くんへの裏切りになる。でも…怒られてみたい。打ち上がって打ち上がって微かに見えた塔の先。あれを登ってみたい。


 でもわたし壊れちゃうかも。



「乗るの?」



 でもわたしは前から壊れてる。京介くんに壊れてる。



「イエスマイマスター。この魔王きぬこ。いただいたこの力で、必ず倒します」



 とは言うものの、勝てるイメージが全然浮かばない。でもなんだか高揚感と漲る力が身体を駆け巡ってる。熱い。しかも飛べる。ふへ。


 …今ならもしかしたら京介くんをマウント出来るかもしれない。ふへ。


 いい。すごく、いい。ふへへへ。



「…魔王がだらしない顔しないの。でも倒しちゃダメなの。上手いことやられるの」


「…はい。はい? あ! あの…やられ方? は自由…ですか?」



「任せるの」


「よっし」



「エロいのは無しなの。まだお昼なの」


「……でも…でも…夕焼けが…」



「この子の願いなの。夕焼け見たいって思ってるの。暗いお城も。だから文句ないの」


「…白…崎…!」



「何か言ったの?」


「…何でも…ないです。あの…私のスマホは…」



 いろいろと衝撃的過ぎて忘れてた。せめて録音しておきたい。じゃないと多分誰も信じてくれないし、白崎と仲良くしてると誤解される。



「これ? これは今は使えないの」


「わわっ、って…止まって…空中で…」



「ふっふー、なの。ここは精霊の世界なの。わたしのお腹の中なの。止まった世界なの。だからわたしには誰も勝てないの」


「…それは…茶番では?」



「いいの! こういうのはシチュエーション? とタイミング? とナチュラルさ? が大事なの! …京介が起きるまで、少し…手ほどきしてやるの。かかってくるの」


「え? それ全然出来てないと…それにわたし戦いなんて…」



「大丈夫なの。今お前は魔法使いの王様なの。何か使ってみるの」



 そうなの?! じゃあ…魔法と言えばやっぱり思い出の魔法。青と緑! むむむ。えい! やった! 出来た! ふへへへへ! やったー! やったやったー!



「…なんでいきなり回復と洗浄なの…顔赤らめて…そんな効果ないの…変な人族なの。そういうのは、こうするの」


「ふへへへ…へ? あうッ?! 今の…精霊様…な、何を…あ、あわ、ん、んん"?! や、あ!? や! とめ、とめて?! くださ、ひん!? 何、これ…ぅぐぅ…」



 黒の水着が…食い込んで…擦れて…動くだけで…他も…敏感に…このままじゃ…このままいけば…精霊様と白崎の前で…いや、いや、やめ、やめて、止めて…飛べない…飛ぶ…うぐぅ…!?



「違ったの? 一定時間は無理なの。はー。仕方ないから相手してあげるの。この身体も把握するの。予習済みなの。人族の営み。復習なの」


「はぁ、はぁ、はぁ…え…? え、もしか、して、白崎と!? や、あ、だめ、やだ、やだ、やだ、京介くぅん!! た、たすけひぎぃ───!??」


「尻尾が弱点なの。任せるの」



「ぃやぁ、や、乱暴やめ──あ"?!」





「なかなか良かったの」


「……うっ、うう、ひっく、うっ…」



 こうして悪い精霊様白崎に、わたしはされるがままに汚されてしまった。


 勇者様助けて…しくしく…魔王だけど助けて…しくしく…この精霊おかしいよぉ。



「ふむ。もう一回なの」


「いやぁああああ! 百合はいやぁぁぁあああ!!」

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