百合の園

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 絹子と晴風が莉里衣達上級生相手に一頻りマウントを取った後、突然三人組の男達が近寄ってきた。


「嬢ちゃん達。その男を渡してもらおう」



 彼らの身なりは一見普通の青年のように見えた。それぞれ色は違うが周囲に溶け込みやすい色合いの物を身に付けていた。


 ポロシャツや半袖シャツ、スラックス。シルバーの腕時計に尖った茶や黒のローファー。だが、袖から伸びる腕や、押し上げる胸厚が逞しい男達だった。



「…何ですか、あなた方は」


「それは聞かない方がいい。…可愛い子ばっかじゃねーか。なあ?」


「ああ、仕事じゃなけりゃあ、ナンパするぜ。ちとガキくさいけどな。その藤堂って男に用がある。こんな別嬪揃いの中、呑気に寝やがってまあ…ムカつくな」


「おい。無駄話はやめろ。嬢ちゃん達。そいつはクズな男でな。ある人の怒りを買っちまった。だから連れて行く。嬢ちゃん達もまともな男を見つけな。しかし、この状況で良く寝てるな…罪作りな男だな」


「……」



 莉里衣は流石に黙ってしまった。計っていない冤罪は流石に気不味い。その認識も間違ってはいるが、莉里衣の目は濁らない。それに罪作りは合っている。


 そこを目ざとく絹子と晴風が攻撃する。



「…白崎。早く白状する」


「そうですよ。京介さんは嘘が嫌いなんですから」


「…そうなんですか?」



「…嘘がつけない。けど逆に怖くてみんな好きって聞けない。どう思うって聞けない。私は大丈夫。大事な人って言ってくれた」



 絹子は切実な乙女達の問いをどこに向けるでもなく空に投げかけていた。でも私は違うけど。左手薬指をにゅっにゅっ。私は大事な人って言ってくれたから。薬指をヌコヌコ。やっぱり喋るとナチュラルにマウントを取る絹子だった。


 男達の事など意にも介さない莉里衣達に痺れを切らした彼らはまた一歩近づき、三人のうちの真ん中の男が言う。



「ふー、もういいだろ。どきな」



「はー……折角のプランが…貴方達は入ってなかったのに…今日は狂わされてばっかり…なんでかな、かな…」



 やはり男達を無視し、ブツブツと呟きながらスマホを取り出す莉里衣。

 クロエと麻理はこの後何が起こるかわかってしまい、少し身構えた。



「…マリ」


「ああ、多分この一帯はすでに…というかクロの派閥だろ。止めろ」


「やだよ。ボクの言うことなんて聞かないんだもん。どうせ、わかりました、リリィに聞きますって言われるんだ」


「軽い神輿あだっ、何をする。なら…莉里衣、穏便に。藤堂殿が寝ているのだ。とても可愛いく。ふふふ。あんな大男達を軽くいなしたというのに…ズルいな、これは。これはズルいぞ」


「だよね。あんな…エリカ…の動画と…同一人物にボクには見えないよ…くそかわいいし…なんだよ、これ。ビリビリくる」



 麻理は京介の膝の皿をナデナデし、クロエは右手を太ももに乗せ、甲を摘んでいた。


 最初は彼女達もそんなことはせずに、自分の手の甲をチョコンと触れたり離したりしていただけだった。


 だが、絹子と晴風の遠慮のないまさぐりを目にし、対抗心に火がつき、気づけば大胆にサワサワしていた。ずっと顔を赤らめながらギュッギュッしていた。



「? …わかってるよ…ごめんね、みんな。私達白日に力を貸してね。ミッションスタート」



 莉里衣はポンコツクロエの呟きに疑問を持ちながらも一手放つ。


 一通のグループメッセを。


 すると、莉里衣達を中心に着信音が遠くや近くでぐるりと響いた。その音は少しジャズアレンジされた交響曲第五番、運命だった。



「ミッション? ってなんだ?」

「スタート? 何をスタートした、嬢ちゃん」

「なんだ、何をした?」



 男達は当然のように疑問を口にする。



「まあまあ、皆さん。少しお待ちを」



 莉里衣は余裕の表情で京介の頭を撫で、運命を聞いていた。


 私立大前女子高等学校。高等部二年生がほぼ属すると言われている雨宮派閥。

 民主主義とは人数です、と言わんばかりの学内最大勢力を誇り、その中身は一党独裁型の権威主義でまとめられていた。


 その権威とは、白日の三姫と呼ばれる美姫達である。


 富豪である貿易商の父とピアニストの母を持ち、幼少の頃より天才ピアニストと呼ばれ、海外のコンクールを総なめにしていた元祖光り姫、雨宮クロエ。


 伝統ある赤城一刀流本家の娘で、初等部から高等部までの全学年に渡って不動の人気を誇る天才剣道家、至り姫の赤城麻理。


 医師の家系に生まれ、常に成績トップを譲った事のない才媛、運命厨、眠り姫の白崎莉里衣。


 かつて、初等部の頃、莉里衣は幼馴染クロエが妬みからいじめられていた事を知り、ちまちまちまちまとクロエの味方を増やし、友達の輪を大きくしてきた。


 まるで皮膚を丁寧に縫い合わせるかのように。ただひたすらに丁寧に懐柔し大きくしてきた。


 彼女は打算や利益をきっかけにしながら近づいたり、悩み相談や、勉学のこと。芸事や、お稽古事、果ては家庭問題などのあらゆるところに積極的に介入し、支持を集め、友達を増やしてきた。


 そしてそれを天才雨宮クロエを長とした派閥にまとめあげたのだ。少々ポンコツではあるが、クロエのピアノの腕は本物だった。


 その結果、白崎さんがおっしゃるなら。白崎さんのためなら。莉里衣さんが困ってらっしゃるなら。そうやってお願いを聞いてくれるお友達が増えた。


 中にはストーカー染みた子達もいて、莉里衣の為なら何でも言うことを聞く。そんな集団も出来上がっていった。


 雨宮派閥、白崎派。通称百合の園。


 それが、莉里衣の送信先だった。



「なんか等間隔で歩いてくる人達いるんですけど! 怖いんですけど! みんなスマホ向けて撮ってる?! MV!?」



 双眼鏡慣れしている晴風が目ざとく周囲の違和感に気付き叫ぶ。男達も釣られて辺りを見渡した。


 莉里衣を中心に同心円上に点在して控えていた彼女たちは、まるで歩幅を合わせたかのように360度から男達に向かって歩いて向かってきていた。


 総勢50人はいるだろうか。



「通称百合の園だよ。百合。リリィの…お友だち…だよね?」


「なぜ疑問を持つ。派閥の長はお前だろう」


「お飾りなんだよ! 知ってるだろ! ボクの言う事なんて百合は聞かないんだよ!」



「な、なんだこいつら」

「お、おい、なんかこえーぞ」

「囲まれていた、だと?」



 彼女達百合はゆっくりとジワリジワリと近づいてきた。スマホを両手で持ち、ジワリジワリと歩いて近づいてきた。


 鷲崎ネクサス、債権回収部隊。割と暴力に慣れていた男達も、流石にこんな薄気味悪い目にあったことはない。この数の女が全方位から迫って来たことなど経験がない。しかも先日、クレバで同僚が捕まってしまい、社長には問題を起こすなと指示されていた。


 ここで強引に動けばまず間違いなく拡散され、問題になる。


 だから狼狽える。


 そこに莉里衣はトドメを指す。



「どなたかは存知ませんが、今日のところはお引き取りを。大事なデートですので。全方位囲んでいます。それに───罪くらいいくらでも大きくしても、いくらでもでっち上げても…宜しいんですよ?」



「…引くぞ。身バレはまずい」

「今時の若い子はこえーな…」

「…そのクズに伝えとけ。また来るからってよ」



 男達は足早に去っていった。呆気にとられた晴風は当然のような疑問を口にする。



「あの…派閥って何ですか? スィーツ? というか、それで何するんですか?」


「まあ、この天養に伝わる伝説さ。うちの学校…大前、これは当て字でね? 元々は王の妃。それがおおさきってね。この国にはエンペラーがいらっしゃるだろ? 不敬だし、時代とともに変わってね。まあ派閥の長になれば幸せが訪れるってさ。まあ、ボクは信じてないけどね」


「その女同士の闘いを学生のうちにしろと言うんだ。うちの学校は。初等部からだぞ。私は興味ない」


「まー、裏切りや謀りなんて日常さ。イジメもね。ボクも初等部の時にやられてね」


「高等部から入学した者達はあまり知らないだろうがな。莉里衣がそれをまとめ上げ、出来たのがクロの派閥だ。中でもあの子達は……少々クセが強いが」


「少々?! アレが少々ですか!? 一糸乱れてませんけど! なんか回ってるんですけど! フラッシュモブ?」



 晴風の言う通り、彼女達はその場でくるくると優雅に回りながらバレエのように踊っていた。


 憩いランドの芝生に映える。



「なんとかなりましたね。ありがとう皆さん。友情の勝利です」



 莉里衣が軽く手を振ると、彼女達百合はまた個々別々に憩いランドに散っていった。


 一部始終を黙って見届けた絹子は思った。これ、友達なの? 私の友達観と違い過ぎる、と。



 「…白崎はまあまあ酷い」



 絹子はそう呟いた。




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