サマーオブラブ5 - ふりかけかスパイスか

| 藤堂 京介



 今日は未羽と出掛けていた。


 天養駅前のクレバ。


 地上9階建て、地下1階の大きなショッピングモールで、地下は飲食街、二階がバスターミナル。七、八階と飲食店、最上階は映画館。


 あとは全部女性のための服屋さん。


 少し変わったビルだった。


 ここにはあまり来たことはない。

 あっても映画館と飲食店くらいで、幼い頃はもっと真面目で堅い印象があった。

 中学の時のリニューアルで舵を切ったのか、服屋さんは女性客に全フリしてピンクピンクした。


 だからそれ以降は入り辛かった、はず。


 だが、今は別だ。



「兄さん、これなんてどうですか?」



 彼女といるのは四階の下着売り場。


 普通の人族の男性ならば、大量にある色とりどりの下着を前にすれば、目線は逸らし、どこを見れば良いのかわからず、居た堪れない居心地の悪さにすぐに逃げ出したくなるだろう。



 だが、無駄だ。


 既にランジェリー娼館『魅惑のラン♡パブ』は攻略している。裸の僕以外全員下着という謎設定だ。謎でもないか。パーティプレイも攻略済みだ。衣装替えも、特殊な下着もだ。もちろん下着をエロい目で見ないことも可能だ。


 下着耐性はすでにカンストしている。


 だから、下着の趣味を聞かれようが、見せつけられようが、大量に湧こうが、勇者には効かないのだ。


 いや、15歳のこの肉体には多少効くか。


 めっちゃ効くか。


 それに、アレフガルドに言葉を略す文化は浸透していない。だから絶対あいつらだ。


 先輩ありがとうございました。



 違くて。


 未羽の趣味というか、僕に見せてくるのはなんというか紐だ。


 いや、悪くないよ? 悪くないんだけど…


 男性と女性で違う価値観なのかもしれないけど、先に知っていたくはないというか。


 致したとはいえ、仮にも妹である未羽の紐姿はなんというか止めた方が良いような気がするというか。



「…未羽はどこに行こうとしてるのかな」


「どこまででも。強いて言うなら兄さんが居るところが私の居場所です。それよりこれは?」



 いやだからそれも紐じゃん。


 僕はどちらかというとミニマリストというか。アバンギャルドじゃないんだよ。


 なぜに僕の周りはこんなにもアバンギャルドに溢れているのか。ここは異世界じゃないんだよ。


 そんなところに居たせいか、逆に割とシンプルな方が目新しいんだけど…


 素材とか柄とか技術とか。そういうので勝負して欲しいかな…


 それに、万が一スカートが捲れたりしたら不味いんじゃないかな?



「まだ女子高生なんだからもう少し抑えた方が良いんじゃないかな? 万が一のこともあるし」



「…首藤はこれより過激でしたよね?」


「そ、うだね…いや、そうなのかな?」



 絹ちゃんのは過激というか、下着ですらないというか。そもそもあれはいったい何と言えばいいのだろうか。


 作品…群かな?


 というかなぜ知ってるし。



「それに、兄さんにしか見せませんが?」


「そうなんだね…」



 いや、嬉しいよ? 嬉しいんだけど…


 曲がりなりにも家族なんだから洗濯した時とかに両親に見つかったら気まずいんじゃなかろうか。

 見つからないように真夜中に紐洗うとことかに遭遇する想像をしてしまうとちょっとそれは気まずいというか。



「なら大丈夫でしょう? 他に何か? あ、もしかして…先に知りたくない…とか…ですか? …そうか…だから愛香は買い物に連れ出さないのか…あいつ、誘っても来なかったし…」


 あ、そうそう、そういうのあると思う。


 そういえば愛香は服や下着の買い物には誘ってきたことはないな…召喚前もそうだったと思う。



「まあ、そういうところはあるかな。楽しみにしたいというか。でも男だったらだいたいそうじゃないのかな」



「そうですか…じゃあ一階の広場のベンチで待っていて下さい。選んできます」


「わかったよ。ゆっくりでいいから」



「はい。でも今夜、どんなのを買ったか当てっこゲーム、しましょうね?」


「……」



 そういうのは、まあ、嫌いじゃない。





 やはり女性客が多いか。

 いや、これなら当たり前か。


 一階の広場、祝福広場と名付けられた円形のだだっ広いスペースには水着売り場があった。


 パンフレットを見る限り、催し物を定期的にしている広場らしく、今週来週と夏の水着売り場になっているそうで、多くの女性客が楽しそうに水着を選んでいた。


 パラソルや南国の植物が、ちょっとした目隠しの役目もしながら、周りに配置されていた。真ん中には小屋みたいな形の試着室がある。とそれには書いていた。



 僕は広場を丸く囲むようにして設置されているベンチでアイスティーとパンフレットを片手にぼんやりとその様子を眺めたりしていた。


 僕の座るこのベンチには、男性客ばかりが座っている。他校の高校生や、綺麗めチンピラ風にーちゃん達や、おかしら風ムキムキサラリーマンなどだ。


 多分僕のように待ち合わせでもしているのだろう。女性のお買い物が長いのは異世界も元世界も、どうやら同じようだ。



 それにしても水着か…海とかプール、川とかかな。


 ここ天養から海は少し遠い。川は山神神社を登れば少しある。プールは市民プールか、憩いランド辺りくらいしか知らないかな。


 アレフガルドは川が多かったからか、僕は断然川派だ。

 海はあまり良い思い出が無かった…ベタベタになるわ、シュピリアータがそれに怒って出力マックスになるわ、他の魔剣達も機嫌悪くなってマックスなるわで。


 僕も怒っていたけど、力加減がもう大変だった。今思えば災害だったな、あれ。


 なんか霧っぽいやつも憐れだった。


 それに救えなかったあの子の両親のことも思い出してしまう。

 皇帝か…あの小さな身体で背負うには、並々ならない苦労が待っているだろうに。

 でも宿屋の娘のままならそこまでは苦労はしないか。


 頑張ってるのかな…元気にしてると良いけど…



 その点、川はさらさらとしていて、すごく癒された。特にユーリンゲン川は精霊の祝福のおかげか透明度にキラキラがバフってるというか。

 ずっと浸かっていられるくらい心地良かった。


 魔力の回復速度も段違いだったし。



 そんなことをぼんやり天井を見上げながら考えていたら、ノノメちゃんの制服と同じ格好の女の子がはぁはぁ言いながら近づいてきていた。



 「藤堂しゃま…これを…」



 僕の目の前まで迷いなくたどり着いた彼女は、そんな事を言いながら両手を差し出してきた。


 なんか…デジャブかな? アレフガルドで、こう言ってもらったのは確か、森の宝玉だったっけ。


 目の前の彼女の恭しさが、そう錯覚させたのか。


 だけどここは元世界。


 そして知らない女の子。


 でも瞳の色はイエス。


 なんで?


 いや、いくら鈍感系脳筋勇者の僕とはいえ、流石にもうわかっている。黒髪にリボンが黄色。この子は春風ちゃん、遊子ちゃんと同じ仲良しグループの子だろう。


 だとすれば多分昔会っているのだろう。だけど全然見覚えがない。


 女の子は劇的な変化をするからなぁ。お化粧なんかは本当に異世界過ぎる。


 その女の子がはぁはぁ言いながら両手を包むように閉じて差し出してくる。


 何かくれるんだろうか。


 何をくれるんだろうか。


 女の子の両の掌で包み込めるサイズのものか…


 最近見たのは我が家のまだ幼気だった頃の義妹未羽が僕の息子をそっと包み込む仕草。


 それに似ていた。



「……」



 するってぇと、何かい? おいらの息子がそこにインするってぇことかい?


 馬鹿言っちゃいけねぇ、そいつはぁ無理な相談ってもんだぜぇ?


 何故かってぇ?


 それはえーちゃんに結構持っていかれたからだぜぇ?


 ほんで、シュピリアータにも結構持っていかれたからだぜぇ?


 おとといきやがれってんだ。



 いや、違くて。


 江戸っ子とかじゃなくて。


 てやんでぇとかじゃなくて。


 いや、それで合ってるのか。


 バーローなのは僕だったな。


 ここはショッピングモール。様々なモノに溢れた施設。地下にはケーキやチョコや惣菜なんかも売っている。


 言うなれば商会だ。つまりは道具屋だ。


 ならば答えは一つ!


 ドゥルルルルルルルル──でん!


 薬草! だ!


 いやそんなわけないか…でも一回思ったら薬草か毒消し草くらいしか思いつかないな…


 瞳の色から考えるとパンツの線も考えたが、まさかこんな大勢の人の前でパンツ渡すとか有り得ないだろうし…


 そもそもショッピングモールの品揃えの数が異世界過ぎて何入ってるか検討がつかない。


 異世界の道具屋の品揃えなんて、10種類も無いから手のひらサイズなんて草ぐらいしか…


 これは当てるの無理じゃない?


 いや、そもそも当てるとかじゃなかったっけ。


 でやんでぃでバーローなのはやっぱり僕だったな。


 そう思って彼女から何やらクシュクシュとした黄色い布らしきものを両手で受け取ると、確認する前にすぐに横からスティールされてしまった。


 反射は切っていたけど、結構速い。いつの間に…



「あ! 何すんですか〜!」


「兄さん、少し目を離すと、また女ですか…すんすん…」



「義妹しゃま?! 何を!?」



 他でもない、我が家の反対の意味で風紀に超絶厳しい駄目風紀委員長様から、ぶん取り型の抜き打ちチェックが入ってしまった。


 相変わらず躊躇いなく何でも匂うな…


 ああ、いや、ハンカチとかもあるか。


 よく嗅いでるし。



「まあまあ。ギリ合格。よし。また連絡するわ。アド教えなさい」


「本当ですか〜! は〜い!」


「……」



 これは…つまりパンツだろうね。


 なにゆえ?


 しかしアバンギャルドな子しか周りにいないのはなぜなのだろうか。


 いくらこの世界の人族の魔力抵抗が皆無とはいえ、シュピリアータ、現実を書き換えたりしてないよね?


 どうも最近、僕の手に余るくらいの力を感じるんだけど…


 それとこの子は帰り道、どうする気なのだろうか…対策か対案が他に何かあるのだろうか。



「それでは失礼しました〜お姉様〜! 藤堂しゃま〜!」



 あ、意図を聞く前に全力で走って行ってしまった…いや、あれ大丈夫かな…


 そう思っていたら彼女は水着売り場に消えていった。


 ああ、水着っていう手もあるのか。それなら大丈夫か。


 いや、大丈夫とかじゃなくて。


 パンツ渡すとかどういうつもりだったのか教えて欲しいんだけど…



「…お姉様か…まあまあアリね。はい、兄さん。彼女、五十嵐蘭華ちゃんのパンツよ。ちゃんと持っておいて。今夜…かもだから」


「……」



 やっぱりパンツかよ。


 やっぱりスティールするつもりかよ。


 でもそうは言うが、元々このパンツは、未羽抜きの彼女の何らかのメッセージだったはず。


 まあ、性癖の線も捨てきれてはいないけども。


 そして多分義妹による斜め上な利用のされ方なんて思ってもみないだろう。


 ならば、いったいどうするのが正解なのだろうか。パンツなんて渡されたことないんだけど。いや、昔…あったような…


 それにしてもこの義妹も、いったいどうすれば良いのだろうか。


 どうも他の女性の匂いを何か適当なふりかけか外国産スパイスかなんかと勘違いしているような気がするんだけど…


 もちろんメインディッシュは僕なんだろうけども…



 ま、いっか。


 とりあえずこの思いの詰まった黄色いパンツは、ポケットに仕舞っておこう。



「おい、お前が藤堂京介だな?」



 ポケットに彼女のよくわからない思いを仕舞い込んだタイミングで、先程ベンチに居たおかしら風ムキムキサラリーマンに話しかけられた。


 そして何故か僕の名前を知っている。



 つまり……これはクエスト。恋アポのような個人討伐クエストか。まさかこのパンツが狙いってわけでもあるまい。


 今度は何だろうか。



「お前、今パンツもらったよな? なあ、見せてみろや? あ?」


「……」



 違った。


 パンツスティールがここにも居た。


 僕の義妹だけじゃないのか…


 つまりクエストの達成目標は、パンツを守り抜くこと。よし。それなら簡単だ。謎解きなんかよりもずっとシンプルで脳筋な僕向きの……


 いや、なんで?


 いや、女子高生のパンツ狙いの変態なだけか。

 


 

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