謀り
| 藤堂 京介
木陰に入り、起毛したタータンチェック柄のレジャーシートを広げて靴を脱ぎ。それからごそごそと白崎さんは準備をしだした。
トートバッグの底の方から何か植物の蔓で編まれたようなお弁当箱を取り出して開き、何やら恥ずかしくしながらこう言った。
「美味しいか、その、あの、自信はありませんが…」
「すごく美味しそうだよ? いただきます」
白崎さんはサンドウィッチを作って来てくれた。中身は僕の好きなものだらけ。水筒にはアイスティーだった。
「すごく美味しいよ。ありがとう」
「ホッとしました。先輩が気軽に食べてもらえるものをとアドバイスしてくれて。それにアルバイト先で、たまに手伝ってたんです」
ニコニコと照れ照れしながら答える白崎さん。
好みは全て伝えてあった。というか、いつの間にかあれよあれよと全て聞き出されていた。
好みとか名前とか。思い出すのに時間はかかったけど、白崎さんの返事一つ一つにキーワードというか、記憶を刺激する言葉や単語が散りばめられていた。
こうやって二人で木陰から憩いランドの芝生エリアを眺めると、思い思いに遊んでいる子供達、見守る大人。青春を謳歌する若者。ランニングに励む中年層。犬を散歩させている家族。池のほとりに佇む高年齢のおじいちゃんおばあちゃん。熱心にピーピングしている人達など。ここには様々な人がいる。
光、風、緑、土、水…本当に癒される。
これは望郷なのか、哀愁なのか。自然溢れるアレフガルドに思いを馳せる。
白崎さんは、顔を真っ赤にしながら、小さな口でサンドウィッチを食べていた。無言の時間が続くが、決して悪くない。
「藤堂さんは、こういうところお好きですか?」
「好きだね。癒されるよ。それに土の上は好きだよ。寝転びたい」
「ふふ。なんですか、それ。でももしかしたらと大きめで良かったです」
「確かに。四人用くらいはあるよね。重かったでしょ。ありがとう」
「いーえ、へっちゃらです。アルバイトで鍛えました。ふふっ。良かったら横になってください」
サンドウィッチはすぐに無くなった。アイスティーをいただき、白崎さんの言葉に甘えて横になる。
木陰の隙間から光が漏れていて、風がその光を揺らす。それが記憶も揺らしてくる。
小学校の時は遠足でここに来た。確かふざけた純が池に落ちて先生に怒られてしょんぼりしていたような記憶がある。お尻のパオンの痣はその時見た。
中学の時は確かこの憩いランドに隣接する牧場。そこの見学だったか。
そのあと側に停めてあった食肉業者のロゴマークがフォークとナイフを持ったポップな牛のキャラクターだった。共食いじゃん。なんかそうスパッときて、そのブラックジョーク、なかなかキツくない? そう思った。そんな記憶がある。
憩いランド全体をのんびりと眺めながらそんな事を思い出していた。
すると、白崎さんは体育座りになり、膝を抱えながら僕の目を見据えて問いかけてきた。
「藤堂さんは、運命を信じますか?」
「運命…」
白崎さんは少し膝で口元を隠しながらそう聞いてきた。
運命か。多分あの奇跡を体験したなら信じてしまうと思う。だけど、助からなかった人々を思うと、あれが運命だなんて思いたくはない。彼ら彼女らにも未来はあった。少しのボタンのかけ違いで助かったと思う。
万人の救い手たる勇者…本当に苦しめられたキャッチフレーズだった。
慢心かもしれないが、あと少し、いや、あとほんの僅かで救えた。手が、指が、指の先があと少しでもかかれば救えた。そんな風に何度も何度も後悔した。
決まってそんな時は娼館に行って忘れようとしたな。
天秤にかけないといけない時もあった。どちらかを選ぶ必要のある時も。アレフガルドには蘇生なんて便利なものはなかったのだ。
万人など、救えない。その当たり前の事実に抗ってはいたか。
「…涙…ごめんなさい。変なことを聞いて」
「…あ、ああ、いや…僕は…運命には抗いたいかな。結果的にそれを運命と呼ぶのかもしれないけど…信じる、信じないは僕にとっては同じことだと思う」
「…そうですか」
そうだ。信じようが信じまいが助けるのみ。最良の結果を求めて助けようとするのみ。それしか僕には出来ない。
今は位階が低いが、でも何も変わらない。元世界でもアレフガルドでも。救えなかったあの子との約束でもある。
それにしてもこっちに帰ってきてから初めての涙か…やはり、後悔はずっと残るのだろうな…
聖女、賢者が言っていた運命の星…勇者か…いったい、誰に…定められて…いたのやら…少しは…抗えたのかな…なんか…眠くなってきたな…
ふとぼんやり見上げた彼女は、何やら本を取り出しこう言った。
「ふふ…起こしますから、寝ていて良いですよ。私も和む準備はバッチリです。ね?」
「…そう…じゃあ…」
確かにこんなところでのんびりと読書なんて、良いかもしれない。
ならお言葉に…甘え…あれ?…なんか…これ…懐かしい…な…多分……盛られたかな…
「…ぅん…?…」
「私は運命を信じています。だって、運命には…決して…誰も抗えないのですから。ね、藤堂さん」
そう言って膝枕の体勢になり、僕の頭を膝に乗せる白崎さん。
瞳の色…何にも変わっ…てなかった…のに…なん…で?
ま…なんでも…いっか……
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