白日の眠り姫

| 白崎 莉里衣



 学期末のテストも終わり、半日授業が一週間ほど夏休みまで続く。そんなある日の放課後。


 文藝部の部室、三年の弥生春日やよい はるひ先輩、一年の後輩、猿渡李美さるわたり りみちゃん、重松梓しげまつ あずさちゃんとテーブルを囲みながら私は満を辞してその言葉を口にする。



「デートをします」



 さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返り、なんか三人が訝しげな目を向けてきたんだけど…失礼な。



「…白崎しらさき先輩…妄想が、ついに現実までに影響を…」


「ばか李美、次のお芝居のセリフでしょ」


「そーよ。白ちゃん、文化祭用の台本?」



 これはみんな信じてないな。なぜに…確かに演劇部に頼まれて執筆してますが、違います。ここはもっと想像を膨らませて、はっきりと伝えないといけない! アルバイトで身に付けた成果、見てみなさい!



「デェトをしましゅ!」


「しゅ?」


「え、あ…何この可愛い先輩…この反応やばいんですけど…ついに眠り姫が起きたの…?」


「あ、マジだこれ。えー! 本当! どこの? 誰? 誰ですかー?」


「………」



 なんで噛むと信じてくれたのか、なかなか言い難いモヤモヤがあるけど、まあ良いでしょう。次のステージに進みました。


 さあ聞いてください! 私の恋バナを!



「──と、藤堂さん、って言ってですね。私が不良に絡まれていたところを助けてくれてですね…その、お礼というか、お会いする事になったんですけど、皆さんに相談したくてですね…なんですか、その表情は…」



 後輩二人は苦い顔を私に向けてくる。弥生先輩は呆気に取られたって顔だ。


 あれ? 普通もっとワクワクした感じにならない…かな? 恋バナだよ? イントロだよ? 導入だよ? 全然納得いかないんだけど。



「…もしかして先輩…藤堂…京介って言いますか?」


「知ってるの!?」


「ねえ?」


「うん…」



 え? 恋バナをしたいだけなのに、出鼻を挫かれた感があるな。なんだろ、その申し訳無さそうな反応は…



「やめた方がいいですよ!」


「これ見てください!」



 梓ちゃんがスマホの画面を向けて、あるサイトを見せてくる…404ノットファウンドになってるけど? 



「何も書いてないよ…?」


「え、あれ? ページが無い? なんで?」


「見せて、あ、本当だ! 無くなってる!」


「何があったの? 猿渡ちゃん」



「弥生先輩…恋アポ…恋のアポストルってサイトに…その藤堂って男が載ってたんです…けど…すっごい酷い男らしくて…ねえ?」


「うん。口では言えませんが、その、もう、酷すぎるとの書き込みが何十件と…クラスでも噂になってて…」



 またネットか…最近クラスでもそんな仮想世界の話で盛り上がっている子が多い。中には信じてしまい、危うく危ない目に会うところだった子もいた。

 私のように、きちんと現実で偶然出会わないとね。



「藤堂さんはそんな事しません。何かの間違いです。それに…お友達も救っていただきましたし」


「赤城先輩と雨宮先輩ですか? お二人はなんて言ってましたか?」



 んぐ。今一番聞かれたくないことを…最近私を監視するかのように遠くからでも伺ってくるあの幼馴染達…席を立つと直ぐに尾けてくる。トイレの個室にも一緒に入ろうとする。無言でドンドン叩く。開けようとガチャガチャしてくる。出たら無言で見つめてくる。お家にも居座る。

 その上、遂にはスマホまで開けようとして…親しき仲にも礼儀あり。そろそろあのポンコツ二人にはガツンと言わないといけない。



「……その、いえ…デートの事は黙ってます…」


「ありゃ、白ちゃんが珍しい…なんで?」



 あのファミレスでの一件以来、二人の様子がおかしすぎるんです! まあ、連絡交換してメールのやり取りしてるなんて言ってないけど。教えてないけど。教えないけど。



「だって! あの二人に絶対邪魔されるもん!」


「あー、そりゃそうか〜なら黙っておかないとね。そんでどうしたいの?」



 流石は弥生先輩。去年散々愚痴を聞いてもらったせいか、すぐにわかってくれる。


 うん? どうしたい…?…



「 いや、デートしたいだけですけど…」


「はー、白ちゃん、高二だよ? もうすぐ夏休みだよ? デートした〜はい終わり〜でいいの? 次よ次」



「次ですか? いや、そんな…しかも今回は助けていただいたお礼ですし…」


「なぁーんだ。じゃあデートじゃないじゃん。何するの?」



 違うんだ…二人でお出掛けしたらそれはもうデートって呼ぶんだと思ってた…でもよくぞ聞いてくれました。


 わたしのプランはばっちりです。



「…お会いして…それから少し街を一緒に歩いて…お昼をご馳走して…カフェなんかにも行って…あ、公園もいいですね…二人の出会いとかをお話したり…して…あ、夕日も良いですよね…夜景なんかも…それから…そのまま…白いお城みたいな───」


「ストォ──ップ! ストップ! 白ちゃん、初デートどころかどこまで行くの! 私だってまだなのに…じゃなくて何のお礼よ! 他の生徒が卒倒するわよ!」



 は! いけない。


 妄想途中に規制カットが入ってしまった。でも高校生の三人に一人はって聞くし…あんな出会い方ならそれはもう運命だから。


 それにあんな綺麗な倒し方…はぁ、素敵でした…なぜに庇われてたのがあのポンコツ二人なのは気に食わないけど。最初に偶然庇われたのは私だからいいけど。良くないけど。



「大人ですぅ…でもお相手の方…はその本当に危険なんです!」


「莉里衣先輩が…悪い男に…汚されて…それはそれで…でも私も止めます! 恋アポの書き込み、本当にすごかったんですから!」



 梓ちゃんは若干の期待の目。すみません。男の子と出掛けた事一度もないんですよ、わたし。

 李美ちゃんは若干サイコパスな考えだよね…怖い。



「でも、もうその書き込みは無いんですよね? 多分何かの間違いでしょう。ならお礼は何をしたら良いのでしょう?」


「ちょ、ちょっと待ってください! 確認してきますので! 梓!」


「ええ、李美! 白崎先輩、弥生先輩、少々お待ちを! 確認してきます!」



 そう言って二人は涼しげな盛夏服でバタバタと駆け出してしまった。

 でも、そもそも無いサイトの確認なんて、いったいどうするのかな…


 あと、麻理ちゃんとクロちゃんには伝わらないようにして欲しいんですけど…


 あんなに気付かれないように平然とした態度を貫いてきた努力が無駄にならないと良いな。





「うーん。デートか…私も数えるほどだけど…例えば手作りのお弁当とかは? 白ちゃん料理得意だし」


「お弁当ですか…公園で…良いですね…でも初めてお会いするのに、重くないですか?」


「出会い狂の白ちゃんなんだからもう二度とないかもでしょ? なら目一杯アピールしないと」


「なんですか、それ。まるで私が遊び人みたいに聞こえるんですけど…でもそれってピクニックって言いませんか? 色気ないんですけど…」


「何言ってんの! 最初は清い交際からでしょ! それに彼女いたらどうするの!」



 うん? ……彼女?


 もー弥生先輩ったら何言ってるんですか。やだなー。


 現状の把握はばっちりです。


 藤堂さんのスマホの使い方…運命の交換をしてからの日数、日付、曜日、こちらからの送信に対する返信内容、言葉の選択、文字数、スピード、時間帯、それらから推測すると、スマホを扱い慣れていない。特定の人はいない。


 だけど、あの返信時間の乱れから、まあ複数は虫が居る。魅力的な人だし、そこはまあ仕方ない。偽の運命なのに感じちゃってる子もどうしても出てくる。


 まあ、そもそも居ても全然問題ない。


 だってそんなの丁寧に薙ぎ払えばいいだけ。慎重に打ち倒せばいいだけ。丹念に摘み取ればいいだけ。いつもの通り。

 私がどれだけ出会いに妄想染みた思いを秘めていたか。それが現実に起きた。その意味がさてはわかってないな。私の運命に対する情熱、甘く見ないで! もー運命って道楽じゃないんですからねっ! まあ可愛い先輩ですし? 火威ひおどし先輩の息もかかっていませんし? 良いですけど…


 それに……いったい何のために初等部からず──────っと、クロちゃん派閥を頑張って大きくしてきたと思ってるんですか。何もかも上手くいくように、こういう時のために自分の手札を使えるよう用意し……


 は! いけない。



「ええ、そうですよね。清く正しく美しく。ですね」



 清らかな出会い。

 正しい序列。

 ああ、運命とまぐわい結ばれることは斯くも美しい。


 は! いけない。



「そうそう! でも白ちゃん可愛いいし、大丈夫でしょ」


「………」



 うーん。何か誤解が…そもそもな話、私以外誰の手にも渡らないんだけどな…大丈夫とか何言ってんの。このポンコツ先輩は。

 

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