白日の光り姫
お城に転移している最中、雨宮クロエは先日の出来事を思い出していた。
天養駅すぐ。天養市で2番目の高さを誇る、オリエントタワーホテル。その最上階にある高級レストラン佳月。
フランス料理と日本料理のマリアージュが人々を魅了し、メインのコースのみで、滅多に予約の取れないお店として他府県からも訪れる人が跡を絶たない有名店だった。
「あら、クロエ? 奇遇ね」
「エリカ…久しぶりだね…なんか…いや、なんでもない。今日は家族と?」
そのレストランの化粧室でバッタリと幼馴染である二人、和光エリカと雨宮クロエは出会った。
クロエはエリカの放つ女の子の色気に少し当てられてしまった。
「ええ、お父様とお祖父様とですわ。お母様は故郷に帰っていますの」
「僕はパパとママとさ。ね、後で時間取れない? ちょっと見て欲しいものがあるんだ」
「構いませんが…下のカフェ…いえ、一部屋押さえましょうか。帰りは用意しますから一緒に帰りましょう」
◆
食事を済ませたエリカは雨宮の一人娘がいるからと、父と祖父に伝え、どこでも良いからと無理を言って一室取った。
グレーとダークグリーンの色調でシックに纏めたモダン和室にて、二人は対面していた。
お茶を入れ、食事の余韻を話し合いながらエリカが切り出した。
「それで。いったい何の相談ですの。珍しい」
「まあ、そう言わないで、これを見てよ」
クロエが差し出したスマホに映るのは、自分と麻理が悪漢に捕まった時の映像だった。
「…これ、いただいても?」
「後でね」
ばたりばたりと面白いように人が倒れていく。
京介の戦闘シーンだった。
「くー! どこでいつですの!?」
「そ、それも、後でね」
つまり、エリカにどストライクに突き刺さる代物だった。
そしてクロエもその時を思い出して若干赤面していた。
「くっ、わかりましたわ…はわぁ…素敵…格好いいですわ…」
「だ、だよね…はは。光姫でもそんな顔するんだね」
エリカからすると、雨宮クロエは歯に絹を着せない物言いで、幼い頃より度々不快にさせられてきた相手だった。
決して嫌いではないし、エリカには無い才能を持つ彼女の事は尊敬もしていた。しかし、素直さは社交の場では逆に生き辛いだろうと半ば同情もしていた。
それに。
「そもそもあなたのせいですのよ。光姫だなんて」
天養の光姫。エリカはそう呼ばれていた。だが、元々は雨宮クロエ、彼女を称えた俗称だった。彼女は幼い頃から優秀で、特にピアノでは何才上にだって負けなかった。海外のタイトルも取り、光姫だなんて呼ばれたのはこの頃だ。
最も、社交の場には出なかったことと、才媛と呼ばれたエリカがいつの間にか勘違いされ、今に至った。
「悪かったよ。何というかああいう場には出たくなくてさ。…エリカは……運命を信じるかい?」
「ええ。もちろんですわ。…曲名ではありませんよね?」
「ああ、違うよ。しかし、即答か。何か確証を持ってるんだね」
「藤堂京介。私の愛する男ですわ。一度言いませんでしたか?」
「聞いたよ。聞いた。一度じゃないけどね。耳タコだけどね。その彼にこうやってボクも助けられてさ。その、参ったことに、運命を感じたんだ」
「あら、本気ですの?」
「こんなことエリカに言うのは間違っているとは思うんだけどね。その宣言というか」
「…争う、と?」
「この気持ちをさ、どうしたらいいのかわからないんだよ。だから結果的にそうなるかも知れないってさ。派閥もあるし」
「まあ確かに。大前女子三代派閥の二つのトップですし。ふふ。でも、まあ、今は置いておきましょう。幼馴染エリカとして、お話しますわ。それにしても…ふふ。あの天才クロエが初恋ですか。なかなか感慨深いものがありますわね」
「…馬鹿にしてるの? ボクの方が年上だよ?」
「しませんわよ。初恋は特に。それに学年は違いますが、年は変わらないでしょう?」
「…そうだけど…何か、大人になったね…前はこうキャピキャピしていたのに…」
「…してませんわ」
「そう〜? 何か写真見つめてさ、思い詰めたかと思えば飛び跳ねたり」
「それは中等部の頃でしょう! とても愛らしいではありませんか! だから良いんです! こほん。ですが、クロエ。あなた……許嫁が居ませんでしたか?」
「…それも相談したくてさ。こんなこと莉里衣と麻理には話せなくてさ。この恋を諦めて───」
クロエには許嫁がいた。親同士の決めたことと、あまり考えないようにしてきた。社交の場では会ってしまうため、あまり出たくなかった。
そして京介に出会ってしまった。
あの日ファミレスでうがーと頭を掻き毟ったのは、葛藤ゆえだった。
それから毎日のようにスマホの動画で果てていた。
「諦めなくても宜しいですわ」
「…簡単に言うけどさ…」
そんな言葉にしにくい葛藤を抱えたクロエにエリカはピシャリと断言し、自身の考えを口にする。
「一度きりの人生。誰にだって運命の星が舞い降りますわ。直感に従いなさい。衝動に従いなさい。クロエ。あなたにはそれが出来る」
そう言ってエリカはニコリと笑みを浮かべた。打算のない飛び切りの笑顔だった。
クロエはコンクールの際、控室でいつもエリカの笑顔に励まされていた。
いつもクロエが粗野な言動しかしないのは心の弱さを隠すためだと幼いエリカは気づいていた。
だからいつもクロエに言う。
直感と衝動を持って、ありのままのあなたの音で会場を包むのです。あなたにはそれが出来る。出来るのなら決して負けませんわ、と。
その後決まって京介の話を喋り出すから、いつも呆れて緊張が何処かへ行ってしまうのだが。
「エリカ…うん、そうだ。そうだったね」
「この世は常にありのままに不条理。彼はそれを切り裂き打ち破る剣。幼い頃、助けていただいた時から私はずっとそう信じています」
「あーもーそれはわかったって。そう言えば彼は普段どんな感じなんだい?」
「それでは、まずはこの動画をご覧ください」
いい話のあとは、お返しとばかりに牽制という名の事実を突き刺す。
少しの油断も見逃さない、エリカの信条だった。
それに、これで諦めるくらいなら私が引導を渡すというエリカなりの優しさでもあった。
そこに京介の意志は存在していない。
「…急に何? タブレット…動物触れ合い動画でも始めるの? まあモフモフ好きだけどね。 …これ、何?」
「触れ合いで、動物なのは間違いありませんが…私を捧げた時ですわ。はぁ…すごいですわよ。愛の剣。バラバラに切り裂かれズコズコに打ち破られましたわ」
少し早送りしながら、その時を思い出し、太ももをキュッと閉めるエリカ。
「エリカ…ボクの告白台無しなんだけど…そんなジョーク…え? 何この格好…変態? あ、え、あ! あ! ほんとに? え! マジで?! もう散ったのボクの恋!? もう勝ち目ないじゃん! きゃっ!」
画面に映し出されたのは、包帯塗れのエリカだった。そのエリカのあまりにもあんまりな格好と、想像していた通りの裸の京介に恥ずかしくなり、クロエは両手で顔を隠した。
だが、指の隙間からきっちりチラチラと見ていた。
「まずはそれが目標ですわね。ちなみに私だけではありませんわ」
「…ヤリチンだったのか…わ、え、あ、わわ! おっきい、あ、エリカ! エリカが! 白目! 白目なんだけど! 大丈夫なのコレ!?」
「うふ。まあ、ちょっと恥ずかしいですわね」
「ちょっとどころじゃないよ! ああ! うわ、あ、嘘、こんなに痙攣するの!? え、違う女の子が…ヤリチンじゃん…」
「彼を狙う運命を信じる女の子のみ。なので少し違いますが、側から見ればそう見えますわね。ではその心に訪れた嫉妬。殺してみなさいな。顔が歪んでますわよ。その頭を支配する情欲、打ち消してみなさいな。頬が茹で上がってますわよ。どうぞ寝取るなら止めませんわ。ですが、欲しいって顔、少しくらい隠した方が良いですわよ? 策も十重二十重と仕掛けても問題ありません。それこそ他の女を…消しても。いろいろと方法はあるでしょう。まあ、彼に相応しい女になるのは、最終的にはこの私ですわ。ただ、一つだけ」
クロエは画面に夢中で、もうエリカの話は聞いてなかった。いつの間にか両手は机に下ろして、ギリギリと拳を作っていた。
「あ、ああ、うわ、や、すご、あ、すごい…何か出た……え? 何?」
「成瀬愛香には気をつけなさい」
「は、うわー、え、ああ、誰だい? その子は」
「…にっくき……智慧者ですわ」
エリカは天井を見上げ、苦虫を噛み潰したような表情で、そう呟いた。
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