肉断つ4 - 霞と蜂

| 藤堂 未羽



夕方、六時を回る頃。インターホンが鳴り、玄関を出る。


そこには一人の男装している女の子と、制服姿の女の子のコンビがいた。また女か…


男装女子はキリっとした美人顔に少し明るめの茶に染めた大人ショートボブで、背は高く、なんというか、しなやかで格好良かった。


制服女子の方は、大前女子の制服で、タイの色から三年生だ。ニコニコとした可愛い顔で長めの銀髪をハーフアップツインテールにしていて、背は標準くらいだがスタイルが良い。ハーフだろうか。



「どちら様ですか?」



「秦野純だ。夜分にすまない。京介に会いに来た。こっちは海子、付き添いだから気にしないでくれ。…未羽さんか? はじめまして」



男装女子がそう答えてきた。秦野…愛香の言っていた円卓のメンバー。秦野無天流の後継。一撃で仕留め、肉断裂させる事が多いことから肉断にくたつ姫、なんて渾名をつけられた可哀想な子、あはは、なんて言っていた。肉断裂って鈍器とかでなるんだけど。笑えないし、怖いんだけど。


海子… 海子流十手術、だったかな。愛香曰く秦野ほど脅威では無いらしい。たしか…三つ子姉妹で長女が一番ヤバくて武器が厄介、なんて言ってたな。そもそも武器ってなんなのよ。笑えないし、怖いんだけど。


それよりなにより、なんでも知ってる愛香も笑えないし、怖いんだけど。



「はい、京介の義妹の未羽と申します。はじめまして。未羽で良いですよ。円卓の方ですよね? 兄さんに用事でしょう? ですが、兄さんはまだ帰っていないんです。それでも良ければどうぞ上がってください」



「京介は何かの用事か? いないのに良いのか?」



「兄さん、今日は何か大事な用事で。私も一人だと寂しいので良いですよ。それと他にお客様が居てもいいのなら。あと、まだでしたらご一緒に夕飯はいかがですか?」



「他の来客者? 夕飯は嬉しいな。是非」



まあ、いろいろと聞き出しておこうか。愛香とも共有しときたいし。





未知瑠みちる…? なんでこっちに、いやなんでここにいる?」


「…純くんこそ」



「…お知り合いでした? 今日はたまたまツアー最中で近くに来ていたそうです。兄さんと小学校が同じだそうで。会いに来てくれたそうです。私、びっくりしちゃって」



とりあえずすっとぼけてみる。


円卓の八文字未知瑠。三人組の超人気アイドルグループ、ワールドマインのセンター、ミッチの正体は兄さんの幼馴染だった。


しかも八文字古流。これも愛香が言ってた。姉よりはだいぶマシ、まだ蜂じゃない、と言っていたから家にあげた。意味はわかってない。それに小学時代の話を由真と響子以外からも聞いておきたいし。なんて思ったし。


けどなんでこんな人ばっかりなの。笑えないし、怖いよ。


けどアイドルにびっくりしたのは本当だ。あの「綺羅星にかかる橋」は大好きな曲だ。



「お前…」


「嘘じゃないよぉ。土日こっちでツアーだったんだ。おやすみもらって実家に帰る途中に勇気出して寄ったの」



「お嬢……これはまずいです! まずいですよ! 八文字の娘、『成長した幼馴染が実はアイドルだったぁ?!』を使う気です! これは薄まります! 仕切り直しましょう! 帰りましょう!」


「まずくねーし、帰らねーよ! しかもなんだそのタイトル… 未知瑠がそんなこと……おい、未知瑠。なんでこっちを見ねー?」


「なんでもないよお…キラっ!」


「あ。そのポーズ! キラハシのキメポーズ! うわぁ本物のミッチだ〜」



すごい! ほんとにミッチだ。TVまんま。いや、やっぱりTVより可愛い。愛香とか新津とかとはまた違った方向だ。かわいい。でもなんというか、この二人……同じ円卓なのに、亀裂?



「えへへへ、恥ずかしいなあ」


「ほらー! この八文字のメス使う気ですって! これ牽制ですよ! 牽制! お嬢の策、炭酸抜けたお嬢の胸みたいに薄くなってしま痛い痛い痛い痛い──────!」


「純くんこそ! 『大人になって再会した幼馴染が実は女だった件』を使う気でしょ! うっすい炭酸煎餅みたいな胸にもっとなるから帰ったほうがい痛い痛い痛い痛い─────!」


「お前らなんでわかりあってやがる。しかも、未知瑠! お前なんで男装なんだよ! 俺と被ってんだろ!」


「それはぁ、やっぱり恥ずかしいし」



「お嬢……十重二十重に策を弄するこのメス。男装での女とアイドルダブル隠し、からの幼馴染アイドルバレ。あれ、女だと思ってたけど、男だったのか、あれでもやっぱり女ぁ? そしてアイドルだってぇ?! と言った使い方もでき、失敗した時は単にいやあ一応アイドルだからさ、隠さないとね、京介くんは気づかなかったけどね!ぷんぷん、なども応用が効く。その上、恥じらいでそれらを覆い隠すなどの多重レイヤーを使いこなし、しかも相手が気づいた時に効果を発揮するメタファーじみた準備。流石は音に聞く八文字家の娘。敵ながら天晴。男装のままもじもじとか髪をくるくるとかもわかりみが深い。わかってないのはお嬢のみ。はー。いー加減つれーわー。ふー。さて、お嬢もそろそろ少年からの脱却、女性への羽化を痛い痛い痛い痛い痛い─────!」


「もう少し俺にわかる話にしろ! 未知瑠

もその猫被りはやめろ!」


「被ってないお。にゃん、にゃん」


「くっきり被ってんじゃねーか!」



まあ、眺めていて楽しいけどそろそろお腹空いたしご飯にしよう。兄さんは人助けって言ってたし。帰ってくるの何時になるかわからないって言ってたし。でも三人とも結構ヒートアップしてるし。どうしようかな。



「みなさん落ち着いてください───愛香、召喚しますよ?」



「すまん、やめてくれ、未羽」

「ごめんなさい、やめてください、義妹ちゃん」



よし、やっぱり愛香は効くわね。


最近愛香と仲良くなって、あの子の情報収集能力とその応用の怖さを思い知った。初対面なはずなのに既にあっちは知ってるなんて、交渉にもならない。まるで相手のみ手札のカードが透けてるババ抜きだ。京ちゃんに近づきそうな人だけだよ、なんて軽く言ってたけど怖い。たまたま兄さんと葛川がもめてたから良かったものの、私も良くあのサイコパスに喧嘩売ったもんだ。こわ。



「……そんなに成瀬嬢はすごいんですか?」


「そんなに、なんです。はー…頭の中どーなってるの、あいつ。賢者みたい」


「だろっ!」

「でしょっ!」


「そのシンクロなんなんですか……秦野と八文字を成瀬嬢はそんなに……ん? …ちなみに未羽さんは…お兄さんをどう思ってらっしゃるのですか?」



うん? 変な事聞く人だな? 義妹だから当たり前なんだけど…あ、でも初対面だと結構恥ずかしいな。



「……たい」


「?」

「?」

「?」



「──────ずっと嗅いでいたい」



「…お嬢、お嬢、こっちもまずいですって。『俺の義妹が毎晩ベッドに俺の匂いを嗅ぎに来て全然寝れないんだが?!』を使う気です! …いや…この感じは…もう取り返しのつかないくらいの常習性を感じます!」



違う。『私の義兄おにいちゃんが良い匂いすぎていつの間にか脳をグジュグジュに駄目にされていた件』よ。間違えないで。まったく。



「仕方ないだろ」

「仕方ないよお」



「でしょう!」



秦野もミッチもわかってるじゃない。ご飯大盛りにしてあげる。



「霞と蜂が一緒に好感度稼ぎ!? すごいの見ました……あ、未羽さぁ〜ん、お夕飯お手伝いしますぅぅ〜」



「一番稼いでんのお前じゃねーか」


「だよね」








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る