アレフガルド

魔王アートリリィ

| アートリリィ



 大陸最東部にあるベリル王国。人族の限界地点、人魔境界に隣接している国として昔から有名で、その事から王の盾とも呼ばれている国です。


 ネクロンドを後にした私達は、その首都にある王宮殿に位階差によるスピードと秘宝や遺物を軸に電の魔法のように、素早く攻め入ったのです。


 道中の兵達は置き去りにしたり拘束の魔法で動けなくしたりと、思っていたよりも呆気なかった。これまで京介様は手加減していたのでしょう。


 お優しい人でした……



「リリィ、こっちは終わったぞ」


「こっちもだよ」

 


 私達は王の間に辿り着き、マリーさんとクロィエさんによってベリル王と宰相以外、護衛の騎士達は全て沈黙させられました。



「はい。ありがとうございます。さて…ベリル王。私達を利用し、大陸の版図を書き換えんとする野望。ここで潰えたのですが…最後に何か?」


「か、書き換えるなど! そんな事を思うわけなかろう! それにこんな事をして他国が黙ってはおらぬぞ! ヒエネオス市国にも、ラネエッタ王国にも厳重に抗議してやる!」



「あら。伝説の悟りの魔法。私も少し使えるのですよ? 嘘はよくない。知りませんか、この言葉。ああ、それに、ご心配には及びません。結界石によってこの王宮からは誰も逃げられないのです。残念でしたね?」



 この[指星の結界石]。鉱山の街、メルカインにて見つけたこの石は、魔力次第では薄く広げれる。位階差によってはその中からは出れず、外からも入れない。ここまでの道中で判明したのです。



「神によって選ばれた神託の巫女が! こんな事をすればいずれ加護も失くすぞ!」


「ああ、そんな事ですか…ご心配なく。そもそも間違っていますよ。この加護は魔王を倒すためにと神がもたらしたものではないのです。この救世の旅の中、様々な文献、伝承に触れ…京介様が元の世界にお帰りになり…ようやく理解しました」



「何を…それに勇者は…あの異世界人は相打ちでは無かったのか…?…」


「そういう報じられ方になっていたのですね……それにそんな事を貴方が知る必要は無いのです。長く続いてきた傲慢なるベリル王国。それが今日を最後にして終わり、変わる」



 このベリル王国は人魔境界にある事から、たくさんの魔石が採れ、その流通量で世界を牛耳ってきました。


 最愛の人は去っていった。私達に出来る事は灰色の未来をただただ過ごすのではなく、彼のもたらした平和を目に見えるカタチにして未来に繋げること。


 

「まー、諦めなって。ネクロンドももう変わったからさ。ボクも聞いたよー? 利用しろって言ったんだって?」


「そんな…ことはしていない! それに一つも報告など…」


「王よ! わ、わたしは聞いておりません!」



 宰相も惚けますか。まあどちらでも構いませんよ。私に嘘は通じません。



「さあ、ベリル王…貴方の位階は…あと経験値1536で…位階22。ゴミですね。まあ、鍛えてなくて良かったですね」



 私には数字によって位階の差が見えます。これは修道女達にも出来ますが、もう帰りましたからね。

 彼女達は京介様を教会に見立てる事で旅に同行してました。勇者様が去れば早く大教会に帰らないといけません。



「お、王盾たるこのベリルの王を愚弄するか! へ、平民どもが! それに、ど、どういう意味だ!」


「いえ、流石はネクロンドの辺境伯親子でして。位階50を超えていましたから」


「つい、な。やり過ぎて潰してしまった。寝取れ、だったか? 人妻に一番やってはいけない事をしたな……京介の残した素直パンチ改。位階差さえ在れば私にもできる」


「ボクにもね。なんか楽しくなっちゃった。人族殴るの」



 辺境伯は今代、次代とも立派な領主になり、素直な良い子良い子になりました。前回はマリーさん、クロィエさんのお二人にお任せしました。


 まあ、屋敷は倒壊させましたが。



「神託の巫女が…平民が…貴族相手に…人族に…力を振るうなど…何を…言って…」


「あら、私にも出来ますよ?」



 一度京介様みたいにしてみたかったんです…自ら悪を懲らしめる…なかなか味わったことのない感覚です。

 今までは影に徹していましたから。妻として。妻は三歩後ろで慎ましく寄り添うものですから。幼妻として。


 けれど! 次は私の番です! 



「……リリィはやめておけ、力加減がわかってない」


「相手が死にそうになってんのに気づかないんだもん。あ、そういえば修行の時もそうだったよね!」


「ああ、リリィが前衛に立つと碌なことにならない。懐かしいな……」


「……」



 失礼な…魔王討伐後、ここまでの道中で身体をあんなにも動かしてきたのです。お腹の子も本の虫の私だと胎教に悪いですから。


 もう力加減、魔力の量、身体の動かし方の把握はバッチリです。



「お二人とも何を言ってるんですか。前回はたまたまです。京介様もおっしゃっていたでしょう。ヤれば出来るって。まあ見ていてください」


「あ、おい、リリィはダメだ、やめろ」


「あ、馬鹿! リリィは駄目だよ! いったい何人廃人作る気だよ! 王はダメだって! 国が回んないだろ! あ!? こいつ縫いとめたな! マリー!」


「くっ、私もだ! リリィ! 無詠唱に隠蔽も混ぜたな! お前のオリジナルはいつも厄介だ! このキツい拘束を解け!」


「くそ! 同位階なのに! 何これ! 魔王に使ったやつと違うだろ!」



「キツいのは当たり前です。研鑽に研鑽を重ねた最期の幸せ初夜仕様ですから。マリーさんとクロィエさんの魔力も利用していますし。まあ、お二人は見ていてください。私、知っているんです。思い出したんです。次はいけます。ビニイリサイニイリィー、ビニイリサイニイリィー」


「何言ってんの?! そんな詠唱ないよ!? あ、馬鹿馬鹿やめろ! マリーとボクに任せろって!」



 もー、お二人とも酷い。確かに運動音痴なのは否めません。ですが、これでも長い長い旅を続け、遂には魔王戦も経験し、世を救った勇者様の姫巫女として、人族の限界位階99、最高到達点に至ったのです。


 ですから、私には全てわかるのです!



「く、来るな! やめろぉ! やめてくれ! わかった認める! 認めるから! 悪かった! だからこの拘束を解いてくれぇ! 来るな! 誰か! 誰かぁ──!」


「だ、誰かおらぬか! ひ、姫巫女の乱心だ! 誰か!」



「ああ、もう誰もここには…来ませんよ? 残念でしたね」


 

 叫んでも無駄です。でも煩わしいですね…ああ、だから京介様は口を封じて…こうやってまた貴方を知っていくのですね……京介様…



「ダメだ、クロ! 解除に全部振れ! このポンコツは私が何とかする!」


「ボクの解除そんなにコレには効かないんだよ! クセ全部教えたし! それ利用してる!」



 マリーさんもクロィエさんも願いの対象を知っていますからね。対処すれば簡単です。


 さあ、見ていてください! 私の成果を!



「リリィの攻撃───! メロメロ素直パ──ンチ! えいっ!」


「ぶぶべぇ───っ! あが、うぼぁ、うぼぁ…」



「あら?」



 吹っ飛びましたね……このパンチでは力と魔法が均衡するのであまり飛んだり跳ねたりしないのですが…何が…



「……あ、あ、遅かった…あー! ほらー! またアンデッドみたいになったじゃん! このポンコツ! 全然メロメロじゃないよ!」


「うぼぁ……うぼぁ…」


「ひぃぃぃぃいい、王が、ベリル王が…」



「脆い…ですね…なぜ…魔力の加減バッチリでしたのに…防御も混ぜましたのに…」


「…なぜ、じゃない。全ての力の制御が揃ってない。今まで魔法ばかりだったんだ。当然の結果だ。何回目だ。いい加減にしろ。大人しくリリィは頭と魔法だけ使ってろ。京介の真似は私に任せておけ」


「ボクにもね! リリィがやるとアンデッドの軍団作っちゃう。力加減ポンコツのまま位階99とか…ほんと悪夢だね…ほらまだ大丈夫だからベリル王回復して。ボクに任せて」



「二人とも酷いです…私だってやれば出来るもん……いつか──」


「う、ぼ、アンデッ、ドの軍、団…ま、魔王、め…」



「ふんっ!」


「あぎゃあ! あ……」


「ひぃぃぃぃいい! 王が討たれた! 誰かぁ! 誰かぁ!」



「誰が魔王ですか! 勇者の姫巫女に対して酷い…なんて失礼なことを! あ、これ、死にますね…なんと脆弱な…回復回復…」


「酷いのはリリィだよ! ねぇリリィ…京はさ、力と魔法の強弱のバランスが抜群に上手かったの。聖剣もあったし。見極めが上手かったの。料理だってそうだったでしょ?」


「京介…帰ってきてくれ…リリィの手綱を…このままでは廃都だらけになる」



「もー! 二人とも酷い…私にも出来るもん………次は必ず」


「出来る頃には国全部亡くなっちゃうの! みんなコイツみたいになっちゃうの! いー加減にしようね! いー加減わかろうね! もーどうすんのさ~」



「あ"ーう"ーあ"ー」


「王が、ああわ、王が、わわわ、あわ…」



「酷いな…しかも一気に回復するからトんだじゃないか。まだ望みあったのに…位階差を無視して…お前は京介がいなくなってから大雑把過ぎだ」


「絶対猫被ってたよ、コイツ。出会った時からボク知ってたけど」


「被ってません! んん、こほん………ああ! なんということでしょう! 王盾として名を馳せ、長く続いたベリル王国! 最後の王の抱いた野望は! 野心は! 勇者の姫巫女の正義の鉄槌によってこうして呆気なくも潰えたのでした……おしまい。まあ記録くらいは残してあげましょうか。手帳手帳…」



「残してあげましょうか、じゃないよ! こんのポンコツリリィィ! 大変なんだよ人まとめるのって! 知ってるだろ!」


「…このまま進める気か…呆気なく潰したのはリリィだからな」



「それもこれも伝説のエヌテーアールを人妻に仕掛けるからです! でも安心してください。ほら……まだそこに宰相がいるでしょう……? 次は大丈夫───」


「いひぃぃぃぃ! こ、来ないでくだされ! 私は何も知らなかったんだぁ──!」



「あら……嘘は…良くありませんね」


「え、あ、お、おい! もう馬鹿な真似はやめろ! リリィ! とりあえず拘束解除しろ!」


「あ、あ、こ、こら! 今リリィは生まれたての脳筋みたいなもんなんだから! そこは京を真似しなくて良いんだよ! ぎゃー! その自信満々の顔やめろ! 絶対失敗するやつだろ! 京と一緒じゃん!」



 気を取り直して次いきましょう。次。次はきっと大丈夫です。トライにはエラアがつきものだと京介様もおっしゃってましたから! 大事なのは学ぶ姿勢、一歩目です。私は躊躇なく踏み出します!



「もー大丈夫ですよ。お二人とも。さっきのでだいたいわかりましたから。えいっ、えいっ、こうですね。えいっ、えいっ、よしっ。さて…お待たせしました。ベリル王国宰相。貴方の位階は…18ですか。国を守り、民を守るべきトップがこれとは……ゴミですね。勇者の花嫁、幼妻リリィのメロメロ素直パンチ、くらいなさ──い」


「ぃひぃぃいい!!」


「「やめろ───!!」」

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