9 / 100 | 三之宮 聖

| 藤堂 京介



夕食を食べ終え、一息ついた時だった。


先程まで和気藹々としていたのに、カチャリとティーカップをソーサーに置いた瞬間、空気が張り詰めた。


瞳の色でだいたいわかる。きっときっかけを探しているのだろう。何とは言わないけど。


絹ちゃんは沈黙していた。自分のプランを潰された事に、まだ納得が言っていないようだった。手厳しいPだ。だが手腕は買う。


麻実さんはあんな事があったのに快活な笑顔だ。でも、薄目にした奥の瞳はじっとりとしていた。足ももぞもぞしている。


真弓さんは手を後ろに組んで、顔を背け、もう早く気づいてよぉ、楽にしてよぉ、ツッコんでよぉと言わんばかりだった。鼻先に付けたケチャップがあざとい。可愛いけど。


ちなみに夕食は真弓さんの好きなオムライスだった。お腹に優しかった。


エリカはニコニコしている。時折、エプロンを眺めてホンワリしていたが、瞳の色は誤魔化せない。


これは男である僕が声を上げる役目だ、そう思っていたのだが、一人だけ時間とともに瞳の色が点滅を繰り返し、やがてある一色に変わってしまった女の子がいた。


聖だ。


暗濁色だ。



これは、負けたな。



心に葛藤や矛盾など二つの相反する感情を強く抱えた時、感情の点滅が起こる。それをどちらも受け入れた場合、二つの感情は混ざり、濃く濁る。それが暗濁色だ。これは瞳のハイライトが消え、何色とも言えないマットな色となる。


感情が混ざっているため、突飛な行動を起こす場合が多い。元の色もわからないため、予測しにくい。


だいたいは闇堕ちした魔法使いや、殺す快感を覚えた暗殺者、騎士崩れの賊などの連中が多かった。


こうなったらその感情は欲望を吐き出すまではなかなか戻らない。吐き出さないままにしておくと、心が囚われる。囚われた心は欲望に抗えず、欲望のままま行動する。罪を犯す。と悪循環し、最後は常態化する。


治すには自力でなんとかするしかない。僕の回復は効かない。


まさか元世界で見るとは……




まあ………嫌いじゃないけど。


目的はっきりしてるしな!むしろ好きだ。

はい か いいえ でもちょっと悩むのに、一択なんて。なんて、


贅沢な。


ふむ。……なら好きにさせてみるか。

悩みを受け止めるのも勇者の嗜み。



「聖、ちょっと良いかな?二人きりで少し話したいんだけど」


「?…うん…エリカ、そこの部屋、あるよね?……借りるわよ」


「…はい、そうですわ。ええ、お使いくださいな」


「そんなあ…」

「藤堂くん、結構肉食?」



そんなやり取りの後、同じくエプロン全裸に換装済みの絹ちゃんが立ち上がった。絹ちゃんは黒一色のモードな感じだ。白い肌とのコントラストが映え、よく似合っている。


そうして、絹ちゃんはみんなに冷たく言い放った。



「三人とも、説教。そこ立って、回って」



残された三人は文句も言わず立ち上がり、並んでくるりとサービスしてくれた。指令を出した絹ちゃんも何故か一緒に回ってくれた。


流石、絹P。



いたたっ





案内された部屋は、真弓さんと麻実さんが捕らえられていた部屋と同じ間取りの場所だった。この最上階の各家、レイアウトはほぼ同じだそうだ。


「聖、何か言いたいことがあるんじゃない?なんでも吐き出していいよ」


俯く暗濁色の聖。部屋に入ってからずっとこうだ。


「……なんでも?…いいのかしら?…ほんとに?」


「うん。なんでも良いさ。なんだって良い。全部受け止めてあげるよ」


「じゃあ、裸になってくれる?私だけこんな格好、腹がた、…恥ずかしいわ……」


「……」


まあ、そうだな。


いくらエプロンのようなエプロンを着ているような着ていないような……ややこしいな。


つまり、服VSエプロン全裸だ。それは公平じゃない。


僕としたことが、失念していた。


おーけーおーけー。


暗濁色のせいで発情かどうかはわからないがこれはもちろんイエスということだろう。もう心技体は完璧だ。それに今日は割と人を殴った。……いや、そんな実感はない…な。


だが、たぶん昂りを心に秘めているはず!

異世界での戦闘後と同じなはず!


ならば、鎮めねば。


さあ、脱いだ。これで僕も全裸だ!


この人族最強の勇者、逃げも隠れもしな……


いや、逃げたし、隠れたな…。


…いや、この身体ではまだだ!嘘じゃぁない!

こほん。…さあ!……かかってくるがいい!人族の幼馴染よっ!



カチャリ

Pi─────────



カチャリ? ピー?


気づいた時には、黒い手錠が両手にはめられていた。どうやら脱いでる最中に用意していたみたいだ。二人きりの時間に索敵の魔法は無粋だ。それが仇になったか。


ん?


…何このテクノロジーの塊みたいな手錠……こんなのあるの? デジタル数字? ワイヤー? 何このスイッチ?


手錠ってもっとこう、無骨というか。とっつぁんが持ってるやつしか見たことないんだけど。あ、結構固い。くぬっ。あれ?ひょっとして、魔法以外では無理そう?



「ね、きょんくん、もう、いいよね?」

「な、何をかな?あ、懐かしい呼び方だね。あ、そうそう、この手錠ってさ…」


「何か言うことあるんじゃないかしら?」

「あ、そうそう、そうなんだ。この手錠はどういう……」


「ラブorダイ、どっちが良いかしら?」


ここにきて二択か…もちろん、ラブだ。


「ラ、」

「はい、遅い。馬になりなさい」



あ、ひーちゃんだ。このワガママ姫スタイル、これひーちゃんだ。懐かしいな。5歳くらいか? お馬さんごっこか。そういえばよくしたな。あの頃のひーちゃんはかなり小さくて華奢だったしお姫様みたいだった。よく僕に乗っていたな。


でも今は身長も高いしスタイルもワガママだ。


そう、ワガママボディなんだ。


だが問題ない。手枷をつけたまま奴隷の子を背負い、賊の根城から脱出した事もある。手錠によくわからないテクノロジーを足したところで所詮、手錠は手錠。効果は同じだ。しかも手錠間ワイヤーは何故か肩幅まである。ふっ…しくじったな。


異世界帰りをあまり舐めないでもらいたい。


僕は全裸で四つん這いになりながらこのワガママ姫にキメ顔で言った。


「乗りなよ」

「生意気ね。腹が立つわ」



あ、この聞いてない感じ、やっぱりひーちゃんだ。





「遅いわよ。あ、は、早い、早いわよ!」


「どれくらいかわからないよ、ひーちゃん」


「ふふっ、それくらい察しなさいよ。ぁ、ほんときょんくんは。ふふ、あはは、んっ」



……楽しそうで何よりなんだけどさ。今僕は全裸なわけで。フェイクエプロンとは言えひーちゃんもまあ全裸なわけじゃん?


そして、馬(僕)に跨ってるのはひーちゃんなわけじゃん?


僕もこうやって部屋の中をぐるぐると周ってるとさ。どんどん幼い頃の思い出が溢れてくるというかさ。あまりにも童心というかさ。ひーちゃんもほっこりする反応だしさ。邪な気持ちを抱きたくないっていうかさ。思い出を大事にしたいっていうかさ。


でも心に嘘はつけないじゃん?


内心の自由じゃん?


僕の腰の上に跨るお尻の感触すごいんですけど。跳ねる度に、何これ!何これ!と脳内はお祭りになってしまう。ポインポインのもっちもちだ。本当に15歳なのか…?



こんな感触をずっと受け続けたら、ね?


ほら、わかるよ、ね?


服という檻を脱ぎ捨て、まるでビンカレア草原のように何も遮るものがない平野をひた走っている僕の僕も、かつてひーちゃんとも一緒に見に行った動物園のあくびをしていたシマウマのシマウマみたいになっ…




「京介君っ!」


「ってぇ! …京介君?……何かな?」



急に現実に引き返されたからつい叫んじゃったよ。まあ、僕ら二人の格好はたいへん非現実的なんだけども。


瞳の色はこの体勢では見えないけど、この感じ…治まったのかな? 良かった良かった。



「あの、ね? …その、ね?」


「うん?」



「…お馬さんしたら、その、ね? 聖の、その、シール、がね? か、か、痒くなって、ね? …あの、その、ね? わかるでしょ? んっと、京介君が、ね? その、聖のシールをね? カ、カ、カリカリしてくれない……かしら?」




「……………ごくり」



ふー…まったく。自分でも掻けるだろうに、このお姫様は。


ごくり。


姫、このお馬さんたる勇者に全てお任せを。





「…絶叫ロデオマシンのきょんくんなんて、キライよ」

「ひーちゃんが騎乗に拘るのが悪いよね」


「きょんくんの、この、串刺し公」

「ひーちゃんがマウントポジションに拘るから足痙攣させて深く突き刺さったんだよね」



「……私、瑠璃と同じになっちゃった」


「ああ、それ違うやつだから安心して」


「……えっ?」

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