アレフガルド

救世大教会 / 召喚の聖女



アレフガルド中央大陸、西方。


ラネエッタ王国。


魔族領から最も遠い王政の国。


縦に長細い形をした国で、北方は寒く、南方は暖かい。王国中央部は一年を通して穏やかな気候に恵まれ、とても過ごしやすく、動植物や農作物も豊富に採れ、魔石こそ少ないが、非常に豊かな国であった。


その王国中央部から少し北に離れたところに、とても広いラネエッタ平野があり、その平野の中央には、直径5キロメートルほどの平らな皿のような丘があった。


ほぼ真円を描いたこの丘の高さは30メートル程あり、天然の城壁と化していた。


ラネエッタ王国の民は昔からこの丘を『神の台座』と呼んでいた。


それは、



"暗闇がこの地上を覆うとき


神はこの丘に一振りの剣を突き刺すだろう。


その剣は多くの願いを聞き


それは多くの喜びとなり


やがて大きな光をこの地上に齎すだろう"



この地方にそう言い伝えられてきたからだった。


そして、この神の台座は、今では独立した小さな国でもあった。


また、その国は大陸中にある全ての教会の本山でもあった。



ヒエネオス市国、救世大教会。


それがこの神の台座の正式な名称となっていた。



そこは、ラネエッタ王国内にあるが、ラネエッタ王国の法も権威も権力も一切及ばない国であった。


そのヒエネオス市国に住まう人々は、全て、アレフガルド大陸中から集められた孤児や遺児達であった。


それは、別世界から一人切り離された神の使徒、勇者の御心に一番寄り添えるからだと信じられてきたためであった。


そう信じながら、彼ら彼女らは厳しい修行の末に、救世大教会の聖職者となり、この小さな国を連綿と形作ってきたのだった。



そのヒエネオス市国の中央部分には救世大教会の大小さまざまな建築群があり、その中心にあるのが、ヒエネオス大聖堂。どの方角から見てもシンメトリーに作られた高さ100メートル余りの白亜の聖堂だった。


その大聖堂の真中心。


召喚の間。


そこが勇者召喚の舞台であった。





その召喚の間から見て、東西南北にそれぞれ一本ずつ走る回廊があった。そのうちの一つ、北の回廊を抜けると円柱の建物に辿り着く。


その扉を開けると現れるのが、勇者の間。


そこには、かつて召喚された勇者たちの軌跡が今もなお残っていた。


丸く弧を描くその部屋の壁には歴代の召喚勇者の肖像画と名前が飾られていた。


肖像画には魔法で劣化を防ぐ処理をされていたため、今でも当時の活躍が手に取れるような生き生きとした姿が写っていた。


もっとも、この肖像画は魔王を取り逃した証でもあったが。


また、初代と二代目だけは名前と肖像画は削られていて、その枠しか残っていなかった。


そして、第31代召喚勇者、藤堂京介。


彼もまた名前と肖像画のための枠しかない。



歴史に習えば、彼は魔王を取り逃し、帰ってくるだろう。


だが、今回は今までの歴史とは大きく違う。


それは、従者である神殿騎士や修道女たちヒエネオスの聖職者達の定時報告により、明らかになっていた。



北方の街ニーベルン。そこにある聖剣伝説、聖人ロエベ-クリスピンの遺産であるインテリジェンスソード。


『聖剣 シュピリアータ』



かつて海の七王家と呼ばれた現セブンスウェル諸島帝国。海の大妖ビフィディの討伐後に突如として現れた、失われた七王家の七つの秘宝が埋め込まれた透き通る海のような青い鎧。


『七王家の鎧』



かつて、凶星と呼ばれ恐れられていた、龍王エルエハード。その遺骸から当代の龍、ミルミハーネ-イルドラゴが作り出した耐魔の首飾り。


『龍王鱗の首飾り』



鏡の国と呼ばれるほど純度の高い鉱石や宝石が豊富に採れるヴァルディエ王国の一千年あまり石にされていた女王マシュロ-ヴァルディエを解放した際に流れ出たプリズムの涙を使って作られた魔法を跳ね返す鏡のような盾。


『七鉱石の盾』



神話の時代にあったミルカンデ大神殿。そこに住まうミルカンデ100家門の祈りを集め精神防壁の術式をこれでもかと施した、氷の賢者セルアイカ-ミルカンデ謹製の兜。


『叡智の兜』



ビンカレア平原、縦穴式ダンジョン、奈落の最下層、大猿魔ビスマニデルが隠し持っていた、二代目召喚勇者が倒したとされる伝説の魔獣から作られた真紅のマント。


『アルキマイラのマント』



それら全ての装備に、妖精の国、フィジュラアルドの次代の妖精女王ニナモモからの親愛のキスと妖精の泉よる精霊強化。


『妖精姫の祝福』



このアレフガルドの伝説のほとんどを装備した勇者など、史上初めてのことだった。



中でも、聖剣シュピリアータ。


アレフガルド一、高い攻撃力を誇る魔法の剣。両刃の刀身には細かくびっしりと術式が彫り込まれていて、光を鈍く反射するため鉛色にびいろに見える剣で、今の文明では解読も複製も出来ない。


黄金の柄には大きな赤い宝玉が埋め込まれており、そこに気高くも気難しい精霊、シュピリアータが宿り、人語を解し、持ち主の意志を組み、変幻自在に魔法を放つと言われる伝説の剣。


この剣の主に、ロエベ以外には、今まで誰もなれなかった。


誰も装備できないからか次第に忘れ去られ、伝承の中だけにしかなかった剣。


それが見つかったのだ。


そして、伝承そのままの力を持っていた。


だから今度こそ、人族の悲願は達成されるであろう。





勇者の間。


まだ主人のいない、31番目のプレートの前に一人の女が立っていた。



ルトワ-メイジーナ。


五年前、このアレフガルドに、数百年ぶりの奇跡を起こした人族の女。


魔を滅する人族の剣、希望の刃、平和をもたらす者。勇者。


藤堂京介を召喚した聖女、その人である。



彼女は一人、No.31のプレートを撫でながら呟いていた。


「京介様…」



その時、勇者の間の扉が開き、三人の女が静かに入ってきた。


いずれもルトワの幼馴染であり、かつて聖女の座を巡り、競い合ってきた同士でもあった。



「うふ。ルトワ様。ヨアヒムが戻りました」


「そうですか。すぐに…向かいます。あなた達は準備を」




「くすっ、もう全て整っているわ」


「あはっ。そうです。バッチリなのです」




「…ふふ。ありがとう。さあ、みんな───全てを───壊すわよ」



「「「仰せのままに。聖母様」」」





ここに勇者藤堂京介がいれば、さぞかし驚くことだろう。


この四人の八つの瞳は、


───暗く濁った色を湛えていたのだから。

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