勇者無双4 -そして伝説へ



雨の日曜日。

天養駅近く。大手ファミレスのテーブル席にアルバイトを終えた莉里衣がやってきた。


今日はいろいろと疲れたのだろう。席にドスンと腰掛けるなり、眉間に皺をよせて、溜息をついた。体力的にはもちろんだが、精神的な疲労は相当だったようだ。


テーブル席には、莉里衣の静止も聞かず、お店を飛び出し、それから三時間以上も帰って来ず、心配に心配を重ねさせた幼馴染の麻理とクロエが座っていた。


二人とも俯いていて会話はしていない。


心配をかけた反省でもしているかのような、そのしおらしい態度を見て、莉里衣は少しだけ心に余裕を持てた。


いや、ここですぐに甘い顔はしてはいけないと、気持ちを引き締めていた。





莉里衣は二人が出て行った後、気が気じゃなかった。


アルバイト先の先輩によると、あの六人組は亀田工業高校、いわゆるヤンキー高の生徒で、暴力的な事にかけてはこの辺りでは有名らしく、特に田淵とかいう男のグループが一番マズいと言う。あの六人の中に東野という男が居たことから田淵のグループに間違いない。絶対に喧嘩を売ってはいけない。そう聞かされていた。


そんな危ない連中の話を先輩に聞かされ、ハラハラしながらも莉里衣はアルバイトをこなした。


連れて出ていった、あの優しい眼をした男の子は大丈夫だろうかと心配したり。


静止のお願いを全く聞かず、まさかついていくとは思いもしなかった幼馴染二人の頭は大丈夫だろうかと心配したり。


二人とは長く、お互いの事を信頼しているから、本当に心配しているときちんと伝えれば言うことを聞いてくれると思っていたのに、裏切られた気分になったり。


そんな事をアルバイト中に考え過ぎていたせいかカミ癖も出なくなり、チーフに褒められたり。


その事に微妙に嬉しくない気持ちになりながらも二人が無事に帰ってきてくれて、ホッと一安心し、アルバイトを終わらせテーブル席に来たのだった。





そして、莉里衣は説教を始めた。



「二人とも! ほんとに大丈夫だった!? 無事で本当に良かったけど! 気をつけて! あと話ちゃんと聞いて! いっつもそう言ってるよね! あとそれから…」



莉里衣はお冠だった。いつもの他愛のない話しなら構わないが、こんな危険な事なのに、いつもと同じように話を聞かなかったこの二人に、大事なことだと心を鬼にし、いつもより大きな声で幼馴染二人に言った。



「はい…」


「うん…」



…言い過ぎたのだろうか。麻理もクロエも返事が小さい。何より複雑な顔をしながらの返事に莉里衣は違和感を感じる。


いやいや甘い顔をしてはいけないと思いながらも、生来のお人好しが顔を出し、心配を口にした。



「…え? 何、何かされた? 本当に大丈夫?」



しつこいのもお互い様だと、再度問いかけると、クロエの様子がなんだかおかしい。さっきからテーブルの下で左右の人差し指同士をちょんちょんとくっつけたり、離したり。


麻理の様子もおかしい。お股をもじもじし、背も少し丸い。何より態度がしおらしい。



「はい…」


「だい、じょばない…」



麻理もおかしいが、聞いたことのないクロエの返事に莉里衣は驚いた。いつもの元気印はどこへ行ったんだとこの幼馴染の友人クロエに問う。



「だいじょばない!? やっぱり何かあったんだ! クロちゃ、…クロエちゃん?」



思った通りの変な様子に莉里衣は覗き込むように問いかけながら注視していた。するとクロエは溜め込んでいた感情を、髪を掻き乱しなから立ち上がり、叫び出した。



「うがー!」

「クロちゃん!?」


「うわー!」

「麻理ちゃんまで!?」



クロエの叫びに呼応し、まるで輪唱のように一緒になって立ち上がり、クロエと同じように髪を掻き乱し、叫び出した麻理の様子に莉里衣は困惑する。


「ん?」


ふと、幼馴染二人の頬に朱が浮かんでいることに莉里衣は気づいた。照れとか恥じらいとかにもう一つの何か。


偶然出会いたい厨の血が騒ぐ。


疑問に思い莉里衣は切り口を変えた。



「あの男の子」


「……」


「……」



先程の叫びが嘘のようにピタリと収まると、すっと座り直し、もじもじしだした幼馴染の麻理とクロエ。あまりシンクロしたことのない二人の動作に、莉里衣は正直に言った。



「二人とも…気持ち悪いんだけど…」


「なにおー……っ…」

「そうだっ………ぞっ」



いつものようにすぐさまリアクションする二人だが、語尾がすぐに小さくなる。あれ?また元に戻ってしまった、と莉里衣は不思議に思いながらも、ならばと話を変えた。



「あの男の子、大丈夫だったの?」



すると、いつもはクロエに譲り、相槌しながらのんびり話に混ざる麻理が、興奮を隠しもせずに早口に捲し立てるように喋りだした。



「…すごかった。……すごかったんだ! なんなんだ、なんなんだ、あの足捌き! ぶれない頭! 俯瞰した思考! 奇襲されてもまるで空に舞う木の葉のように何も当たらない! まるで現実感がない舞台のようで! 襲い掛かる輩達を次々と沈め、なんて綺麗な、そう、殺陣なんだ! そして悪漢に捕らえられた私を救おうとする決意を秘めた…瞳! ええ、ええ…まるで心配など…していない…わ。…そう、あなたに助けられた私は! 私は! まるで、姫! はっ!?」


「…姫? 捕らえられた!? もう! やっぱり危ない目に──」



早口に話し出す麻理は気持ち悪いが聞き捨てならない単語が混ざっていた。莉里衣は問い正そうとした時、今度はクロエが、煽るように麻理に言葉を叩きつける。



「はーん? 姫? 瞳? 違うよ。あれはボクに向けて微笑んだの。ボクのこの綺麗な瞳に釘付けだったの。何勘違いしてるのかなー。やだやだ。そもそも麻理は会話してないじゃん。それに『無事でよかったよ。この辺で君が怯えなくてもいいように話つけてくるからね?』って人質になったボクに安心させるように微笑んだんだよ!」


「人質?! それ大丈夫な───」


「クロ、捏造は良くない。『心配しないでいいからね』は明らかに私に向けて話していた。それを無視したままはいただけないな。それに今言った台詞、君ではなく、君たち、だ。彼も言っていただろう。嘘は良くないと。反省した方がいい」


「ぐぬっ、じゃあ、なんなのさ!すぐとっ捕まってさー!天下の赤城一刀流はどうしたのさ!呆けてさー。戦場なら死ぬよ? カカシなの? 地面に刺さったひのきの棒?」


「…」


「あ? 言ってしまったな。それは言ってはいけない……クロォ!それは言ってはいけないぞぉ! この……金髪チビボインが」


「…」


「あ、あ──っ!、言った!気にしてることくっつけて言ったな! このヴィジュアル詐欺! 残念刀! カカシ! ちっぱい棒! だいたい何が姫だよ、そんなズボラな姫がいるなんて笑っちゃうよ。遅延姫。あ、王子先に行ったよ〜。次まで待っててね〜あ、運休だってさ。廃線かも。それにヴィジュアル的にはボクの方が姫だしー」


「…」


「はっ、今時ボクっ子で姫とか一般過ぎて個性でもなんで──っもぁたぁ!」


「くくく、あははは、叩かれてやんのー! 莉里衣にも呆れられ───ぁだぁ!!」



莉里衣の話を聞かず、勝手にヒートアップする幼馴染二人。身体的特徴弄りはのちに禍根を残す。そんな事はわかっている二人がここまで罵り合う。これはいけない。莉里衣は二人に拳骨を落とし、争いを止めた。


麻理とクロエは恐る恐る莉里衣の顔を伺う。あ、やばい。



「二人とも…いい加減にしなさい。わかるよね? よね?」



莉里衣は昔からある一定のラインまでは寛容で大体のことは呆れながらも許してくれていた。


ただ、語尾が2回繰り返された時だけは注意が必要だった。これ以上続けるとネチネチタイムが始まる。一週間くらい。それはキツいと、麻理とクロエは目を合わせ一緒に謝罪する。



「「はぃ」」


「もう、まったく。それで?」


この二人がお互いを罵り合うくらいだ。それはかなり気になる。莉里衣は気持ちを落ち着かせ、続きを促す。



「……34」

「うん……」


「? 34? どういう意味?」



あまり馴染みのない数字を言われても莉里衣には何がなんだかわからない。相変わらず麻理は言葉を端折る。いつものように莉里衣は聞き返した。


すると静かに若干の興奮を残したまま、麻理とクロエはその数字の意味と状況を語り出した。



「彼が。彼が倒した人数だ…」


「…圧巻だったよ。しかも全然痛ましくない喧嘩だった。いや、あれは喧嘩じゃないよ。…まるでショーを見ているみたいだった。これ見て」



クロエの差し出してきたスマホを覗く。


瞬間、莉里衣は息を飲んだ。


そこには麻理とクロエを背にしながら華麗に舞い、次々とヤンキーを倒していく、あの男の子がいた。


その姿はまるで────


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