アレフガルド

ユーリンゲン大瀑布 / 龍たる仙女

| ミルミハーネ-イルドラゴ



アレフガルド大陸北方に位置し、広大な水量を誇り、過去日上がった事のない国境にまたがるユーリンゲン川。その最上流にある滝、ユーリンゲン大瀑布。


その大瀑布の裏側に、古代からある龍顎神殿。


かつて古代の勇者によって棲家を追われた龍王。満身創痍のまま安住の地を探していた彼に、この大瀑布の精霊が契約を持ちかけた。


コノ大瀑布を守ってホシイ。そのカワリにキミを助ケル、と。


龍王は契約を受け入れ、精霊の期待通りにした。精霊も約定通り、龍王に加護を与え、二度と狙われることの無いようにと属性を変えた。以来、始祖・龍王の系譜である妾の一族が、大瀑布の精霊との契約のもと、この龍顎神殿にてこの地を治めていた。



「ミル様」


「なんじゃ」



「お勤めの時間ですよ。…あ!またそんなもの見て!」


「いーじゃろーもう会えないんじゃからー」



「昨日もそ〜言って見てたじゃないですか〜!」



ここ、北方極地には人族があまりおらず、寒さに耐性のある亜人族や獣人族が多く住み、この大瀑布を神のごとく讃えていた。


龍顎神殿の長たる妾に仕える右神官、熊の獣人ウタチウユマがうるさい。



「なんじゃ、ウタチ。おぬしも見るか」


「見ませんよ!何考えてるんですか!自分の主の、そ、そんな姿なんて…い、いけないことです!」



「ほー…、主の旦那に手を出すのはよいのに、かの?」


「ギクギクッ」



「気づいとらんとでも思っておったか」


「失神してたから気づいてないかと……」



「たわけ。しっかり鎖骨に求愛の印をつけとったじゃろが」


「魔法で治すかと……」



「ここを出るまでそのままにしておったわ。ウタチに悲しんで欲しくないし、とかなんとか言っての。あー妬いたー妬いたわー」


「なっ!そんなぁ………勇者様ぁ…」



「ほれ、見よ。しっかりついておろう?」


「ほんとだ…嬉しい……くない!なんで愛した勇者様と主の睦ごとを見せられなきゃいけないんですか! ん?あれ?反対側に…」



「それはメルシヲじゃ」


「はっ!だからか!あんな勝ち誇った顔してたのは!だからか!」



「なんじゃ、知らなんだか」


「知りませんよぉ! あ! なんだったらその印に嫉妬して自分の燃料に換えて盛ってるじゃないですかぁ! あ! こんな顔させて! あ! 私の印に上書きした!! 酷い……これが歴代勇者様がこの地に舞い降りた原因No.1とされる伝説のエヌテーアール…」



「いやあ、こんな感情が妾にも残っておったとはのう。燃えた燃えた。そう言うわけでな、ウタチのモノリスもあるぞ、ほれ」


「ええっ!どう、いつ、なん、ええ…」



「そんなもん、おぬしが盛っておる最中に決まっておろう」


「いやぁ〜〜!」



「……しっかし、おぬしへの妹扱いもなかなかええの…旦那様がおぬしに向ける眼差しに性欲だけでなく慈愛も見える……これは…欲張りこ〜すじゃの。…それにおぬしも」


「言わないで〜〜〜!」



この大瀑布が今日も変わらずに下流の村々に恵みを授け続けていられるのも勇者のおかげだった。





そこにコドクと名乗る邪悪な人族の魔法使いが現れたのは一年程前だった。


その魔法使いはアレフガルドでは珍しく、矛盾を上手く使いこなしながら強い魔法を使っていた。


通常は心に矛盾を孕む魔法は大したことはない。


だがこの恐ろしい魔法使いは最終的な目標の為に本当だろうがウソだろうが構わない様子で力を振るった。


魔族の魅了の魔法を自身に使い、都度、己の心を秘宝によって書き換えていたのだ。


はっきり言って狂人だった。

その狂人の願いはこの大瀑布の崩壊だった。





力の集まる処には必ず悪しきものも惹かれてくる。悪しき力の集まり、通称 "ジャ"。それが現れる度に神殿に仕える長、"龍"としてならし祓う。


それが、始祖・龍王とユーリンゲン大瀑布の精霊との契約だった。


以来、それが先祖代々に渡り我が一族の定めとなった。妾も随分と長きに渡りこの神殿に龍として仕えていた。先代の龍の右神官として仕え、先代から龍を引き継いでから力を高め、遂には仙女としての力も得た。


その妾の力も魔王の復活が近いせいか、ここ数十年の間、数百年にあるかないかの大きな"蛇"に、何度も悩まされていた。それでも限界のところでなんとか均し、祓っていた。


均しても、"蛇"が大きければ大きいほどその余波は強く、何度かユーリンゲン川を氾濫させていた。その度に下流の村々は流され、多くの民が亡くなった。それでも妾は懸命に"蛇"の力を均していた。


ある日、左神官メルシヲが妙な人族が彷徨い歩いていると報告してきていた。なんでも大瀑布の上で何かしているらしいと。


大瀑布の上は立ち入り禁止の結界を張っている。それも精霊との契約だった。すぐさま妾は向かった。


すると、大瀑布の上流にある始祖・龍王の墓所、そこに狂人、コドクはいた。


"蛇"、その力の塊を秘宝、【反転する杖】で集め、一気に解放し、大瀑布を崩壊させる気だった。


何故そんなことをする!と問うと、コドクは言った。これは復讐だと。


コドクは氾濫した水に流された村の出身だった。妻と娘を流され、生きる希望を失っていた彼に魔族が囁いたのだ。この秘宝を使い、大元を断てと。


秘宝を使うコドクは強かった。だが仙女たる妾は、負けるとは微塵も考えていなかった。右神官ウタチ、左神官メルシヲとともに戦っていたからだ。


故にコドクは、力の優劣を感じたからか、大瀑布崩壊の目的から一転、妾に狙いを定めだした。


それでも妾は負けず、なんとかトドメを刺そうとした瞬間だった。コドクは秘宝、【反転する杖】を始祖・龍王の遺骸に使い、ゾンビとして蘇らせ、さらには"蛇"と融合までさせてしまった。


蛇龍ゾンビとなった始祖・龍王と狂人コドク。妾に勝てる見込みなど無くなってしまった。


それでも大瀑布が崩壊すれば、それは巨大な水龍となりユーリンゲン川ほとりに住まう人々を全て飲み込んでしまう。一体どれだけの被害が出るかわからない。


最後まで諦めるわけにはいかなかった。


だが蛇龍ゾンビとなった始祖・龍王は強く、狂人コドクは狂っていた。ウタチもメルシヲも起き上がれない。妾の命がもう尽きる。



そんな時だった。



術式の賢者によって選定され、召喚の聖女によって呼ばれた、このアレフガルドに舞い降りた一振りの剣。魔を滅する人族の英雄。勇者。


妾を颯爽と救ってくれた。助けてくれた。


仙女にまで昇った妾に心配してくれる者など久しくいない。朦朧とした意識の中、もう心配しないでいいからね、などとまるで生娘に向けるような笑顔でのたまいおってからに。


ウタチもメルシヲも救い出し、助けた時に背中に受けた傷など気にもさせない仕草で微笑んでからに。ほんとにまったく…


後に聞けば、魔族によって大墳墓から盗み出されたコドクの持つ【反転する杖】。それを取り返しにここまで来ていたのだった。


勇者は負傷しながらも蛇龍ゾンビとなった始祖・龍王を倒した。かつて繰り広げられた古代の勇者と龍王の戦い。今代の勇者は大瀑布の崩壊を自身で起こしそうだった龍王の契約を守ってくれたのだ。


そして、姫巫女たちによって限界近く縫い止めおかれた狂人コドクは。


悲しそうな瞳を向けた勇者が、斬った。







「きちんと避妊魔法はかけてもらったかの?」


「はい。そうおっしゃってはいましたが…でも…私、孕みましたよ? 神官服でわかりづらいかも知れませんが…」



「ああ、それは良いのじゃ。前もって妾が乱し、均しておいたからの。くくっ。……それにあの避妊魔法は聖女の罠じゃ。あの聖女も大概狂っておるからの………ま、気持ちはわからんでもない。よいわ。ウタチも欲しかったんじゃろ? 無事身籠もって良かったの。妾の子と同様に、雄々しいユーリンゲンのように強く逞しく育てよ。そのうち役目を果たした姫巫女もこよう」


「はあ…それはもちろんですが… あ!賢者様からまた書簡が届いてました!」


「それをさきに言わんか」

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