勇者無双3 - ソワソワ

| 雨宮 クロエ



今朝は散々だった。この国の雨季は一年で、1番嫌な季節だった。朝から何度目になるかわからないセットをしていた。



「あーまとまらない〜」



でももう出ないと。でも少しくらいいいか。雨だし。いや、いくら相手が遅刻常習犯だとしても、ボクの矜持が許さない。


案の定、待ち合わせ場所には麻理はいない。知ってたよ、わかってたんだ、ボク。


伊達に長年幼馴染をしていない。


けど。


昨日あんなに言ったのに、そーですか。


相変わらずの遅刻具合に髪の事は気にならなくなってきた。あーそうですか。


これは、パフェだね。あと絶対蹴ってやる。


本当は頭を小突きたいが身長差のため難しい。ジャンプすると幼馴染二人が心配する。誰が運痴だ!胸が重くて着地のバランスが変なんだよ!


…それ言ったら戦争だし止めておくけどさ。大国の余裕でも見せつけておくか。優しいからね、ボクは。


あ、やっと来た。



「おそいよ」


「まだ五分しか過ぎていない」



こいつはいっつもそれだ。しかも何にもワルいと思っていない。それを遅刻というんだよ。やっぱり蹴ろう。



「すまない、あたっ」



麻理の家は赤城一刀流の本家。幼い頃からボクも遊びに行っていたからどれくらい辛い稽古か知っている。それを何の苦労も感じさせずに熟す彼女は才能があるんだろう。


だから立ち振る舞いは綺麗だ。だけど性格は適当で、男みたいな無頓着さだ。


莉里衣と一緒になって指導したから見た目だけは騙せるようになった。ズボラなままで。


だから幻滅されるんだよ。





「チージュ、だって」


「なんというか、不憫だな」



不憫、そう、莉里衣は不憫な子だ。出会い方なんて合コンとかで良いじゃん。うちの女子校は近隣高校から引くて数多のお嬢学校なんだし。


なのに偶然を求めて止まない。いや病まないか、この場合。


この偶然出会いたい病め。


チラッと覗いた席の子は、莉里衣の接客に困惑してる。わかるよ。クスクス。あれじゃそっちも出会えないよね。くすっ。


でもあの男の子、どこかで……確か、あった、あった。やっぱりエリカの推しの子だ。一時期、騒いでいた男子だ。一応目の保養に置いてたんだ。ボクもタイプだったからね。


エリカの和光家とボクの家は昔から繋がりがあった。だからエリカとは一つ違いだけど、所謂幼馴染と言える。ただ、そのエリカの話では随分おモテになるそうで。だから興味を無くしたっけ。


しかも聞かされたライバルが全員変わり者で、むしろ彼が可哀想に思ったっけ。


エリカも変わってるし。


でも日曜日のお昼に一人飯か。モテると聞かされた子が一人寂しくお昼ご飯だなんて、なんか不憫な感じだ。いや、待ち合わせかな。


そんなことを考えていたら莉里衣が絡まれ出した。なんでも客に飲み残しをぶっ掛けたらしい。しかもそれをネタに連絡先を揺すってくる。


そんな出会い方なんて莉里衣は望んでないから! ますます症状が悪化する! 


ぶっ掛けたまではいいけど、強請り集りはナシだ。しかもグループでの、もはや恫喝だ。すぐにスマホを録画に切り替える。



「ねえ」


「ああ、わかっている。助けないと」



麻理はこういう時は早い。街でのナンパも即断即決でかわす。普段からしろよ、と思わなくもないけど、このせいで遅刻もあんまり真剣に怒れない。


莉里衣への恫喝に、そっちがその気ならとこっちも脅しをかけた。こいつらは馬鹿だ。すぐにSNSに晒してやる。


そう思っていたら今度はこっちを誘ってきた。莉里衣に手を出さないって。


ボクは溜息を一つ吐いた。莉里衣は昔から自分を犠牲にしてボクを助けてくれた。見た目と口調でだいたいの女子を敵に回してしまうボクの。


はー。こいつらが諦めるまで、適当に相手しよっか。


その時だった。


エリカの推しメンがボクらの前に立った。


しかも莉里衣に、自分を犠牲にする必要なんてない、なんて、ステキな笑顔で…


しかも、推しメンは輩達を連れて出て行った。


これは………莉里衣の偶然出会いたい病の特効薬になってしまう。まずい!


…いや、治っていいのか…?…。


いや、駄目だだめ。


相当モテるらしいし、多分沼だ。だいたいモテるやつは腕っ節なんて大したことないやつが多い。偏見だけど。度胸は、まあ、あるな。


でも1対6なんて勝てっこない。エリカには悪いけど、警察には言わず、情けないところを撮って幻滅させようかな。


そう最低なことを思案しながら、莉里衣に声を掛けた。そしたら返ってきたのはまさかの罵倒。



「もう! 二人とも心配は嬉しいけど私は店員だから大丈夫なのに! 麻理ちゃんは竹刀ないと何もできないし、クロちゃんは運痴だから逃げられないのに! 心配させないで!」



誰が運痴だ! 運動が少し苦手なだけだ!


せっかく心配してやったのに。ただ、腹が立つけど何にも言えない。


莉里衣の言い分も冷静に考えればわかる。


頭に血が上っていたんだ。そうだ、あの輩達を連れ出してくれたからこそ、ボク達に害はないし、そこは感謝だ。


……やっぱり現場を押さえて暴行の証拠を掴むか。感謝を込めて。借りっぱなしは嫌なんだよね。


………よし。



「それよりさっきの人…大丈夫かな…」



「わからんが、見に行ってくる。傘もある」


「そうだね。ボクが暴行の現場を押さえるよ」



「は? 私の言うことちゃんと聞いてた?」



大丈夫、ちゃんと幻滅させるから。






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