勇者無双2 - ワクワク

| 赤城 麻理



日曜朝の稽古を終え、待ち合わせ場所に向かう。クロエはもう来ているだろう。


時間に余裕を持っていたのに、いつも足りなくなる。今日は……雨のせいだ。


今日は莉里衣のアルバイト先に観察に行く日だ。いつもいつも小言を言ってお姉さんぶる幼馴染の恥ずかしいところを眺めに行く日だ。


私は見た目より随分とだらしなく見えるらしく、いつも莉里衣とクロエに怒られてばかりだ。だから莉里衣の情け無いところを眺めて溜飲を下げるのだ。


白崎莉里衣。亜麻色の髪をセミロングに切り揃え、くっきり二重の大きな目。スタイルもよく、柔らかい表情を絶やさない、可愛い幼馴染だ。



妄想出会い厨だけど。



高校二年に進級してから何か莉里衣が悩んでいた事は知っていた。問いかけても誤魔化すばかり。そんな中、莉里衣がアルバイトを始めた。なんでもあがり症を治したいらしい。


でも私達二人にはバレている。こいつは出会いを求めていると。



待ち合わせ場所にはやっぱりクロエが先にいた。



「おそいよ」


「まだ五分しか過ぎていない」



「それを遅刻というんだよ」


「すまない、あたっ」



背が低いため、頭を叩けないからかクロエはいつも脛を蹴ってくる。それを突っ込んだらもう一回蹴ってくる。


まったくクロエは堪え症がない。少しはのんびりしたら良いのに、まるでハツカネズミだ。言ったら怒るから言わないけど。


「罰としてパフェ奢りね」


「今蹴ったじゃないか」



「それは今までの利子だよ。この見た目詐欺め」


「気にしてるからやめてくれ」



私は幼い頃から実家の道場で稽古をつけていた。だから立ち振る舞いには自信がある。だけど、性格はズボラでのんびりしていて、少女漫画を愛する読書家なのだ。よく誤解されたまま幻滅される。女子に。



「ならボクの言うことも聞いてよね」



1番ルーズそうに見えるクロエが1番時間に厳しい。見た目詐欺はお互い様ではないだろうか。


言ったら蹴られるから言わないけど。





「チージュ、だって」


「なんというか、不憫だな」



莉里衣はまた噛んでいた。チラッと見た席に座っているのは男の子一人だった。困惑が見てとれる。わかる。ふふ。



あの男……どこかで見た顔だ。スマホで履歴を探る。たしか、飛鳥馬あすまが見せてくれた写真が…あった、これだ。


もう一度見て確信した。


うちに通う門下生、飛鳥馬遊子あすま ゆうこが写真を送ってきた写真の男の子だ。なんでも見かけたら教えてほしいと言っていた。でも今日は昼から稽古に来ているはず。


まあ、見かけたと会った時に言おう。


あとやたらとモテるらしい。随分と彼との出会いを聞かされたが、同じ話を三回聞かされたら、私は貝になる。それ以降は聞いてない。


体格を見るに、そんなに強そうではない。所詮素人だ。大方、飛鳥馬の思い出補正だろう。それにナンパ男はごめんだ。





「ごめんなさい!」



どうやら莉里衣が客に迷惑をかけたようだ。あんなに必死に謝っているんだから大丈夫だろうと思っていたら、何やら雲行きが怪しくなってきた。


そいつら6人組は半ば恫喝するように莉里衣に絡み出した。

 


「ねえ」


「ああ、わかっている。助けないと」



莉里衣は昔から度胸はあった。ただし、それは女生徒の前だけだ。私のように稽古で男に慣れているわけじゃない。しかもよく見ると震えている。よほど怖いのだろう。


諌めようとこっちも半ば脅しをかけた。今の時代、監視カメラなんかそこら中にあるんだし、すぐに引っ込むだろう。


そう思っていたら今度はこっちを誘ってきた。莉里衣から手をひくからと。


クロエを見ると溜息を吐いた。莉里衣のためなら我慢してしまうクロエの気持ちは知っている。なら仕方ないか。諦めて適当に相手しよう。


その時だった。


さっきの男が立ち上がりこちらに来た。座っている時には気づかなかったが、



これは…強い。



あんなに綺麗な足運びは見たことがない。うちで1番強い師範代の父でもできない。歩いているのにまるで巨木だ。


目が離せない。


そんなふうに呆気にとられていた私を置いて、彼は男どもを連れて行ってしまった。


莉里衣は心配して声を掛けてくる。誰が竹刀ないとただの人か。こっちが心配していたのに、地味にショックだ。


しかもあれだけの所作を見たあとだ。自分の至らなさが手に取るようにわかる。見本とは、ああいうのを言うんだな…


どこの道場の人だろう。


そうなると俄然気になってきた。彼の戦い方を。もちろん私闘などうちでは禁止されているし、何より嫌悪してるくらいだ。


彼も多分そうだろう。


それを莉里衣を助けるために、名乗り出て、尚且つ私達にも害が及ばないようにしてくれた。


莉里衣に安心させるような優しい口調で声をかけていた彼が、何でもありな野蛮な喧嘩なんて流石に他勢に無勢ではないだろうか。


何より今日は雨だ。足元も不安だ。


………よし。



「それよりさっきの人…大丈夫かな…」



「わからんが、見に行ってくる。傘もある」

「そうだね。ボクが暴行の現場を押さえるよ」



「は? 私の言うことちゃんと聞いてた?」


小言は後で貝になって聞こう。



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