血の日曜日1
| 藤堂 京介
ワンボックスカーが向かった先は12階建てのマンションだった。高架下からそんなに離れていない距離だった。いやどうだろう。車だからかわからないな。
地下の駐車場に停め、まだ失神している四人は車に放置し、おかしら(新)の部屋に案内させる。
このおかしら(新)が素直に言うことを聞いて案内しているのには理由がある。
もうおかしらでいっか。
◆
かつて、鉱山の麓の街メルカインに、悪辣な貴族がいた。「盗掘王」と影では呼ばれ、毒の満ちる鉱山で長時間働かせ、安い賃金しか支払わない。倒れても助けない。数は奴隷で補填する。民を苦しめることにかけては群を抜いて酷い領主だった。そして、国には報告せずに鉱山の奥にある遺跡から遺物を発掘し、己のものとしていた。が、
絶対に
そう、アートリリィにお願いされた。
いつもは悪を見つければイケイケ
そんなの飼ってたんだ…とか、盗みだす気だったのか…とか、若干引いていたが、どうしても必要なのです。と、いつもはあまりワガママなんて言わないアートリリィに懇願されたので了承した。
珍しい石が欲しいなんて、いつもは苛烈な姫巫女達も女の子なんだな。なんて思っていた。その際、なぜか相手からの好意で譲渡されるよう仕向けたいようで、それにも力をお貸しくださいと頼まれた。
そんな事出来るのかな、と疑問に思いつつも、半分の興味と、もう半分の姫巫女全員の目力に押されOKした。瞳には(決 _ 意)しか書いて無かったし、なんか怖かった。
通常、権力者として上に立つものが人族の剣、勇者に対して無礼を働くことなどあまりない。ないが、そいつは違った。何を言われてもヘラヘラとしている仕草が、早くこいつを斬れと僕に囁いてきているようだった。
だがアートリリィとの約束だ。事前の打ち合わせ通り、僕はこいつを殺さない。すぐにアートリリィの策を試したのだった。
……結果的にそいつはアヘアヘ言う廃人のようになってしまった。思ってたよりやりすぎたと思ったのか、焦ったアートリリィは必死の回復魔法をかけた。が、心の病にはそこまで効かなかったようだ。
ただ、なんでもハイハイ答えるからと、ものは試しに石の在処を聞くと素直に答えてくれた。なんだったら自ら案内して恭しく献上までしてくれた。アヘアヘしながら。
まさに、姫巫女達が望んだ通りの絵面にはなった……思ってたのと違ったけど。
場にはそこはかとなく気まずい空気が流れたが、いち早く意識を取り戻したアートリリィがさすゆーです! なんて煽ってきた。アートリリィの場合は本心だから流したけど。
ちなみに石をもらった後は、その領主の首をすげ替え、国に報告すれば良いと考えていたようだけど、アヘアヘから少し回復した領主は、民の声によく耳を傾ける善良な領主にクラスチェンジしてしまった。
そして笑顔の溢れる活気のある街になっていった。その時もさすゆーです! って言ってまた煽ってきた。
まあその手に入れた石、それから一度も見てないけども。
まあ、何が言いたいのかと言うと、アートリリィ発案の策をおかしらに使ったのだ。
先程20機撃墜したあたりで特技ー特技ー現代で出来る特技ー特技ーって考えながら撃墜してたら、不意に思い出したのだ。そう、
素直パンチを。
アートリリィは言った。回復魔法を魔石に宿らせ、それを握って殴ってみてくださいと。
通常、物にエンチャントする事は専門の魔法使いが専門の場所で行う。だからあまり即席で物に魔法を宿らすことをアレフガルド人はしないし、できない。だが僕は違った。
ただ、いやそれは出来るけどさとか、それほんとに効くのかなとか、勇者が拳なんて脳筋みたいだなとか、なんて半ば疑いながらも領主を殴ったら、痛いのに痛くない、という不思議な感覚に囚われたようで、十発くらいでアヘアヘ言い出したから止めた。
どうも脳の処理が追いつかないために引き起こされてるように見えた。まあ難しく考えても仕方ないからアートリリィのせいにした。
あんまりな領主の変わりように、ローゼンマリーもティアクロィエも僕にジト目を送ってきた。全てアートリリィが悪かった。
今、目の前を歩くおかしらにはその辺で拾った石を使った。魔石じゃないから丁寧に扱い、殴った。先程無口だったのは弱みを見せないためだったのだろう。
レベル1 の位階に合わせて魔力も抑えた。瞳の色を見ながら、廃人にならないように気をつけた。微に入り細に入り、だ。
だからか最後まで抵抗していたが従順なおかしらが誕生した。
ほら白になった。
そう、僕はつまり職人なんだ。
◆
1204号室。エントランスを通り、エレベーターで上がってきた時に思ったけど、このマンション、豪華だと思う。
豪華の見本が王城とか貴族の邸宅とかだから僕のジャッジは当てにならないけど、見たところ20代前半のおかしらにしては随分と羽振りが良い。あるところにはある、ってやつかな。
人族の限界地点、ネクロンドに辿り着いた時、僕はけっこうな金持ちだった。
アレフガルドの貨幣は王の定めた金貨だった。それを救世教会が認めていた。実際に金貨を所持するとわかるが、まあ使い辛い。重いし嵩張るし。何枚あるか数え辛いし。無くなってもわかんないし、何考えてんだ、といつも思っていた。
紙幣が発達した理由もわかるよ。そんな事をティアクロィエに話すと興味深々だった。じゃあ、そこらのガレキに1000Gって書いても良いわけ?って聞かれたな。
まあ、一緒だろう、意味は。教会が認めさえすれば。なんせ最後にはお金はモノではなくなり、ただの数字になるんだし、なんて言ったら目を丸くしてたな。
◆
「ここです」
「ありがとう。犯罪の記録はある?」
「あります」
「ならわかるよね、鍵は?」
「真っ新にアヘアヘ真っ白にアヘアヘ」
「あっ」
しまった。案内させるからと先行させてたら瞳の色を見てなかった。ちょっと戻ったのか。僕もまだまだだな。
一点の曇りもなく磨かないと、職人失格だ…
こんなの白じゃない!
… なんか陶芸家の先生みたいだな。ガチャーンって割って。弟子が困惑して。奥から奥さん覗いて。鍋が吹きこぼれて。
違くて。
つまり、まだ心と身体が不一致なのか。
でもわかる。それすごいわかる。昨日なったばかりだし。僕も悩んだよ。大変だったよ。胸がソワソワするというか。みんなアヘアヘにしたというか。
違くて
ならばもう一度、と素直パンチを準備しようとした時だった。
「うがぁ────!!」
そう叫びながらエレベーターに向かって足をもつれさせながら走っていった。はー…。部屋には相当ヤバいのが詰まっているのか…でも、ごめんね。
───勇者からは逃げられないんだ。
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