幼馴染

| 成瀬 愛香



「ん、はぁ」


ごめんね、京ちゃん。ごめんね。

せめて立ち姿は焼き付けた。自分の罪だと刻むために。


藤堂京介、京ちゃん。

わたしの幼馴染で最愛の人。


京ちゃんとの出会いは7才の春。

進級を契機に、この街に引っ越してきたばかりで、右も左もわからないわたしの手を引いて遊んでくれた。その頃、引っ込み思案のわたしは京ちゃんに頼ってばかりだった。嫌な顔をせずにいつも助けてくれた。それが嬉しくて嬉しくて、いつもいっぱいかまってもらった。


いつしか私の初恋になっていった。もうこの人しかいない、私の焦点は京ちゃんだけにフォーカスしていた。


小学5年の冬、京ちゃんのお父さんが亡くなった。お父さんが亡くなってから京ちゃんは少し変わった。あんなに大好きだった人との唐突な別れは強烈だったのかも知れない。学校でのいざこざも重なってた。


私はそんな京ちゃんの支えになりたくって、彼女にしてほしいって言った。少しでも京ちゃんの寂しさが紛れたらって。京ちゃんは照れながらオッケーしてくれた。小学6年の春だった。


それからは心が温まる瞬間ばかりだった。

でも、そんなに長くは続かなかった。


転機が訪れたのは中学1年の冬。京ちゃんのお母さんが再婚するのだと聞いた。京ちゃんは複雑そうだった。でもお母さんも大好きだったから最終的には受け入れていた。


それよりももっと問題な事が起きた。同い年の義妹が出来たのだ。それも私より可愛い…私は初めて自分の中にある黒い激情に触れた。


嫉妬だった。


何せ、その血の繋がらない女の子と一つ屋根の下で暮らしているのだから。


表面的には出さなかったけど、激しく嫉妬した。行き場の無い感情はふつふつと煮込まれていった。


京ちゃんに直接言うわけにもいかず、ましてや、義妹の未羽ちゃんに言うわけにも行かない。私を求めて欲しい気持ちは京ちゃんを嫉妬させる方に傾いてしまった。


中学2年のある日の放課後、別クラスの京ちゃんを校門で待たせているのに、適当に仲良くしている男子と二人きりで残って話をしていた。ちょっとしたイタズラ心だった。


なかなか来ない私を心配して教室まで来た京ちゃんの顔は今もなお鮮明に覚えている。あんなにべったりだった私が知らない男子と仲良くしているのを見て驚愕していた。


帰り道。聞きたいけど聞けない。私はさも素っ気ないふり。なんか悔しそうで、でも聞けない。今まで見たことのない情けない顔だった。


その時、背中にビリビリと甘い痺れが走り、私は濡れてしまった。その日の自慰は過去最高だった。


私は見事にハマってしまった。


それから定期的にそんな事を繰り返していると、疲れた表情しか、いつしかしなくなってしまった。


でもまだまだ欲しい私はついに一旦距離を置きたいだなんて別れを切り出し、案の定、情けない顔になった京ちゃんを見てまた果てた。高校入学直前だった。


京ちゃんと同じ高校へ入学すると、私は校内ランキングトップIIIに入ると言われた。学校掲示板に流れていたらしい。そんな地位もランキングにも興味はないが、京ちゃんの嫉妬を煽れる素材が手に入りやすいかも、なんて最低の事しか考えてなかった。


暫くしてから、男子ランキングも更新されていた。女子の目は厳しく、男子ランキングは少し時間をおいての審査らしい。ただのイケメンではなく、行動や魅力度、周囲の評価なんていうのも審査対象だった。


1年生一のイケメンと評判の葛川が私に近づいてきた。ランキングでは上位に入ったらしい。


こいつと居る事でまた情け無い表情で私を見てくれるのかも知れないと期待していたが、こいつはただのメッキだった。


長く京ちゃんという本物に触れればわかる。カーストを利用して周りを固めだしたり、周りをイケメンで固めるあたり、後ろ盾が無いと戦えないことが透けてみえる。そんな事、京ちゃんも見抜くだろう。


まだ告白はしてこなかったが安全が確約出来るまでは何もしてこないだろう。もしくは性格上、自分から告白するのはプライドが許さないのかも知れない。


そんな中、今日。こいつは最大の禁忌を犯した。暴力を使ったのだ。京ちゃんがただただ可哀想だった。


葛川をほかのギャル達と一緒に公園から連れ出した。手下三人はギャル狙いだからか、すぐ着いてくる。心配で戻りたいけど、まずは暴力から離さないと。そもそも京ちゃんは目的のあやふやなものに力を振るえない人なのだから。


一頻りカラオケしてから、門限があると言って抜け出し、公園に戻った。京ちゃんは居なかった。ホッとした。


今日の行動は、どうにも釣れない私にヤキモキしたからだろうか。急に暴力を振るったのだ。絶対に許さない。


「いけない…」


やっぱりあんなの全然激らない。小学五年生の時に京ちゃんがくれた進級プレゼントのシャーペンで擦りながら呟く。


そんな時、珍しく未羽ちゃんからメールがきた。こんな事は今までなかった。京ちゃんに何かあったが、聞けないという事だ。


兄妹の溝はますます出来ていた。


これは良い。手段はどうあれ、未羽ちゃんの行動はただの構ってちゃんだ。あれは痛々しい。ツンデレなんてただのコミュ障だ。ああはなるまい。明日から変えよう。


「うん、そうしよう」


明日から京ちゃんと仲良くしよう。これまでの行いを反省して尽くそう。京ちゃんは優しいからきっと仕方ないなって言ってくれる。


シャーペンに力もこもる。


「あん。ふふっ」


そうだ。久しく笑顔を見てない。明日は一緒に登校しよう。高校に入ってから別だったし、きっと喜んでくれるはず。


情けない顔も、素敵な笑顔も、等しく私の大好物だった。


「あっ」


京ちゃんの笑顔を思い出したらすぐ果てた。

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