再会の始まり
帰郷
「ここは…」
薄らと目を開けると、辺りは薄暗く、街灯がぽつんと一つ点いていた。
もうすぐ寿命なのか、パチパチと瞬いて点滅しながら辺りを照らしていた。
「街…灯…?」
少しずつ脳のピントが合ってきた。どうやら僕はうつ伏せで倒れているらしい。
ゆっくりと四肢に力を入れて立ち上がる。痛っ、くは無い。こんなものは。
頭がぼんやりする。フラフラと歩き、近くにあったベンチに体を投げ出すようにして腰掛ける。
転移の魔法の酔い方と似ていた。
「帰れたのか…」
両の手の平を開き眺め呟く。
最期の戦いで無くなったはずの左の薬指も右の小指も、ある。折れていたはずの肋骨も曲がった脛も、何にもなってない。
服も埃まみれだが、召喚された当時の格好だ。
拳を握り締めながら感傷に浸る。
「ああ、やっとだ。やっと…」
安全な世界に帰ってきた。
異世界に召喚されてから五年。大陸の東の端、魔王へのとどめの瞬間…までは覚えている。
「絶対嘘だと思ってた…」
魔王を倒せば帰れる、なんて脅し文句しか縋れなかった僕は、半ば嘘だと思いつつも人族に乞われて魔王討伐に旅立った。
勇者だなんだと言われながらも帰る事しか頭になかった。が、道中、生贄に選ばれた亜人族の姫や、魔族と人族との混血の少女、エルフの少女達や、悲恋に悲しむ姫、数々の悲しみを見捨てることは出来ず、救いの手を差し伸べ続けた結果、気づけば五年も経過していた。
遂に魔王と対峙し、心が折れそうになりながらも死力を尽くして戦った。
そして何より苦しい時に支えあい、心を通わせた召喚当時からのパーティメンバーである神託の姫巫女たちと共に最後の魔法を……
「違う…」
いや、違った。
最期の最期で裏切られたのだ。
最期の瞬間、全員の魔法は僕に向いていた。
「そっか」
そうだったのか。まあ、魔王と対となる勇者なんて、魔王を倒せば要らないものなあ。葬るなら同時に、一息で、確実に、か…
心が通っていただなんて、あの異世界と同じでただの幻想だったのだ。良いオチじゃないか。みんな達者でな。もう会う事もないから、エールくらいは。なんて。
「どうでも良いか…」
何せ帰れたのだ。
確か…召喚された日は初めて幼馴染の前で暴行を受けた日だったっけ。スマホを開いて日付を見ながら思い出す。
「勝ち抜きゲーム、だったか」
いじめっ子たちの要求は一人一人とタイマンして一人でも勝ったら解放だったか。何ともまあ幼稚な遊びだ。
命を張ることばかりの異世界経験のせいか、酷くちゃちな茶番に感じる。よくもまあ、こんなことで死んだ方がマシだなんて考えたものだ。その結果が異世界召喚とは。
でもそんな事で死にたいなんて普通思うだろうか?
召喚の際、人族の中でも傑出した才能と現世での諦め、この二つが必要だったと説明されていた。
あー、そうか。幼馴染寝取られもあったか。義妹との確執も。そりゃ当時の僕じゃあ仕方ないか。だんだん思い出してきた。
高校に入学してから三カ月。確かに心が折れそうだった。入学前に振られた幼馴染の前での暴行、だったっけか。情けなくって、情けなくって、それで心にトドメ、か…
とりあえずまあ、
「うちに帰ろう」
魔王戦のせいか、パーティメンバーの裏切りのせいか、転移疲れか、ついさっきあったであろう暴行のせいか…何をするのも酷く億劫だ。
あんなに帰りたかったのに。
「まてよ」
そういえば魔法はどうなったのか。魔法はレベルに依存しない。親和度、習熟度に依存していたはずだ。洗浄の魔法と回復の魔法をかけてみる。
淡い青と緑の光に全身が包まれた。
「使えちゃうのか…」
使えるという事は異世界での体験が夢オチでは無くなった。
つまり、もともと魔法使いが居る世界ってことか?
向こうで僕が魔法の概念に触れたから使える?
いや待てよ、似て非なるパラレル地球とかいうオチは……一応、検証がいるか。
いや、まあ、
「ま、いっか」
立ち上がり、薄暗い空を見上げ呟く。
あっちと違って随分と微睡んだ夜空だった。
そう、なんだっていいさ。
どうせ、何度も捨てた命だ。ほんの数十分前までそれこそ死力を尽くして戦っていたのだ。なんだったらフレンドリーファイヤまでくらって死んだんだ。
死ぬことに比べりゃなんとかなる。
鞄を手にし、歩き出す。
人生なんて死ぬまでのモラトリアムだと思えば、だいたい何だって出来るさ。異世界を救うことに比べりゃ何だって出来る。
何はともあれ。
「帰ろう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます