異世界帰りの僕が100人斬りの勇者だなんてまだ誰にも知られていない

墨色

Prologue / 送還



「終わったな」


「…ああ」


「しかと、見届けた。これで俺たちの任務は終わった。俺は先に戻って報告しなければならない。姫巫女の皆様はゆっくり帰るがいい。道中は部下が警護するから安心してくれ」


監視役の神殿騎士、ヨアヒムはそう言い残して去った。すぐにでも王国に帰るのだろう。途中の国に万が一にでも先に知られると厄介だろうから。


魔族領を抜けるまでが勝負だ。そこからは竜車を乗り継ぐのだろう。


魔族領の深部、通称魔王城、ここで我々は、人族の悲願、魔王討伐を成し遂げた。


魔王との戦いは苛烈の一言だった。


先陣を切る勇者様のサポートに努め、時には庇い、時には遊撃し、最後の瞬間なんて来なければ良いのに、なんて益体もなく戦った。


魔王に止めを刺す瞬間、我々は兼ねてからの約定通り、魔王とともに勇者を殺した。


凄まじい魔王の魔力と、勇者の魔力が命を散らす瞬間に合わさり、混じり、破裂した。二人ともども痕跡すら残らずに消えていった。


魔王、イビルカンデ。何百年か経ち復活すると予言されていた、終焉の魔王。


このアレフガルドでは、魔王の復活の度に、異世界から勇者を召喚していた。


過去の勇者は結局止めを刺せなかった。心を通わせた仲間たちが躊躇してしまい、いつも取り逃すのだった。


そうやって魔王と勇者の戦いは何千年と続いていた。


今度の召喚こそはと武器として勇者を扱った。決して隷属させたわけではないが、前線のパーティメンバー、姫巫女たる私達だけは絆されるわけにはいかなかった。だから監視をつけられ、必要以上に関わる事を禁止されていた。


だけど。


ぽつぽつと、私の足元に滲む涙。


ああ、彼は帰れただろうか。


このアレフガルドに住まう民ならば、誰もが知っている勇者物語。幼い頃から憧れた英雄の叙事詩だ。キラキラとした心躍る数々の物語に夢中になったものだった。



13歳の豊穣の月、奉公に出ていた街の教会で神託を受けた。二年の後、魔王が復活する、と。私は勇者の姫巫女に選ばれた。


それからは激動の日々だった。


ただの村娘だった私は王都に呼ばれ、王都にしかない大教会に集められ、他の姫巫女たちと会い、過去の出来事から今回の召喚の密命を聞かされ、誓約をし、神託による加護によって齎される力を、振り回されることのない様にと、繰り返された修練と訓練の日々。


それでも憧れは募り、勇者様が待ち遠しかった。


そして人族の命運をかけた、運命の日。


我々勇者の姫巫女も召喚に立ち会った。

このアレフガルドにはいない、黒髪黒目の少年。魔を滅する人族希望の剣。


召喚は成功した。


初めて見た時は、頼りない、目の死んだ少年だった。幼い頃からの憧れは見事に砕かれ、酷く落ち込んだものだった。



「マリーさん…」


「ああ、リリィ」



泣き腫らした顔を隠しもせずに百合の姫巫女、アートリリィは私に問うた。



「京介さんは、帰れたでしょうか」


「どう、かな。言い伝えの通りにしたが…」



勇者送還には膨大な魔力が必要だった。召喚時はいくら勇者といえど一般人。必要魔力はそこまで必要がない。


だが、魔王を倒せるまでに成長した勇者を次元を超えた先に送るのだ。送還の儀には勇者と魔王の命が必要だった。


魔王を消滅させる唯一の方法と、勇者を元の世界へ戻す唯一の方法は同じだった。


勇魔対消滅。


姫巫女しか知らないどうしようもない送還の真実だった。何度、打ち明けようと思ったことか。監視を言い訳にして、遂に最後まで明かせなかった。


他者の願いを聞き続けた勇者様の、たった一つの願いを叶えるために、我々は、我々の愛した勇者様に向けて力を振るった。



「一度で良いから…デェトしたかったです」


「そうだな…我々の気持ちは同じだった」



彼は監視の無いところではよく彼の故郷の話しをしてくれた。監視がある時には本に手紙を忍ばせて文通していたリリィが手紙を見せて読んでくれた。まるで天上の世界のようで、ワクワクしたものだった。


少し離れた場所で放心していた椿の姫巫女、ティアクロィエもノロノロと近づいてきた。



「最悪だよ」


「クロ」

「クロィエさん」



「京とさ。最後に目があったんだ」


「…」

「……」



「驚いてたよ…。でもどこか諦めた表情だった……ぐすっ」


「…そうか」 

「…」



まさに死力を尽くしていた。皮膚は焼け、指は千切れ、骨は曲がり、魔力は尽きかけ、心は疲弊していた。我々も必死だった。



「う、ぐすっ…あんなに、諦めの悪い、ぐすっ、勇者様だったのにさ…」


「…そう、だったな」



そうだ。今にして思う。


濃密な5年間だった。正に幼い頃に憧れた勇者物語そのものだった。


何度挫けそうになっても、救いの手を差し伸べ、決して諦めない人だった。通った道は光輝き。救われた人には笑顔が満ち溢れ、幾人も虜にしていった…私の、私たちの仕えるべき最愛の人。



「好きな人に、裏切ったなんて思われた。最悪だよ」



一番近くに居て。


一番遠かった。


我々、勇者の姫巫女。



椿の姫巫女、ティアクロィエは空を見上げ、泣く。人目を憚らずに大きな声で。


百合の姫巫女、アートリリィは俯き、泣く。声を殺しながらしとしとと。


薔薇の姫巫女たる私、ローゼンマリーは、

二人を真前に見ての、もらい泣きだ。



「京介……」



夕暮れの空を見上げ、彼の無事を祈る。


願わくば、いつか聞かせてくれたあの世界へ、ああ、どうか帰れますように、と。

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