4 - 犯人は、彼を騙してさてと言い


「………………」



 何時もの部室の前。

 居ないのは分かってる。分かってるからこそ、足が重たくて。

 部室の前をうろうろして……、ようやく踏ん切りが付いた。



「……どうせ、居ないよ。開けてみたら諦めがつくんだ」



 自分に言い聞かせるように呟いて、扉に手を掛ける。

 ……そうだ、もう会う事は無いんだと、ゆっくりと扉を開け――――



「――――おや。遅かったね、少年。何時もの時間より……そうだな、30分の遅刻というところか」


「遅刻は良くないぞ? 君はこの1年、実に勤勉だったというのにどうしたんだい」



 ――――は?

 先輩が、これまでと同じように何時も座る席に腰を掛け、ティーカップに口をつけていた。

 なんで、先輩が此処に?



「な、なッ……!?」


「良いから座りたまえ。説明してあげよう」



 促されるままに、何時もの向かいの席に座った。

 カップにお茶が注がれ、柔らかな湯気を立てている。


 でも今はそんなことはどうでもよくて……。

 先輩が何で卒業したのに、こんな所にいるのかを聞かないと。



「君の動揺は理解出来るし、反応も想定していた通り。やっぱり君は、この1年本当に気づいていなかったんだね」


「私は幾度となく君にルールを説明したね? 《私が右手を挙げながら喋っていることは全て真実であり、手が上がってなければ嘘をつく可能性がある》と」


「そして同じように、私は毎回、君との契約の話をしたはずだ。思い返してみたまえ」



 そんなこと言われても……特に気になるようなことは。

 契約の内容は毎回変わらず。〝遊戯ゲーム〟をして、勝ったら何か願いを叶えて貰えるけど、負けてる限り毎週先輩に付き合う。

 契約の終わりは、卒業…………。


 ……いや、待てよ?

 そういえば、先輩が契約の話をするとき、……手を挙げたことってあったっけ?



「――――あ」


「気づいたようだね? そう、《私は君との契約の話をするときに、この手を挙げたことはない》」


「タイムリミットなんてそもそも存在しなかったんだ。……まあ、君がもし今日あと30分遅れていたら……私はこれから一生、君と会うことはなかっただろうがね」



 先輩は、穏やかに微笑みながらティーカップに指を掛け、口を付けた。



「じゃあ、もしかして……」


「フフフ、それ以上は秘密だ。でも、君の殊勝な態度に免じて、ひとつだけ真実をあげよう」



 カップを下ろした先輩は、右手を掲げた。

 ……その顔には、心から楽しんでいる時のような……少しだけ、歪んだ笑みが浮かんでいる。



「《君がもし私との勝負に勝ったら、私は君の望みを何でも1つ叶えてあげる》」


「――――そう、何でも。君の望みなら、私が必ず叶える」


「私をこの1年楽しませてくれたお礼と受け取っても構わないし、私がこれからも君を拘束し続ける枷と受け取っても良い。受け取り方は君の自由だ」



 掲げられた真実は、これまでの〝契約〟にもあった勝った時の報酬。

 敢えて此処で〝真実〟として言ったということは……これまで守る気はなかったんだろうな。


 受け取り方も自由だ、なんて言ってるけど。

 こんなのは枷でも何でもないじゃないか。



「……でも、そうだな。流石に来年は此処に来られなくなるし、これからは君の家か私の家、どちらかでやることにしようか。曜日も土曜日の午後に。それでいいかな?」



 土曜日の午後に変える事も、……どっちかの家でやる、ってことも問題無い。

 ……うちでやる時は、部屋を片付けないといけないけど。


 でも先輩は〝手を挙げてない〟。

 此処はしっかり、真実として宣言させないと。



「……真実による復唱を要求します。これからも、この〝遊戯ゲーム〟をやることについて」



 そういうと先輩は、大声で笑い出した。



「アッハハハハッ! いいね、だから私は君が大好きなんだ! そう、君はそうやって何時も私を楽しませてくれる!」


「いいとも! 《土曜日の午後、私達はこれまでのように、君の家か私の家で〝遊戯ゲーム〟を続ける》、いいね?」



 頷きを返す。

 途端に先輩は、何時も遊戯ゲーム〟をするときの、鋭い目に変わった。


 ……そう、この目。この一瞬だけを、本気で楽しんでいる目。

 僕は初めて会ったあの日から……この目が、こんな目で僕に向き合ってくれる彼女が、好きになっていたんだ。



「よろしい! では、今日も始めようか須藤少年! 私達の〝遊戯ゲーム〟を!」

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ミステリィの悪魔は金曜日の午後に @rin_skgm21

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