第100話 異世界から帰ってきた勇者

 地球の危機は去ったが、まだ戦いが終わったわけではない。

 宇宙人達はまだいるのだ。

 きっと、今も遠い宙の彼方からこちらを注意深く見ているのだろう。

 そして、光の柱が破れた事を知り、慌てふためいているに違いない。


「ふぃ~……」

「本当に救ってしまったんですね……」

「まだだよ、桃子ちゃん。まだ宇宙人が残ってる」

「どうするのですか?」

「勿論、今度はこっちから殴り込みに行くよ!」

「どこにいるか分かるのですか?」

「あいつ等の総指揮官にマーキングしたから転移可能だよ! ちょっくら行ってくるね! お土産楽しみにしてて!」

「総理にも一言伝えてから行ってくださいね」

「了解! んじゃ!」


 まるで遊びに行く少年のように片手を挙げて去っていく一真。

 本当にどうしようもないほどお気楽な男ではあるが、紛れもなく世界を救った救世主であるので心配は無用だろう。

 桃子は晴れ渡る青空を見上げた後にパワードスーツを展開して、ハワイの基地まで戻るのであった。


「うっす! 慧磨さん!」

「おお! 一真君! 光の柱を消し飛ばしてくれたのは君なんだろう? 本当にありがとう。君のおかげで地球は救われた!」

「そういうのは後でいいんで、俺の話を聞いてもらってもいいですか?」

「ん? なんだね?」

「実は敵にマーキングしてるんで今度はこっちから殴り込みに行こうかと思うんです。でも、流石にこの人数で行くと守りながらになっちゃうんで俺一人で行ってきます。いいすか?」

「構わんよ。思う存分、暴れて来てくれ」

「押忍! 宇宙人達の度肝を抜いてやりますよ!」


 やる気満々といった顔で一真はマーキングしていた閣下のもとへ転移しようとした時、慧磨は宇宙人達と過去の因縁について話した。

 イビノムが宇宙人達の仕業によるものだと知って一真は驚き、憤慨したが遠いご先祖様の話だ。

 仇を討つべきか、どうか悩んだが仇云々の前に侵略にやって来た時点で敵なのだから、情けは必要なしと判断して転移する。

 慧磨達は、きっと一真ならば大丈夫だろうと判断して地球へ帰還する。


「は~い」

「ゴボガバ!?」


 転移した先では何やら培養液のようなものに浸っている閣下がいた。

 閣下は突然、目の前に現れた一真を見て目を見開き、盛大に慌てている。

 ゴボゴボと口から泡を吐きながら一真を指差しているが、何を言っているのか分からない。


「回復装置かな? まあ、なんでもいいや。ちょいと、この星を案内してくれや」


 一真はパワードスーツを展開しており、紅蓮の騎士の格好をしている為、表情は伺えないが閣下は悪魔のような笑みを浮かべている事だけは容易に想像できた。

 培養液の中で体を休めていた閣下は一真に回復カプセルを破壊され、強引に引きずられる。


「さ~て、数百年に渡る因縁に終止符を打ちましょうね~」

「……頼む。民達は見逃してくれないか」

「馬鹿かテメエは。こちらとら有無を言わさず、老若男女全てが蹂躙されたんだぞ。しかも、ある日、突然にだ。お前等の勝手な理由でな。それと言わせてもらうが、喧嘩を売ってきたのはテメエらの方だ。負けたけど見逃してくださいは筋が通らねえだろう?」

「……同じ事をやり返す気か?」

「俺にはその権利がある。分かるか?」

「……分かるとも。お前の主張は正しい」

「全力で抵抗してみるか? 多分、返り討ちにあうだけだがな」

「そうだな。その通りだ……」


 敗戦者たる自分には一真を咎める権利などない。

 閣下は負けたという事実が肩に重く圧し掛かり、息苦しそうにしていた。

 どれだけ美辞麗句を並べたとしても一真の言い分が正しくなるのだ。

 歴史とは勝者が作って来た事をよく知っている閣下は民を思い、憂えたが自分ではどうする事も出来ないと申し訳なさそうに頭を下げるのであった。


「さて、俺とランデブーしようぜ? 大将さんよぉ」


 怪我が治りきっていない閣下の首根っこを掴んで一真は施設から出ていく。

 当然、侵入者に気が付いた施設の警備員などが押し寄せてくるが一真の敵ではなく、襲い掛かってくる警備員をヘッドパッドでなぎ倒す。


「おら、ボケ! どけや、ゴラァッ!」

「くそ……! 一体どこから現れたんだ……!」

「道の邪魔だ、どけ! カス!」

「うぎゃっ!」


 一真の進行先に倒れていた警備員はサッカーボールのように蹴られて吹き飛び、壁に激突して意識を失う。

 あまりにも傍若無人な振る舞いに閣下は怒りを抱くが、敗北した自分が言ったところで負け惜しみもいいところだろう。


「次から次へと湧いて出て来るな……」

「当り前だろう。ここはお前にとっては敵地だ。周囲全てが敵なんだぞ」

「まあ、向かってくるなら容赦はしないさ。で、この国、いや、この星で一番偉い人は誰だ? 言っておくが黙秘権はないからな?」

「……女王陛下だ。中央の城におられる」

「道案内よろ」


 一真は閣下の首を軽く締めるように脇で抱え、施設を出ていく。

 施設の外には大勢の兵士が押し寄せているのだろう。

 そう思って外に出ると、仰々しい格好をした兵士達が待ち構えていた。

 どうやら、通報されていたらしい。

 一真は閣下を下ろして戦闘態勢を取り、全員を張り倒そうとして踏み込んだ時、兵士達が左右に道を開ける。


「ん?」


 一体何事かと一真が動きを止めて、兵士達の行動を注意深く観察していると、これまた豪勢な衣服を身に纏った女性がこちらに向かって近づいてくる。


「陛下!?」


 足元にいた閣下が驚きの声を上げ、一真は口元を歪める。

 まさか、敵の総大将がお出ましとは。

 閣下が国で一番の強者だと自分で言っていたが本当にそうかは分からない。

 もしかしたら、まだ強い者が隠れているかもしれない。

 とはいえ、閣下程度なら軽くあしらえるので、そこまで脅威ではない。


「総大将自らのお出ましとは、随分と大胆だな……」


 魔力を迸らせ、一真は周囲を威圧するように女王を睨みつける。

 一触即発の雰囲気に兵士達が固唾を飲んで見守っていると、先に動いたのは女王だった。

 いつでも迎撃出来るように拳を構えていた一真は女王の行動に目を見開き、呆気にとられた。


「な、何やってるんだ!? テメエは!!!」

「貴方の星の、貴方の国の最上級の謝罪です」


 土下座である。

 しかも、道のど真ん中で大勢の兵士に囲まれながらの土下座だ。

 国のトップではない。

 この星のトップであり、象徴ともいえる人物が一真に向かって土下座をしているのだ。

 周囲が騒然とし、慌てふためいている中、女王は地面に顔を向けたまま、一真に謝罪を述べる。


「この度は誠に申し訳ありませんでした。私達の浅慮な行いにより、大変なご迷惑をおかけしてしまい、心からお詫び申し上げます」

「ぐ……く……っ……!」


 振り上げた拳を握り締め一真は動けずにいた。

 この星のトップである女王が人前で土下座をし、正式に謝罪をしているのだ。一真の度量が試されている。

 数百年にも及ぶ因縁。イビノムを地球に放ち、地獄を作った元凶。

 それらの全てが目の前にいるのだ。

 地球人として見逃していいはずがない。許していいはずがない。

 だが、このような公の場で土下座までしている女王を一真は殴れなかった。


「立て。話はそれからだ」

「寛大なお心に感謝を……」

「まだ許したわけじゃない。どこか静かな場所で二人きりで話をさせろ」

「分かりました。それでは、どうぞこちらに」


 一真の足元に転がっていた閣下が正気を取り戻し、女王を呼び止める。


「なりません! 陛下!」

「……私達は敗北者です。勝者に逆らう権利などありませんよ」

「しかし……」

「今度は私達の番なのです。私達がこれまでやって来た事の」


 何やら目の前でドラマを見せつけられているが一真からすればどうでもいい事だった。


「下らない問答はそこまでにして、さっさとしろ」

「はい。ただちに」


 まるで召使いに命令するように一真は女王に接する。

 女王は一真の言葉に従って、自分が乗ってきた乗り物に案内した。

 見た事もない乗り物に乗って一真はポツリと呟く。


「……文明レベルは段違いだな」

「ですが、私達は負けました」

「そうだな。お前等は敗者で俺が勝者だ」

「はい。仰る通りです」


 それからしばらくして、目的地に辿り着いたようで女王が乗り物から降りていく。

 その後を追うように一真も降りると、目の前にはフィクションの中でしか見た事のないような近未来的な建物が聳え立っていた。


「この中に入るのか?」

「そうです。では、私の後ろから離れないでくださいね」


 建物の入り口を守る様に立っている兵士達から睨まれつつ、一真は女王の後ろをついていく。

 エレベーターのようなもので最上階へ移動し、大きな椅子に腰かけるように促されて一真は女王と対面で座る。


「さて、これで落ち着いて話せるな」

「はい」

「まずは……今回の一件についてだがお前達はどのような賠償を支払うつもりだ?」

「私達が持てる限りの全てを差し出す所存です」

「それで見返りは身の安全か? 全国民の」

「はい。出来る事ならば……」

「それが一番難しいって理解してるんだろうな?」

「そうですね。過去からのしがらみを考えれば当然の事かと……」

「そうだな。俺はお前等から技術、財産、尊厳、そして命に至るまで奪える権利がある」


 一真は戦争に勝利した。

 そして、宇宙人達は戦争に敗北した。

 勝者が敗者から全てを奪うのは当然の権利だろう。

 勿論、金品だけで済ませる事もあるだろうが戦争の規模を考えれば、金品だけでは一真達が損失したものは補えない。


「……はい」


 当然、女王は理解している。

 だからこそ、交渉するのではなく懇願しているのだ。

 せめて、国民の身の保証だけは、と。

 自分達はどうなっても構わないから、国民だけは見逃してほしいと、女王は切実に願っている。


「……過去からの因縁。そして、今回の侵略行為。はっきり言ってお前達は俺に滅ぼされても文句は言えないな?」

「……その通りです。ですが、どうか国民の命だけは――」

「それはちょっと都合がよすぎないか? さっきの奴にも言ったが、こっちはある日突然、老若男女問わず、問答無用で殺されたんだ。しかも、地球を商売の道具にするからという理由でな」

「は、い……。分かっています。自分達の行いで貴方方がどれだけ辛い思いをしたか」

「ハッ! 笑わせんじゃねえ! 当事者でもないくせに分かった気になるな! なんなら、俺が再現してやろうか? この星で!」

「も、申し訳ございません! 口が過ぎました……。どうかお許しを」

「次はないからな」

「慈悲に感謝を……」


 過去の因縁については一真も思うところはある。

 だが、一真からすればやはり数百年前の事なのだ。

 今更、当時の事を蒸し返して責める気はない。

 というよりも面倒くさいというのが一番の理由だ。


「はあ……。もういい。色々と言いたい事も聞きたい事もあるが俺からの要求は一つだ。これ以上、地球にちょっかいをかけるのはやめろ」


 その言葉を聞いて女王は茫然自失となる。

 自分達は敗者で一真は勝者だ。

 どのような要求でも飲むつもりでいたが、まさかの提案。

 そもそも、一真という規格外が存在する地球にこれ以上、関わるつもりは一切ない。むしろ、関わりたくないとすら思っている。

 何せ、こちらの兵器が一切通じず、星一番の強さを誇る閣下が成す術もなく負けたのだから。


「あ、あのそれだけでよろしいのでしょうか?」

「ん? まあ、俺はこういう交渉みたいなの得意じゃないからな。ただ、これはあくまでも俺の意見だ。一度、国に帰って相談してくる」


 そう言って一真は立ち上がり、女王に背を向けて転移しようとする。

 女王はどうしても最後に訊いておきたい事があると一真を呼び止めた。


「ま、待ってください! 貴方は……貴方は一体何者なんですか?」

「俺か? そうだな……」


 普通に名乗るのも面白くないと一真は不敵に笑い、女王に向かって初めて自分の正体を明かした。


「俺は異世界から帰ってきた勇者だ!」

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