第84話 久しぶりの本気は堪えるな~
倉茂工業で防衛システムの開発に勤しんでいる一真のもとに一本の電話が来る。
この忙しい時に一体どこのどいつだと恨めしな目で電話番号を見てみると、一星からであった。
腹が立ったので一真は電話を切って無視をする。
しかし、再びコール音が鳴り響き、確認してみると、またもや一星からであった。
しつこいと言わんばかりに一真は電話を切ったが三度目のコールが鳴り、流石に何かおかしいと気が付く。
一星は一真から距離を置かれている事を理解しており、何度も電話を掛けるような真似はしない。
そんな事をすれば余計に嫌われるだろうという事を理解しているからだ。
だというのに、何度も電話を掛けるという事は何かがあったのかもしれない。
言いようのない不安に一真は一星からの電話に出てみた。
「はい。もしもし」
『一真! やっと出てくれた!』
「うるさい。さっさと用件を言え」
『あ、ああ。ごめん。落ち着いて聞いてほしいんだ……。宗次先輩が危篤状態に陥ってる』
「なんだと……?」
『詳しい事は俺も分からない。ただ宗次先輩が大怪我をして倒れている所を発見されて、今は第一エリアの総合病院に搬送されたんだ。医者からは……覚悟してくださいって言われたらしい』
「お前、今どこにいる?」
『え? ああ、俺も病院に向かってる最中なんだ。立花先輩から連絡が来て、ついさっき宗次先輩が危篤状態だって聞いたから』
「そうか。分かった。俺もすぐに行く」
電話を切った一真は傍で話を聞いていた桃子と桜儚に顔を向ける。
「確認が取れました。先程の話はどうやら本当のようです。数時間ほど前に第一総合病院に剣崎宗次が運び込まれ、現在も集中治療室にいるそうです。ただ……」
「言ってくれ。頼む」
「…………危篤状態という話でしたがすでに亡くなっているかと」
「ッ……」
魂の友、生き別れた兄弟とまで言っている宗次が亡くなっているかもしれないと聞いて一真は感情のコントロールが出来なくなった。
「落ち着いて! まだ本当に死んだ訳ではありません」
「……ふう。如月が病院に向かっている理由は星空ノ記憶で治癒系に特化した英雄を呼び寄せる為だな?」
「はい。希望があるとすればそれでしょうから」
仲のいい後輩だが家族でもない一星が普通は呼ばれたりしない。
今回、一星が呼ばれたのは彼の特異な異能が目当てである。
そして、一真が呼ばれた理由も同じであり、紅蓮の騎士に繋がっているからという打算的な理由だ。
「正体を明かすつもりですか?」
「遅かれ早かれ宗次先輩には明かす予定だったんだ。ちょっと早くなっただけだ」
本来であれば国防軍入隊の記念にサプライズとして紅蓮の騎士である事を明かそうと考えていた一真であったが、最早そのような余裕はない。
「そうですか……」
「まあ、心配しなくてもいいよ。正体を明かすのは宗次先輩だけにしとくから」
「心配しているのは剣崎の方です。憧れの人が貴方だと知ったら、どれだけ失望する事でしょうか」
「酷い言い草だな!」
桃子の言葉に肩をがっくりと落とす一真。
しばらくして、顔を上げると一真は桃子に微笑みかける。
「ありがとうね、桃子ちゃん。少し気が楽になった」
「……別に私は何もしてませんが?」
「ふふ、そうだな。いつも通りだな。それじゃ、さくっと助けて来るわ!」
「泣いて帰ってきても慰めませんからね。そのつもりでいてください」
「あいあい!」
宗次を救うべく一真は第一エリアに転移した。
倉茂工業に残された桃子と桜儚。
「随分とまあ、優しいのね~」
「打算ですよ。彼が友人の死を切っ掛けに使い物にならなくなっては困りますからね」
「うわ~、嫌な女ね~」
「どうとでも言ってください。私は……軍人ですから」
「そう。なら、そういう事にしておいてあげるわ」
打算ではない事など見れば簡単に分かる。
だが、それを言うのは野暮というものだろう。
桜儚は楽しそうに笑い、今後も面白くなりそうだと未来を楽しみにするのであった。
桃子達を置いて一真は単独で第一エリアへやってきた。
すぐに携帯で第一病院の場所を調べ、一真は翡翠の騎士を引き連れて病院へ向かった。
病院へ辿り着くと、玄関先に蒼依が立っており、一真が来るのを待っていた。
どうやら、やはり一真を呼んだ理由は一つだったらしい。
紅蓮の騎士と繋がりを持っている一真ならば、テロの時に目撃された翡翠の騎士を呼んできてくれると分かっていたのだろう。
「さ、皐月君……!」
「話は後で。宗次先輩がいる部屋は?」
「う、うん! こっち! ついて来て!」
話したい事は沢山あるが今は急を要する。
宗次を救うべく一真は蒼依の後ろをついて行き、集中治療室へ向かう。
集中治療室の前には宗次の家族と思われる人達が椅子に腰かけており、一真と蒼依を見て立ち上がったが、今は話をしている暇はない。
一真は家族の制止を振り切って集中治療室へ翡翠の騎士と一緒に飛び込んだ。
「一真! それに後ろの……?」
「状況報告! 簡潔に教えろ!」
集中治療室では一星と彼に召喚された治癒系に特化した英雄が二人。
そして、治療を行っていた医者が数人に補助の看護師が懸命に宗次の蘇生に専念していた。
「胸部に風穴が空いており、心肺停止状態です! 異能で再生及びに臓器を復元中ですが予断を許さない状況です!」
「よし! あとは任せろ!」
「え!? 一真がやるのか!?」
「俺じゃなく後ろの人がやるんだよ! 後、俺は補助に回る!」
「私達も手伝います!」
「腐っても英雄と称されてる以上は最後まで責任を取りますとも!」
「助かる! やるぞ!!!」
治癒に特化した英雄二人と一真と翡翠の騎士が宗次の蘇生に全力を尽くす。
一真は翡翠の騎士を操作して回復魔法をかけ、自身はでっち上げの針術で魔法陣を形成し、神聖魔法を試みる。
蘇生魔法は神の代行者と呼ばれる教皇及びに聖女のみが許された奇跡。
一真では使用できないが疑似的なものならば使用可能だ。
「(目に魔力を集中! 神聖魔法で魂を検知! まだ途切れてない! か細いが繋がっている! まだ間に合う!)」
一真の目が怪しげに光り、普通なら知覚する事の出来ないものを視る。
魂を視る事の出来るようになった一真はかろうじて繋がっている宗次の魂を肉体へ引き寄せ、強引に蘇生を行う。
補助として翡翠の騎士で回復魔法を行使し、再生魔法で失われた血液を補充し、死にかかっていた脳と内臓を蘇らせる。
そして、最後に死神の鎌に刈り取られそうになっていた宗次の魂を肉体に定着させると、心臓部分に針をぶっ刺した。
「戻って来い!
強烈な心臓マッサージで宗次の肉体が跳ね上がる。
周囲で一真と翡翠の騎士の手術を見ていた者達は驚愕に目を見開き、心臓を高鳴らせていた。
もしかしたら、本当に死の淵から蘇らせたのかもしれないと。
「心音確認! 意識が戻りました!」
「よし!!!」
「す、すごい……。奇跡だ」
「嘘……。本当に? もう死んでたはずなのに」
「ハ、ハハ……。夢でも見てるんじゃないか……?」
宗次の命は絶望的であった。
一星が来て治癒に特化した英雄二人が助力をしたとしても助かる見込みは一切なかった。
一真が翡翠の騎士を連れて来ても結果は変わらないだろうと誰もが思っていたのだ。
何せ、翡翠の騎士はどのような重傷者も治せるが死者蘇生までは出来ない。
テロの際に起きた奇跡を医療業界は周知しているのだ。
翡翠の騎士は万能な治癒能力者ではあるが決して神ではないという事を。
しかし、今目の前で死んだと思われていた剣崎宗次が蘇ったのだ。
勿論、まだ油断は出来ないが少なくとも今ここにいる者達がいれば不安などないだろう。
「……ちょっと、疲れた。少し寝る」
「あ、ああ。立花先輩には俺から話しておくよ」
「ん、頼んだ……」
久しぶりに神経を削り、本気を出した一真は治療室から出ると、押し寄せてくる宗次の家族、蒼依を押し退けて、近くの椅子に横になる。
一真は数秒もしない内に眠りに就いたのであった。
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