第80話 罪悪感あるわ〜

 ◇◇◇◇

 三泊五日という長いハワイの合宿が終わった。

 一真達はいつも通りの日常に戻り、卒業生達は卒業式まで自由に過ごす。


「バレンタインっす!」

「そうだね~」

「そうだな~」

「なんすか、その反応は!?」


 生徒会室でのんびりしていた男性陣。

 唐突にバレンタイン間近だからとテンションを上げる一真にどうでもよさそうにしている隼人と大我。


「バレンタインですよ! 二人とも! テンション上がらないんすか!?」

「う~ん。僕は詩織から貰う予定だから特にはって感じかな」

「俺も去年と同じなら何個か義理で貰えるしな~」

「え……。大我先輩ってそういう相手がいたんすか?」

「失礼な奴だな。俺は彼女くらいいたからな?」

「いた? 過去形って事は今は?」

「今はいないな。いい感じの女の子はいるけど」

「おお~。ちょっと詳しく教えてくださいよ! 過去についても!」

「別に大した話じゃないぞ? よくある話だ。一年生の終わり頃に告白されて付き合ったけど、二年生の半ばくらいで浮気されて別れたんだ。まあ、訓練ばっかりでろくにデートとかしなかった俺が悪いんだけど」

「え。それは女の子の方が悪くない? 大我は訓練してただけで浮気とかしてたわけじゃないんでしょ?」


 バツが悪そうに頬をかく大我に隼人は純粋な疑問をぶつける。


「そうっすね。ただ、向こうは支援科ですからね。訓練よりも自分を優先してほしかったんでしょう。浮気の事を問い詰めた時は構ってくれなくて寂しかったから、とか言ってましたし」

「ほへ~~~」


 大我の意外な過去を聞いて一真は間抜けな声を出しているが割と驚いていた。


「で、今は良い感じの子がいるんです?」

「まあ、そうだな。同じ戦闘科だから気が合うって感じだな」

「そうなんですね。羨ましいっす!」

「いや、複数の女性から告白されてる癖に何を言ってるんだ、お前は!」


 当然のツッコミをされてしまい反論出来なくなる一真はシュンと丸くなる。


「それよりも他の人達はどうしたの?」

「全員、用事があるからと帰りました!」

「まあ、バレンタインがあるからな~。今年は平日だから帰って作ってるか買いに行ってるんだろ」

「そういう訳で今日の生徒会は男しかいません!」

「そうなんだね。仕事の方は大丈夫?」

「それは問題ないです。片づけてあるんで後は生徒会長の印鑑待ちですね」


 ソファでゆっくり寛いでいる隼人と一仕事を終えてまったりしている大我。

 そして、書類に目を通しながら印鑑を押している一真。


「とりあえず、これが終わったら俺もチョコ作ります!」

「「は?」」


 一真の言葉に困惑する二人。

 一体何を言っているのだろうかと混乱していたら、一真が最後の書類に印鑑を押して立ち上がった。


「それじゃ、戸締りよろしくっす! 俺はチョコ作る為に帰りますんで!」


 そう言って颯爽と生徒会室を出ていく一真。

 残された二人はようやく我に返り、一真の残念な言動に明日のバレンタインは大荒れするだろうと頭を抱えるのであった。


 帰宅した一真はインターネットでカカオの名産地を調べ、現地調達をする事に決めたのである。


「ふっふっふ! 業務用チョコレートを溶かすのは古い! まずはカカオの厳選からだ!」


 相変わらず志向がぶっ飛んでいる一真はカカオの名産地を調べ上げ、ひっそりとガーナへ飛び立つ。

 イビノムによってカカオ農園は破壊されており、カカオの入手は非常に困難を極めるものとなっていたが紅蓮の騎士である一真には何の障害にもならなかった。

 しかし、唯一の誤算はカカオ農園が破壊されていたのでカカオが手に入らなかった事だった。


「なんてこった!」


 普通なら諦めるのだが一真は普通ではない。

 世界で唯一の魔法使いである一真はインターネットを駆使してカカオの木の写真を探し、破壊された農園の木を調べ、カカオの木だったものを見つける。


「よし! 土魔法と回復魔法に再生魔法でカカオの木を復活! そして、時空魔法で強制的に成長させ、カカオを収穫ぅ! ガハハハハ! 勝ったな!」


 どれだけ必要なのか計算するのが面倒だったので適当にカカオを収穫して日本に帰還。

 自室に戻ってきた一真はインターネットでチョコレートの作り方を学び、厳選したのではなく自ら育てたカカオを使って、魔法を使って一からチョコレートを作り上げた。


「うむ! 美味である!」


 品質だけで言えば高級チョコレートだが味に関しては残念ながら市販のものとそう大して変わらないだろう。

 何せ、一真はプロではないただの一般人なのだから。

 味覚も庶民なので味の違いなど分からないのである。


「チョコまんを作る!!!」


 今は売られていないが以前コンビニで売られていたハート型のチョコまんを一真は作っていく。

 友人知人分け隔てなく、一真は全員分のチョコまんを作った。

 出来立てホヤホヤを食べてもらいたいからと魔法で保温して一真は満足そうにするのであった。


 ◇◇◇◇

 バレンタイン当日、いつもよりクラスの男子がソワソワしている中、一真は元気よく教室へ飛び込んだ。


「ハッピーバレンタイン! 皆! 俺からのバレンタインやで!」


 クラスメイト一同がフリーズする。

 確かに今日はバレンタインだが何故一真がチョコを用意しているのだろうかと疑問を抱く。

 とはいえ、友チョコなるものが存在するので別に悪い事ではないし、男の一真がチョコを振る舞っても不思議ではない。

 だが、それはそれとして何故チョコを用意したのかとクラスメイトは問い質しそうになる。


「はい、アリスちゃん! ハッピーバレンタイン!」

「え、あ、お、あ、ありがと?」

「ええんやで! はい、俊介!」

「……めっちゃ複雑だけどサンキューな」

「勿論、友チョコだから安心してくれ!」


 一真は紙袋に入れて持ってきていた丁寧に包装されたチョコまんを一人ずつ手渡していく。


「辰巳さんから聞いた事あるけど、皐月君ってホントにアホよね」


 一真からチョコまんを受け取った際、香織は思わず辰巳から聞いていた事を思い出し、ついポロッと口にしてしまう。


「え? なんて?」

「なんでもない……」


 幸いな事にテンションが上がってニッコニコしている一真は香織の小さな声を聞き逃した。

 もっとも、耳にしていたところで一真が悔い改めるような事はしないだろう。


「はい、楓!」

「…………」

「どうした? まさか、嫌だったか?」

「これ……」

「お! チョコレート! ありがとうな、楓!」

「……うん」


 次の瞬間、クラスの女性陣に楓から貰ったチョコレートを奪われ、紙袋に入れていたチョコまんを丁寧に取り上げらると一真は首に腕を巻かれて教室の外へ連れ出される。

 何だ、何だと一真が困惑していたら袋叩きにされてしまった。


「な、なんれ……?」

「馬鹿! アホ! 間抜け! ちょっとは空気を読みなさいよ!」

「そうよ! 楓の気持ちを考えなさい!」

「酷いよ、皐月君! あの仕打ちは流石に最低だよ!」

「鈍感どころの騒ぎじゃないわよ! もはや、犯罪だわ!」

「世が世なら打ち首よ! 市中引き回しでもいいわ!」

「人間の所業じゃないわ! 頭おかしいの!?」


 楓の気持ちはすでに周知済みである為、一真の行いは流石にクラスの女子達も黙っていられなかった。

 態々、遠出をして一真が好きそうなチョコレートを悩んで買って来た楓があまりにもいたたまれない。

 そういった背景が容易に想像出来てしまった女子達は一真の態度に腹を立てているのだ。


「(他人の事情に首を突っ込むのは野暮では? なんて口が裂けても言えないよな~)」


 女子達から罵詈雑言の嵐を浴び、非難される一真は内心で突っ込んでいた。

 とはいえ、流石に今回は女子達の言い分が正しく、楓の思いを知っている今、一真が取った行動はあまりよろしくない。

 楓からすれば本命を渡した相手に友チョコ、もしくは義理チョコを渡されたも同然なのだから。

 それが告白の返事と捉えてしまえば、そう言う事なのだろうと思ってしまい、深く傷つくに決まっている。

 つまり、一真が楓にした仕打ちは君の気持ちには答えられませんという事だった。


「あのね、皐月君。きっと皐月君に悪気はなかったんだと思うけど、ちょっと楓の顔を見てごらん」


 そう言われて一真はそーっとドアの隙間から教室の中にいる楓を覗き見る。

 あまり表情を変えない楓だが、今回は流石に堪えたようで悲しそうに伏せていた。


「どう? 自分がした事の意味を理解した?」

「うっす。今すぐ行ってきます!」


 楓の思いを知っているがそれはそれとして一真は割り切っていた。

 しかし、相手は違う。

 一真がどういう人間なのかは理解しているが、それでも思うところはあるだろう。

 その事を知った一真は自分の仕出かした過ちに気が付き、楓のもとに向かった。


「楓!」

「どうしたの? 一真」

「さっきはごめん。流石に無神経過ぎた。俺は良かれと思ってやったんだけど楓の気持ちを考えてなかった。本当にごめん」

「……分かってた。だけど、もしかしたらって考えるとダメだった。凄く悲しかった。でも、ちゃんと反省して謝ってくれたから許す」

「すま……いや、ありがとう。必ず、答えは出すから。待っててもらえると有難いです……」

「最後にヘタレなかったらもっと好きになってた」

「……うっす」

「あの~、お二人さん。一応、ここって教室だからね?」


 流石に一真も恥ずかしくなったのか、顔を赤くして曖昧に笑い、その場を凌ぐのであった。

 それから、一真は楓の一件で反省し、自身に思いを寄せてくれている女性陣にチョコを渡す際には必ず一言挟んだ。


「貴女の気持ちは分かってます。必ず答えは出します。それはそれとしてこれは日頃の感謝の気持ちです」


 と、前置きを述べてからチョコを配った。

 だが、桃子にだけは本音でチョコを渡している。


「桃子ちゃん! いつもありがとう! いっぱいちゅき!」

「はいはい。私も愛してますよ〜。あ、これチョコです」

「わ〜い!」


 投げ渡されたチロルチョコを喜んで食べる一真を見ながら桃子は貰ったチョコまんを口にする。


「んむ……。相変わらず無駄に多才というか器用というか……」


 舌鼓を打ちつつ桃子はチョコまんを片手にノートPCで見ていたドラマの停止ボタンを解除するのであった。

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