第79話 多分、大丈夫っす
テレビのインタビューに無視されて悲しんでいた一真もちゃっかりお土産を購入しており、夕飯時にはホテルに戻っていた。
「そう言えば今日の夕飯は何も知らされてないんですよ」
「そうなのか?」
「はい。なんか分かんないすけど秘密らしいっす」
合宿最終日の夕飯だけ一真にも知らされていない。
開催時間は決まっているが何をするかは秘密である。
もっとも、すでにサプライズである事は全員が察していた。
「まあ、会場に行けば分かるだろ」
そう言って宗次と一真は晩餐会の会場へ向かう。
会場には既に何人かの生徒が来ており、最後の晩餐会を楽しみにしている。
一つ気になるのは会場の奥がカーテンで仕切られている事だ。
恐らく、そこにサプライズが隠されているのだろう。
早く晩餐会が始まらないかと生徒達はワクワクしていた。
「ふむ……」
「どうした? 気になるのか?」
「まあ、何するんだろうって思いますよ」
「気にはなるが……不安はないだろ」
「不安なんてあるんすか?」
「お前が用意してた場合は不安だ」
「心外な……」
サプライズを一真が用意していたなら宗次は期待と不安の半々だっただろう。
「一真は誰が用意したか聞いてるのか?」
「あ、それは聞いてます。ホテルの人達が用意してくれたそうです。先生方も知ってますが、どんなサプライズかまでは知らないそうですよ」
「そうなのか。それは楽しみだな」
「むう。聞き捨てなりませんな。俺だって宗次先輩をあっと驚くくらいのサプライズは用意できるっす!」
「いや、しなくていいから。そもそも普段から驚かされてばかりだからな」
悔しそうにしている一真だが、彼はすっかり忘れている。
宗次に最高最悪のサプライズを用意している事を。
宗次が卒業後、国防軍に入隊した暁に紅蓮の騎士だと明かすというビッグサプライズがあるのだ。
きっと、あまりの感動に宗次は膝から崩れ落ちる事は間違いなしだろう。
それが歓喜か絶望かは知らないが。
「とりあえず、時間まで俺達も適当に駄弁ってるか」
「そうっすね。昨今の政治についてでも話します?」
「お前がそれでいいなら俺なりに話すけど?」
「やっぱり、やめましょう。何もいい事はありませんから」
「最初からそうしろ」
それから二人は適当に雑談をして時間を潰し、途中から合流してきた隼人と会話を広げ、晩餐会まで過ごした。
いつの間にか一真の周囲には人が増え、いつも通りの面子に、一星を含めた新たな面子も加わり、大所帯となっていた。
そして、晩餐会の時間が来て、料理が運び込まれ、ついに晩餐会が始まろうとした時、会場の奥を仕切っていたカーテンの前にホテルの支配人が現れた。
「皆様、大変長らくお待たせいたしました。本日は合宿最終日であり、卒業生の皆様には最後のイベントだという事で僭越ながらプレゼントをご用意いたしました。勿論、先生方にもご用意してありますので、どうぞ最後まで楽しんでいただければと思います。それではご覧ください!」
支配人の合図と共にカーテンが開かれ、会場の奥には様々な景品が置かれている。
豪華な景品の数々に生徒達は熱狂し、自分達にもあると知った教師陣も歓喜の声を上げていた。
「これから皆様にはビンゴゲームをしてもらいます。ビンゴした人から順番にこちらから好きな景品をお選びください。勿論、全員分景品をご用意しておりますのでご安心を。それではビンゴカードを配りますのでご準備の方、よろしくお願いします」
ビンゴカードが全員に配られ、真ん中を開けると準備完了だ。
全員分あるとは言ったが早い者勝ちであるから大半の生徒は獲物を狩る獣のような目をしていた。
「皆、やる気満々ですね~」
「何呑気そうにしてるんだ。一真はこういうの好きじゃないのか?」
「嫌いじゃないっすけど……」
流石に言える訳がない。
毎月10億貰い、何一つ不自由なく暮らしているなどと。
金で買えるものは何でも買えるのだ。
しかも、紅蓮の騎士だという事で色々と幅が効く。
最早、地球上で一真に出来ない事はほぼないのだ。
だから、あまり物欲というものが湧かないでいる。
それゆえにビンゴゲームもいまいち乗り気になれない一真であった。
「その割には楽しくなさそうにしてるが?」
「楽しみと言えば楽しみですけどね~。特に欲しいものはないかな~って」
「そうなのか。お前にしては珍しいな」
「まあ、今は満ち足りた生活してるんで」
「そうか。それは羨ましいな」
「あ、でも、彼女欲しいっす!」
「……だから、それは知らんと言ってるだろ。自分でどうにかしろ」
「うっす……」
そこまで面倒は見きれないと宗次は一真から顔を背け、ビンゴゲームに集中する。
贅沢な悩みを持ってしまった一真はとりあえず、雰囲気に合わせてビンゴ―ゲームに集中するのであった。
「うおおおおおおっしゃあああああああ!」
雄叫びを上げるのは男性教師。
どうやら、一番最初にビンゴしたようで両手を突き上げ、喜びの咆哮を上げていた。
「めっちゃ喜んでますね」
「そりゃそうだろ。ホテルが先生達にも用意してくれてるんだからな。しかも、豪華景品だぞ」
宗次が指をさす景品の中にはホテルの宿泊券や高級車などが並べられており、そう簡単には手に入らないようなものばかりだった。
異能学園の教師は一般的なサラリーマンよりは高収入だが、決して裕福というわけではない。
とはいえ、日本人の年収の平均値を超えているのでプチ富裕層である事に間違いはない。
「どうしてあんなに喜んでるのか聞いてきますわ」
「おう。後で教えてくれ」
「うい~っす」
そう言って一真は一番最初にビンゴして狂喜乱舞している男性教師のもとへ行く。
「どうもっす。皐月一真です~」
「ん? お~、皐月君か。どうしたんだい? 俺に何か用でも?」
「いや~、さっきめっちゃ喜んでたんで、なんでそんなに嬉しいのか聞きに来たんすよ~」
「そうなのかい? まあ、皐月君には分からないけど大人には色々とあるんだよ」
「へえ~。たとえば、どういったものが?」
「まあ、隠すほどの事じゃないから教えるけど、結婚して三年目なんだ。それで何かプレゼントをと思ってね」
「あ~、なるほど。ちなみに何を貰うんです?」
「もう決めてあるんだ。あれだよ」
男性教師が指を差した場所には豪華ハワイ旅行券があった。
確かにプレゼントとしては最高のものだろう。
「ほほう! 奥さん喜びますね~!」
「喜んでくれるといいんだけどね~」
「何やら不安そうですが何か心配事でもあるんすか?」
「実は……今回ハワイに行くのをすっごく羨ましがられてね。仕事だからって説明はしたんだけど……」
「あ~……喧嘩しちゃったんですね」
「そうなんだよ。でも、これで多分機嫌を直してくれる! と、いいんだけどね」
「そうっすか。まあ、頑張ってください!」
曖昧な笑みを浮かべて男性教師は当選したビンゴカードを片手に景品棚へ歩いて行き、ホテルの支配人へビンゴカードを渡して、当選している事を確認してもらったら宣言通りハワイ旅行券を貰うのであった。
「で、聞いてきたのか?」
「聞いてきましたよ。結婚三周年記念だったらしくて、それであんなに喜んでたみたいっす」
「そう言う事か。そりゃ、ハワイ旅行券が当たればあれだけ喜ぶわな」
「ちなみに宗次先輩は何を狙ってるんです?」
「同じだよ。俺もハワイ旅行券が欲しい」
「どうしてか聞いても?」
「別にいいぞ。単純に蒼依との新婚旅行だな」
「……そっすか」
何とも言えない寂しい気持ちになってしまった一真。
本来なら一番はしゃいでいるであろう一真が大人しくしているので会場にいた全員が不気味に思ったが、ビンゴして家電製品をゲットし、チンパンジーの如く喜んでいる様子を見て安心するのであった。
「ビンゴ大会も終わっちゃいましたね~」
「そうだな~。飯も食ったし、これで今年も合宿はお終いか~」
「寂しいね。終わるって思うと」
「仕方ないだろ。去年もそうだったんだから。今になって先輩達の気持ちが良くわかるぜ」
「本当にね。自分達の番が来るのは覚悟してたけど、やっぱり寂しいな」
空になった器が回収されて行き、いよいよ合宿も終わりを迎えようとしている様子を見て宗次と隼人は寂しさを感じていた。
「それでは最後に我々からささやかですが卒業生の皆様にプレゼントがあります。ホテルの外へお越しください」
まだ何かあるのだろうかと生徒達は期待に胸を膨らませながら、言われた通り、ホテルの外へ出ていく。
すでに日は落ち、満天の星空が広がっていた。
卒業生達が最後の星空に感動していると、遠くの方からひゅるひゅると口笛のような音が聞こえたかと思えば、満天の星空に色とりどりの花が咲いた。
耳をつんざく炸裂音が連続で鳴り響き、生徒達の眼前に花火が上がったのである。
「……うぇぇ」
しばらくの間、呆けたように眺めていた卒業生達であったが、突然、涙腺が決壊した者が現れた。
「ど、どうしたの!? 急に!」
「だ、だって、だって~! もうこれで終わりだって思うと……寂しくって~!」
「それはそうだけどさ……。仕方ないじゃん」
「やだよ~! まだ終わりたくないよ~! 皆と一緒にいたいよ~!」
「わ、私だってもっと皆と一緒にいたいけど……。いつかは別れる日が来るってわかってたじゃない」
「でもでも~! 折角、こうして皆と出会えて、仲良くなったのに、これで終わりなんてやだ~!」
「大人になってもまた集まればいい話じゃない。だから、そんなに泣く事ないでしょ?」
「大人になったら仕事とかで集まる機会が少なくなって会えない人とか出てくるじゃん! そんなのやだよ、私!」
「私だっていやだよ! でも、それが大人になるって事じゃん……」
感化されたように泣き始める女性陣。
男性陣も我慢しているようだが目元を拭っている者がちらほらと見受けられる。
彼女が言っているように大人になれば、こうして集まる事は少なくなるだろう。
もしかすると、中には今生の別れになるかもしれない者もいるのだ。
全員が国防軍に入るわけではない。それぞれ別の道へ行く事になる。
悲しいがそれが人生というものなのだ。
だからこそ、人は思い出を大事にしているのだろう。
「皐月君のおかげで学生最後に素敵な思い出が出来たけど、やっぱり皆と別れるのは寂しいよ~~~!」
えんえんと泣き声をあげる女性陣。
お互いを慰め合うが、やはり悲しくて涙が止まらない。
男性陣もそっと寄り添い、女性陣を慰めるが泣き止みそうにない。
どうしたものかと先生達も困っていたら一人の馬鹿が叫んだ。
「空を見てくださいっ!!!」
一真である。
ひと際大きな声を出し、全員の注目を集め、一真は身振り手振りしながら演説を始める。
「別れは寂しいです! 悲しいです! 辛いです! もう二度と会えないわけじゃないと分かっていても! 寂しいもんは寂しいです。その気持ちはよく分かります! 俺は児童養護施設で育ちましたから沢山の別れを経験しました」
悲しそうに目を伏せるが、すぐに拳を握り締め、前を向く一真。
「慕っていた兄や姉が独り立ちし、世話をしていた弟や妹が里親に引き取られ、施設を去っていくのを何度も経験しました。その度に泣いた事は少なくありません! でも、こう教えられました!」
一真は花火が終わり、静かな星空を指さした。
「そういう時は空を見ろ! と。今、こうして同じ空を見ているように俺達は繋がってるんです! たとえ、どれだけ離れた場所にいようともこの同じ空の下にいるんです! そして、同じように空を見上げているんです! だったら、何も寂しい事はない。この空の下にいる限り、心は一緒なんだと教えてもらいました!」
すうっと大きく息を吸うと一真は喉が張り裂けるくらい大声を出す。
「だから、いつまでも下を向くな! 胸を張れ! 前を見ろ! また会った時に笑顔で出迎えられるように頑張るんだ! 思い出を胸に一生懸命頑張って生きてください」
人生は長い。
これから先、多くの困難に見舞われ、死にたくなる日も来るだろう。
それでも前を向いて、生きてくれと一真は願う。
「でも、まあ、もし、死にたいって思ったらその時は……俺を思い出してください! 愉快で痛快で爽快で最高な後輩がいるのだという事を忘れないでください! 俺は世界で一番有名になってやりますから! 死にたくなったら生きたいと思えるように俺が笑わしてやります!」
天真爛漫な笑みを浮かべる一真。
無邪気で明るく、素直で純粋に後先を考えないような一真の言葉に卒業生達は悲しい気持ちが吹き飛んだ。
そして、お腹を抱えるように笑い声をあげ、悲しみの涙は喜びの涙に変わり、満天の星空の下で卒業生達は一真を胴上げする事にした。
「そうだな! 一真の言う通りだ、皆! 俺達は学園を卒業するが死ぬわけじゃねえ! 一生会えなくなるわけじゃないんだ! だからよぉ! 肩組んで笑って明日へ踏み出そうぜ!」
宗次が一真を抱きしめると卒業生達が集まり、胴上げが始まる。
「お、お、お~!? ついに俺の偉大さに気が付きましたか!」
「ハッハッハッハ! 本当にお前は最高の後輩だよ! ありがとうな、一真!」
「ありがとう」と卒業生達から感謝の言葉を贈られながら一真は胴上げされる。
「ワッハッハッハッハ! 俺は異世界で魔王を倒した勇者っすからね! 魔王軍に怯えている民衆を励まし、不安そうにしている兵士を鼓舞するのは慣れてますから!」
「今だけはその話も信じれるね! 一真君のおかげで心が軽くなったのは本当だから!」
「嘘じゃないっすよ~!」
いつもなら調子に乗って落とされていただろうが今回だけは許され、卒業生達はしばらくの間、一真を胴上げするのであった。
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