第73話 あんな感じなのか……

「んぅ……? はっ! 皐月、椿!」

「よう。目が覚めたか?」


 壁際で寝かされていた一星が目を覚まし、飛び起きるとすぐ隣に座っている一真と目が合った。

 一真の顔を見た一星はおかしな事に気が付く。

 右頬が赤く腫れ上がっているのだ。まるで誰かに殴られたかのように。


「あ、えっと、俺って一体どうなってたんだ?」

「ん? あー、組手が始まった瞬間に俺がお前を瞬殺した。んで、お前が気絶している間に俺は日ノ森椿と軽くやり合った」

「え、えー!? ど、どういうことなんだ!?」

「言った通りだが?」

「ああ、いや、そうじゃなくて。俺が気絶したら椿も消えるはずなんだけど、なんで皐月と戦えたんだ?」

「そっちの方か。多分だがお前の異能が成長したんだと思うぞ。日ノ森椿はお前が気絶した後、2、3分だけ消えなかったから」

「そ、そうなのか。嬉しいんだけど……」


 異能が成長した事は素直に嬉しいのだがいまいち不服そうにしている一星を見て一真は首を傾げた。

 異能が成長したのだから、もっと喜ぶべきであろう。

 そう一真が考えていたら下を向いていた一星が顔を上げた。


「どうして俺が気絶してる間に椿と戦ってたんだよ! 二人が戦ってる所を見たかった!」

「あ~、まあ、本当は戦う気はなかったんだけどな。ただ、お前が気絶しても消えなかったから、暇つぶしにって感じだ」

「凄かったんだろうな~……」


 実際に見る事は叶わなかったが、少なくとも過去の英雄である椿と現代で最強の近しい一真の戦いは熾烈なものだっただろうと一星は想像する。

 出来る事ならばこの目で見たかったと大いに後悔するが、気絶していたのは弱い自分のせいだと肩を落とすのであった。


「あ、じゃあ、その顔は椿にやられたのか?」


 一真の右頬が赤く腫れているのが気になっていた一星は椿にやられたのかと尋ねる。


「ああ。一発いいのを貰っちまった。俺もまだまだだと痛感させられたわ」

「そうなのか……。皐月くらい強くても椿には勝てないのか」

「勘違いしてもらっちゃ困るな。俺は負けてないぞ? むしろ、勝ってたからな」

「え? そうなのか? でも、その顔は?」

「普通に殴られたんだよ。無論、俺はその倍は殴ったが」

「え、え~……」


 椿でさえも一真に勝てなかったと知った一星は「どれだけ強いのだ、この男は」と心底呆れていた。


「まあ、呼び出してみれば分かるだろ」

「あ、そっか。そうしてみる」


 という事で一星は椿を再び召喚する。

 一星と一真の前に光の柱が現れると、中から椿が姿を現した。

 一真は口を開けて「へー、こうやって召喚するのかー」と呑気そうに呟く。


「召喚に応じ、馳せ参じました。ご主人様」

「またよろしくな、椿」

「もしかして、毎回同じやり取りしてるの?」


 主従関係のように椿が跪き、一星が王様のように頷いていた。

 その様子を隣で見ていた一真は目を丸くしている。

 正直、もっとこうフランクな形かと思っていたら、まるで忠誠を誓う騎士のような構図なのだ。

 一真が内心ドン引きして一歩下がるのも無理はないだろう。


「椿。俺が気絶していた間、皐月と戦ったんだろ? どうだった?」

「はっきり申し上げますと……怪物ですね」

「怪物とはまた酷い言われようだな……」


 椿の言い方に一真はちょっぴり傷ついた。

 だが、すぐに忘れる。

 都合の悪い事は覚えないようにするのが人生を楽しく生きるコツだと教わっているので一真は、怪物呼ばわりされた事を瞬時に記憶の彼方へ飛ばしたのであった。


「二人がどういう風に戦ったか聞いてもいいか?」

「勿論です。まず結果だけ言いますと私は負けました。最初は異能抜きで戦い、瞬殺され、次に異能だけで戦い、秒殺され、最後に私の全身全霊で戦い、なんとか一撃を与えた所でご主人様の能力が切れ、この世から消え去りました」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。え? 椿が全力を出してようやく皐月に一撃を当てれた? それ本当なのか!?」


 流石にそれはないだろうと狼狽する一星。

 椿は確かに若くして亡くなったが、それはイビノムの軍勢をたった一人で相手にし、人類の生存圏を守り通した程の猛者だ。

 その功績はまさしく英雄と称され、後世に語り継がれる程に彼女は強かった。


 無論、イビノムだけでなく犯罪者などの相手もしているので対人戦にも長けており、正真正銘の英雄だ。

 だからこそ、一星は椿に師事し、体術や対イビノムなどを日々教わっているのだ。

 その椿が手も足も出ずに負けたという事実が信じられない一星は驚愕に震えている。


「はい。本当です。彼は、一真君は紛れもない怪物であり、傑物です」

「怪物と言ったり、傑物と言ったり、随分な言われようだな」

「お嫌ですか?」

「いいえ!」

「あれ? 椿はいつから皐月の事を下の名前で呼ぶようになったんだ?」

「それは拳を交えた後です。最初の一戦を終えてからは、仲良くさせて頂いてますよ。まあ、容赦なく股間を狙われ、鳩尾を撃ち抜かれた時は殺意が沸いたと同時に感服しましたが」

「女性が相手だからって容赦はしない。そもそも椿さん相手に手加減出来るほど余裕はなかったし」

「悔しいですが反論出来ませんね。一真君には完封されてますし」

「いやいや、最後はきっちり一撃叩き込んできたじゃないですか。結構、効きましたよ。ほら、腫れあがってるでしょ?」


 そう言って一真は真っ赤に腫れ上がった頬を椿に見せる。

 それを見た椿は不服そうに顔を背けた。


「私としては完全に決まったと思ったんですがね。想像した以上にタフでした」

「なんか俺より仲良くなってない? ねえ?」

「大丈夫だ。如月。別にお前の師匠を取ったりはしない」


 あまりにも仲が深まっている椿と一真に一星は動揺を隠せない。


「そういう問題じゃない! お、俺だって……俺だって皐月の事を下の名前で呼びたい! それで皐月に下の名前で呼ばれたいんだ!」

「え、え~…………」


 一星が動揺していた理由は椿が自分よりも先に一真と下の名前で呼び合う仲になっていたからだった。

 一星は幼馴染、義妹、そして美人な師匠を常に侍らさているので男友達は皆無だ。

 だから、密かに憧れていたのである。

 男同士で遊んだり、ふざけたりする事を。


「いや、お前。その発言はきっしょいわ」

「な! そんな事ないだろ!」

「あのな……。お前はあんまり理解してないだろうけど、普通にその発言はドン引きされるからな。これが恋人同士だったらまだいいけど……同性相手には気色悪いぞ」

「べ、別に変な意味はない!」

「それは勿論分かってる。でも、さっきの発言は心の内で留めておけよ。俺じゃなかったら、多分引き攣った顔で逃げられるぞ」

「う……。今後は気を付ける」


 一星も馬鹿ではなく、一真の言葉が正しいのだと理解して、落ち込むように下を向いた。


「あ~、まあ、名前で呼ぶのは好きしたらいい。俺は――」

「ほ、本当か!? 俺も一真って呼んでいいのか!?」


 流石に可哀想かと一真は名前で呼ぶくらいは許してやろうと口にした瞬間、一星が手を握ってきて眼前に迫ってくる。


「近い近い! 顔を近づけるな!」

「あ、ご、ごめん……」

「どんだけ友達に飢えてるんだ……」

「男友達って俺本当に初めてでちょっと嬉しくなって……」

「ちょっとどころの騒ぎじゃねえだろ……。まあいい。言っておくけど、俺は今後も如月呼びだからな」

「ああ! それでいい! 全然かまわない! あ、そうだ! よかったら連絡先も交換しないか?」

「あ~、まあ、お互い生徒会長だし、交換しておくのもありか」

「ちょっと待っててくれ! すぐ携帯取ってくるから!」


 訓練をするので一星は更衣室に携帯を置いていた。

 一真と連絡先が交換出来ると分かってすぐに一星は更衣室へ向かう。

 訓練所に残された一真と椿はお互いの顔を見合わせる。


「ご主事様がご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません」

「いやいいよ。多分、普段の俺もあんな感じなんだろうなって思ったから」


 人の振り見て我が振り直せ、一真はその言葉を噛み締めるのであった。


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