第74話 俺って実は才能なかったりするんだ

 しばらく待っていると大急ぎで携帯を取ってきた一星が息を切らして訓練所に入って来た。


「ハア……ハア……! お待たせ!」

「お、おう……」


 正直、気持ちが悪かった一真はやはり連絡先を交換するのをやめようかと躊躇う程であった。

 しかし、一度交換すると言った手前、それは出来ない。

 そもそも、そんな事を言い始めたら一星がどのような反応をするか分からない。


 目に見えて落ち込めばいいが、下手をして大暴れをされれば堪ったものではない。

 特に最悪なのは一星の異能が椿を強制的にコントロールし、襲い掛かって来る事だ。

 負けない事はないが、少なくとも素のままでは厳しい戦いになるだろう。

 そこに二人目の英雄を召喚されれば流石に魔法を使わざるを得ない。

 出来る事ならば避けたい所ではあるが、二人の英雄相手では難しいだろう。


 熟考した結果、一真は引き攣った笑みを浮かべ、一星と連絡先を交換する事にした。


「じゃ、じゃあ、これが俺の連絡先だから」

「お~~~! ついに男友達の連絡先が!」

「……ヨカッタネ」


 携帯を掲げてはしゃいでいる一星を見て一真は心底引いていた。

 友達になったのを激しく後悔しているがもう遅い。

 すでに連絡先も交換してしまったので逃げ場はないのだ。

 多分、連絡先を消したら直接目の前に現れるだろう。

 何故、連絡先を消してしまったのだと詰め寄って来るに違いない。


「……すいません。ご主人様は本当に異性の知人しかいない御方なので」

「それはそれで憎たらしい」

「一真君。出来れば仲良くしてもらえると有難いです。後、いちいち男友達が出来たくらいではしゃぐあの性格も矯正してもらえればと……」

「意外と酷い事を言うのね。ご主人様なのに」

「仕えているご主人様があのように気色悪い行動を取っていたら、貴方はどう思いますか?」

「ごめん。俺が悪かった。一応、それとなく伝えるようにするよ」

「恩に着ます」


 椿のセリフを聞いて一真は事の重要さを知って素直に謝った。

 確かに自分が使える主が同性の連絡先を手に入れたくらいで舞い上がるくらい喜ぶ姿はあまり見たくない。

 勿論、そういった趣向があるのは知っているが、いざ目の前にすれば理解出来るかは怪しい。

 受け入れる事は出来ないかもしれないが許容する事は出来る。

 こちらに被害がなければの話だが。

 もっとも、一星にそういった趣味はないので心配する必要はないだろう。


「おい、如月。いつまでも喜んでるんじゃない」

「あ、ごめん。つい嬉しくて……」

「いちいち、男友達から連絡先を貰うたびにそんな事してたら、確実にハブられるからな?」

「う……! 気を付ける」

「そうしろ」


 とりあえず、軽く釘を刺しておいたので今後は控えめになるだろう。

 ただ、今後男友達が出来るかどうかは保証出来ない。

 今回、たまたま一真が友達になっただけで一星の周囲にいる男性が彼を友人と認めるかは難しい。


 一真が言っていたように無自覚で複数の女性を侍らせているので多くの男性陣から目の敵にされており、一星がこれから先の人生で男友達を増やすのはとても大変だろう。


「さて、就寝時間までまだあるがどうする?」

「え? まだ稽古に付き合ってくれるのか!?」

「一度受けたもんだからな。最後まで付き合うつもりだ」

「えっと、じゃあ、一真が寝るのは何時くらいなんだ?」

「ん? そんな事を聞いてどうする?」

「いや、流石にそこまで付き合わせるのは申し訳ないかなと……」

「気にすんな。これくらいどうってことはない」

「お~! ありがとう、一真!」

「分かったから離れろ。いちいち手を握るな」

「あ、ごめん……」


 叱られた犬のようにシュンとした顔で一真から離れる一星。

 これが本当に犬だったなら一真も情が湧いただろうが相手は大して好きでもない一星なので特に何も感じなかった。

 強いて言えば距離の詰め方がおかしいと思ったくらいだ。


「一真君。稽古と言ってもどうするのですか?」

「そうだな……。普段はどうしてるんだっけ?」

「本当にご主人様についてあまり興味がないんですね。少し前にも教えたと思うんですが?」

「ごめんなさい。真面目に聞くんで教えてください」

「分かりました。では、もう一度説明しますね。普段は型の練習をしてから実戦形式の稽古ですね。その際に相手は私が務めています。勿論、私自身はハンデなどを背負っております」

「ふむふむ。じゃあ、それでいいか。とりあえず、型の練習をしてから俺と実戦形式の稽古だな。ああ、勿論俺は手加減するから」


 椿からもう一度普段の稽古の様子を教えてもらい、一真は一星に顔を向けた。


「ああ、分かった。それでいいんだけど……」


 何やら不服そうな一星に一真と椿は顔を見合わせる。

 はて、何かダメな部分でもあっただろうかと二人は考えるが、いつもの稽古と変わらない事は椿が保証している。

 であれば、一真が相手をするのが不満なのだろうかと考えるが、そもそも最初に頼んだのは一星の方だ。

 では、何故そのように不満そうな顔をしているのかと一真と椿は考える。


「……なんでそんなに仲良さそうなんだ。一真は椿を殺したのに」

「お前、割ととんでもない事を言うのな……。まあ、事実だけども」

「私が生きていた時代は殺伐としていましたから、あまり気にはしませんが……。そもそも、先程から普通に会話をしているので今更かと思うのですが」

「いや、そうなんだろうけど……なんか疎外感を感じて寂しい」

「う~ん。気持ち悪いなー。お前」


 とはいえ、自分も似たような事を言った覚えがあるので一真はあまり人の事を言えなくなる。


「まあいいや。とりあえず、さっさと型の練習を終わらせろ。話はそれからだ」

「う~、分かった」


 一真は名残惜しそうに訓練所の中心へ行く一星の尻を蹴り上げて、さっさと型の練習するように命じた。

 中央で一星が型の練習を行っている間、一真は椿と話し込んでいた。


「アレは空手か」

「はい。そうです。私が教えました」

「何故? どちらかと言えば総合格闘技を教えた方がいいと思うんだが?」

「それもありですが、打撃や蹴り技の事を考えると空手がベストかと思ったんです。後は日本人ですから空手の方が馴染み深く、教えやすいかと」

「なるほど。それにしても綺麗な型だな」

「ええ。基本こそ最も大切な事ですから」

「他には何を教えてるんです?」

「剣術を少々教えていますね。今は専門家の彩芽さんがいますから体術は私が剣術は彩芽さんが教えていますよ」

「それは羨ましいな」

「教え甲斐のあるご主人様ですよ」

「ああ。だろうね。一つ聞いてもいい?」

「私に答えられる事ならなんなりと」

「椿さんは俺と戦ったからわかってると思うけど、俺と如月はどっちが才能あると思う?」

「……身内贔屓みうちびいきかと思われるでしょうが、はっきり言わせていただきますね。才能だけであればご主人様かと」


 その言葉を聞いて一真は怒りもせず、悲しみもせず、事実であるかのように受け止め、ニッコリと笑った。


「椿さんの見る目は確かだね。才能で言えば俺より如月の方が上だと思うよ」

「やはり、そうですか……」

「如月がこういう稽古を始めてどれくらい?」

「今年に入ってからでしょうか。時間にすればもっと短いと思いますが」

「朝晩の間だけかな? 多分だけど」

「正解です。ほんの少し前までは朝晩に私がみっちりと体術を教えていましたが今は朝に体術、晩に剣術と分かれてます」

「それであの練度か……。才能あるわ~」

「ですが一真君も十分に才能はあると思いますよ」

「いやいや、お世辞はいいよ。俺は如月より才能がない。俺の方が強いのは経験値が違うだけだし」

「……そのような事は」


 椿が自身を卑下する一真を庇うが、彼は首を横に振って慰めは必要ないと示した。


「椿さん、最初思わなかった? 思ったより強くないって」

「……失礼ながら、はい。そう思いました。しかし、戦っていく内に考えを改め、桁違いの猛者だと痛感しました」

「うん、まあ間違ってないよ。その認識で。だって俺は師匠からも才能がないってお墨付きもらったし」

「え……」

「だから、基礎を徹底的に叩き込まれて、ありとあらゆる状況に対応出来るように鍛えられたんだ」

「なるほど。だから、徐々に強くなったように感じるんですね」

「そうそう。ぶっちゃけ俺は初見の敵には弱いよ。でも、相手の動きや癖を学習して覚えれば、まあ、後は経験の差で勝てるかな。勿論、初見には弱いって言ったけどある程度の実力でもない限り完封は出来るけどね」

「あ~、だから戦う度に強くなっていると感じたのですね」


 違和感の正体が判明して椿は胸のつっかえが取れた。

 最初は瞬殺、次は秒殺、最後は一撃を入れる事が出来たのは一真が初見の動きに対応出来なかったから。

 だが、それもすぐに対応されてしまい、最後は消滅してしまい決着こそつかなかったが負けていたのは自分だろうと椿は分かっていた。


「では、一真君は一の究極ではなく百の絶技を持っているという事ですか?」

「あ~、そう言われるとそうかもね。体術だけ、剣術だけとかいったルールで戦うと俺は多分負けるだろうね」

「でも、それ以上に経験値が高いので負ける事はまずないでしょう」

「まあ、うん。学生相手には負けないかな~」


 自信満々に言い切る一真を見て椿は事実その通りだろうと思った。

 もしも、一真に勝てる相手がいるとすれば幼少期から鍛錬に明け暮れた一握りの天才だけであろう。

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