第72話 瞬殺よ?
建物の物陰から顔を出し、ヒロインに嫉妬してハンカチを噛んでいる当て馬キャラのように一真は一星に嫉妬していた。
とはいえ、元々一星はハーレム主人公のような存在だったので一真も頭がおかしくなるくらい嫉妬する事はなかった。
ただし、この恨みは晩餐会が終わった後に行われる稽古で晴らそうと考えている。実に心の狭い男であった。
「さてと……俺もおかわり取りに行こうっと」
気配を隠し、会場の隅っこで晩餐会を楽しんでいた一真は空っぽになった皿を持って料理が並んでいるテーブルへ向かう。
色とりどりの料理が並んでおり、どれにしようかと贅沢に悩みながら一真は料理を選んでいく。
育ち盛りの一真は野菜少なめ、肉多めといったメニューで皿はほとんどが茶色であった。
「これでよしっと!」
山盛りの皿を携えて一真は会場の隅へ戻る。
まるでそこが自分の縄張りだと言わんばかりに一真は陣取っていた。
いつもなら一星の言っていた通り、周りに誰かしらがいるのに一真は一人寂しく料理を口に運んでいく。
山のように積みあがっていた料理をガツガツと口へ運んでいき、ほんの僅かな時間で完食するのであった。
「ふい~。ごちそうさまでした!」
行儀よく手を合わせると一真は空になった皿を回収しているホテルマンに渡して、女性陣に見つからないよう早々と会場を出ていく。
自室に戻るのも面倒なので一真はホテルに備えられている遊技場へ向かう事にした。
遊技場は大人も子供も楽しめるようにゲームセンターのような作りとなっており、数多くのゲームが設置されている。
勿論、大人だけが楽しめるように奥の方ではカジノも存在しており、刺激的な場所でもある。
本来ならば学生の身分なのでカジノには入れないのだが、紅蓮の騎士という特権を使って一真はカジノへ足を踏み入れた。
「ふっふっふ! さあ、楽しむぞ!」
一真はオーソドックスなカードゲーム、ルーレットなどは素通りして、スロットマシンに座る。
複雑なルールもなく、ただレバーを下げて、回転しているリールを止めて、役目を揃えるだけの簡単なギャンブルだ。
とはいうものの、ここは日本が作ったホテルなのでスロットは複雑なシステムになっており、チャンス目やレア役などを引いて、チャンスゾーンへ入れて、ボーナスを獲得しなければならない。
勿論、ランプが光ったら大当たりの簡単なスロットもあるが一真が座ったのは有名なアニメを使った台だ。
人気な機種ではあるが色々と覚えなければならない事があるので初心者の一真には難しいだろう。
「行け! ボクのお小遣い!」
当然の事ながらビギナーズラックというものはなく、一真のお小遣いは塵芥と化したのである。
「うおおおおおおん……」
カジノの入り口で四つん這いになり、床を叩いている一真の姿があった。
悲しみの咆哮を上げる姿は酷く滑稽なものに映っただろう。
実際、カジノを運営している人達は一真の嘆いている姿を見て愉悦に浸っていたのだ。
「……失ってしまったものは仕方がない。切り替えていこう」
嘆いていても失ったものを取り戻す事は可能かもしれないが、限りなくゼロに等しいので一真はすくっと立ち上がり、思考を切り替えた。
とりあえず、時間は潰せたから、訓練所に向かえば一星が待っているかもしれないと一真は訓練所へ向かう。
訓練所へ向かいながら一真は連絡先を交換しておけば良かったと、少しばかり後悔していた。
「ここか……」
ホテルの中にある訓練所に辿り着いた一真。
訓練所の扉が閉まっているから中に一星がいるかどうかは分からないが、入ってみない事にわからない。
「お邪魔しま~す」
恐る恐る中へ入ってみると、訓練所の中では白い胴着を纏い、プロテクターで急所を守っている一星と袴を着ている椿が組み手を行っていた。
どうやら、場所は合っていたらしい。
時間の指定はしていなかったから遅刻ではないが、どうやら一真を待っている間、二人はずっと組手をしていたようだ。
一星の額からは玉のような汗が流れ落ちている。
「どうやら、来たようですね」
一星と組手をしていた椿は手を止めて一真の方へ顔を向けた。
こっそりと中に入ったつもりだったが椿に気づかれてしまい、一真は媚びるような笑みを浮かべる。
「えへへ……」
普通なら気色が悪いと一蹴するか、もしくは遅れてきた事に不満を示すかなのだが、一星は一真が来てくれた事が嬉しく、爽やかな笑みを浮かべて歓迎する。
「来てくれたんだな! 皐月!」
「まあ、約束してたし……」
一星の反応に一真もほんの僅かに残っていた良心がチクリと刺さり、流石に少しだけではあるが罪悪感を抱いた。
「あ~、ウォーミングアップは済んでるみたいだし、早速やるか?」
「俺はいいけど、皐月はいいのか?」
「問題ない。言っただろ? 俺の心は常在戦場だ。何時如何なる時だろうと戦えるのさ」
「お、おお。そうか! それじゃ、すぐに始めよう!」
と、一星が言うと椿が審判を務めると言い出した。
「では、私が審判を務めましょう」
「ああ、頼む」
「よろしく~」
「ルールはどのようにしますか?」
二人の間に立っている椿は一真にルールを尋ねる。
一星がお願いしたのであり、態々引き受けてくれた一真にこそルールを作る権利があった。
「う~ん。二人はいつもどんなルールで稽古してるんだ?」
「え? 基本はルール無用だな。まあ、俺じゃ椿とまともに戦えないからってのもあるけど……」
「そうですね。ルールというよりは制限でしょうか。私はご主人様と組手を行う際は金的、目つぶしといった急所を狙わないようにしています。後は締め技であったり、寝技であったり、片手、片足を禁止するといったところですね」
「なるほどなるほど。それじゃ、如月。お前に訊こう。手加減した状態と本気だとどっちがいい?」
「勿論、本気で!」
「わかった。なるべく急所は避けてやる。さあ、始めようか」
「では、お互いに離れて」
すぐに組手を始める事となり、一真と一星はお互いに背を向けて離れる。
数メートルほど離れた二人は向かい合って、ファイティングポーズを取った。
そこで一星がふと一真に防具が付いていない事に気が付き、構えをとくと防具を付けないのかと尋ねた。
「皐月。プロテクターはつけなくていいのか?」
「問題ない。皐月流を教えてもらった時も防具はなしだったからな」
「そ、そうか。皐月流は厳しいんだな……」
「当り前だろ? 置換の異能しか持ってない俺が宗次先輩に勝てたのは皐月流があったからだぞ」
「まあ、確かに……。そこまで強くなるにはそれだけの覚悟が必要って事か……」
「おい、そろそろいいか?」
「ああ。悪い。椿、合図を頼む」
一真の答えに納得のいった一星は椿に試合開始の合図を頼んだ。
コクリと椿は頷いて、片手を挙げると両者に目を向けてから、掛け声と共に片手を振り下ろした。
「始めっ!」
椿の手が振り下ろされた瞬間に一真は駆けだした。
身体強化こそされてないが、それでも常人には理解出来ない速度で一星の懐へ飛び込み、掌底を繰り出す。
一真は一星の顎を見事に打ち上げ、彼の意識を飛ばした。
そして、崩れ落ちる一星の側頭部に向かって回し蹴りを叩き込み、完全に勝負を決めたのである。
「……如月の意識を飛ばしたんだが、なんで消えてないんだ?」
一星の意識は完全に失われており、彼が星空ノ記憶で呼び出した椿は消えるはず。
それなのに椿が消えていない事に一真は疑念を抱き、当然のようにこちらを見ている彼女に問いかける。
「恐らくですが、一種の防衛反応ではないかと思われます」
「防衛反応? つまり、すぐには消えないって事か?」
「そうみたいです。ご主人様が気を失っても私が消えていないのが証拠かと……」
「なんだそりゃ!? とんでもねえ能力だな……」
「以前はこうではなかったのですが……」
「え? じゃあ、成長したって事?」
「もしかしたらですが……」
「おいおい、マジか~……」
椿の言葉が本当ならとんでもない事だ。
今までは星空ノ記憶の所有者である一星をを倒せば、それで終わりだ。
しかし、一星が気を失っても星空ノ記憶で呼ばれた英雄が健在なら話は変わってくる。
「どういう能力なんだよ……」
「分かりませんね。今まで前例がない異能ですから」
「所有者をぶっ倒しても呼ばれた英雄が消えないのは脅威でしかないぞ。しかも、疑似的な死者蘇生だ。下手をしたら手に負えなくなる」
「あ……」
「どうした? 何か分かったか?」
「どうやら、消えるみたいです」
そう言う椿の手はうっすらと透けはじめていた。
その様子を見ていた一真はひとまず安心する。
もしも、一星が死んでも彼女が残り続けるような能力ならば、今後悪用されないとも限らない。
一星の人格ならば、そのような事はないだろうが、用心する事に越した事はない。
「言い忘れてました。試合、お見事でした」
「どうも。本気って言われたけど、手加減はしておいたから。しばらくしたら、起きると思うよ」
「分かっていますよ。それくらいは。もし、貴方が本気だったなら最初の掌底で顎は砕け、最後の蹴りで首の骨が折れていたでしょう」
「まあね。流石に殺すほど嫌ってないし、そもそもそこまでの恨みなんてないからさ」
そう言いつつ一真は一星を抱き上げると、訓練所の壁際に運ぶ。
一星を運び終えた一真は肩を回しながら椿の方へ近づき、彼女の目を真っすぐに見つめた。
「それで? さっきから俺と一戦やりたそうにしてるけど……どうする? お前のご主人様は眠ってる今がチャンスだぜ? 消えるまであと少しだけあるだろ?」
「……ふふ、私にチャンスを与えてくださるとはいい人ですね。貴方は」
「美女には優しいもんでね」
椿の闘志が膨れ上がり、空間が歪んでいるかのような幻影が一真の目に映る。
どうやら、彼女はやる気らしい。
今、彼女のご主人様である一星は気を失っており、命令に従う必要はない。
そして、ここは一星の命を脅かすような存在はなく、安全が保障されているので心置きなく戦う事が出来る。
であれば、消えるまでの間、少しくらい羽目を外してもいいだろうと椿は枷を解き放った。
「桜花一心流柔術! 免許皆伝! 日ノ森椿! 推して参る!」
「皐月流後継者! 皐月一真! いざ尋常に勝負!」
過去の英雄と現代の英雄がぶつかり合う。
観客のいない世紀の大激突。
一真は椿が消えるまで戦い続けるのであった。
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