第71話 まあ、仕方ないか

 料理を取りに行った三人だが、それぞれ待たせている人がいるとの事で分かれる事になる。

 隼人は詩織と、宗次は蒼依と合流し、仲睦まじく料理に舌鼓を打ち、会話に花を咲かせる。

 そして、一人になった一真はそそくさと会場のすみっこへ移動し、料理を口へ運んでいく。


 悲しい事に一真はまだ許されていないので女性陣に見つかったら、どうなるか分かったものではない。

 勿論、何度も頭を下げて、謝ってはいる。だが、許されてはいない。

 だからこそ、ホテルの最上階から吊るされて放置されていたのだ。


 会場の隅で壁に顔を向け、こっそり食事を楽しんでいる一真の背後に忍び寄る影。

 不穏な気配を感じて一真が振り返ると、そこには突然振り返った一真に驚き、目を丸くしている一星がいた。

 一真は一星の背後を確認し、他に人がいない事を確かめると、ほっと息を吐いて胸を撫でおろした。


「なんだ。お前か……。なんか用か?」

「いや、一人で食べてたから珍しいと思って」

「珍しいっていうか、なんでお前がそんな事を気にするんだよ?」

「あ、いや、だって、いっつも皐月の周りには誰かしらいるだろ?」

「……まあ、いるけども。今はちょっとな」

「ああ。なるほど……」


 一星も一真がこそこそと隅の方で食事をしている理由を察し、憐れんだような目を向けた。


「それよりもお前の方こそどうした? 取り巻きがいないようだけど」

「俺も同じだよ。まあ、皐月と違って喧嘩してるわけじゃないけど」

「そういう事か。お前の取り巻きは友人がいるわけね」

「まるで俺に友人がいないような言い方はやめてくれ」

「いるのか?」

「…………一人くらいは」

「そいつはお前の事を友人と思ってくれてるのか?」

「皐月の事なんだけど……」

「……ハハ、笑えねえ。もしかして、お前、俺以外からも結構嫌われてるのか?」

「き、嫌われてるわけじゃないと思うが……」

「まあ、男子はお前の事を嫌ってそうだな。女子の方は面倒くさいのと気を遣ってくれてるのかな?」

「そ、そうなのか……」

「まあ、そう落ち込むなよ。いつか友達百人出来るって」


 馬鹿にしたような笑みを浮かべながら一真は落ち込んでいる一星の肩を叩く。


「皐月は俺の事を嫌いだって言いながら割と喋ってくれるんだな」

「嫌いって言っても心底嫌いってわけじゃないしな。顔も見たくない、口も聞きたくないとかそういうのはないぞ」

「それだけでも今は有難いよ……」

「まあ、俺は普通に友達沢山いるけど」

「お、俺だって友達はいるさ……」

「同性のか?」

「…………異性」

「下ネタ言い合ってゲラゲラしたり、下らないギャグで爆笑したり、好きな女の子について語ったりとか出来ないのか。可哀そうに……」

「やっぱり、友達同士でそういう話するのか!?」

「俺はする。残念だがお前とはしないが」

「なんで!?」

「面白くなさそうだから」

「大して話した事もないのに決めつけるのはよくないだろ!」

「う~ん……。じゃあ、面白い話をしてみてくれよ」

「え、あ、じゃあ、この前の事なんだけど」

「やっぱいいや。なんか出だしから面白くなさそう」

「なんでだよ!? 最後まで聞いてからそういう事は言ってくれよ!」


 しばらくの間、一星をからかう一真。

 嫌いだと公言しながらも一真は一星と会話を続け、晩餐会を楽しんでいた。

 しかし、やはり花がないのは寂しい。

 いつもならば女性陣が周りにいると言うのに、今は一星以外誰もいない。

 会場の隅で男二人が寂しく食事をしているのだ。

 とはいえ、怒ったり、笑ったりしているので楽しそうではある。


「ところで気になってるんだが、お前が決闘で負けたら女の子を紹介してくれるって話だったけど、どういう子なんだ?」

「突然だな。一応、皐月のリクエスト通り、大人しくてお淑やかな子かな。第一異能学園の図書室によくいて、色んな本を読んでるんだ」

「……仲がいいのか?」

「ん? ああ。俺の異能は過去の英雄を呼ぶものだろ? だから、図書室で資料とか一緒に集めたりしてくれるいい子なんだよ」

「殺すぞ?」

「だから、なんでぇ!?」


 話を聞く限りでは、確かに一真が望んでいた大人しくてお淑やかな女の子なのだろう。

 だが、どう聞いても一星に気があるようにしか思えない。

 決闘に勝利した暁に紹介してもらっても、きっと不幸な結末を迎えるだけだろう。しかも、一真だけでなく相手の女性にもだ。

 それは流石の一真も耐え難いものなので今回の話は完全に無かった事になる。


「悪いが決闘の話はなしだ」

「どうして!?」

「どうしてもうこうしてもないわ、ボケ! 学園に戻ったら、その子に今回の話をしてみろ。確実に泣かれるぞ」

「え? そうかな? ちょっと、友達に紹介するくらい問題ないと思うけど?」

「馬鹿! アホ! 間抜け!」

「いきなり酷い!」


 流石に「その子はお前の事が好きなんだぞ」とは言えない一真は小学生のような語彙力で一星を罵倒する。


「はあ……。まあいい。といあえず、決闘の話はなしだ。いいな?」

「いや、納得できない。俺はちゃんとメリットを提示したんだ」

「お前、前も言ったけどお願いしてる立場の癖に図々しいな」

「それくらい俺は強くなりたいんだ」


 真剣な眼差しで一真を見詰める一星。

 一星から強くなりたいと言う確固たる意志が伝わった。

 だが、よくわからない。

 何故、そうまでして強くなりたいのかが。


「なんでお前はそんなに強くなりたいんだ? 今のご時世、確かに平和だとは言えないがそこまで強くなる必要はないだろう?」

「皐月の言う通りだが……年末年始の大規模テロは覚えてるだろ?」

「ああ。でも、紅蓮の騎士が解決してくれた。多少の犠牲は出たが、被害はそこまでじゃなかっただろ? 特に日本は他の国に比べても被害は少なかったはずだ」

「それは分かってる。でも、また同じような事が起きないとは限らないだろ? その時に俺はせめて手の届く人達くらいは守りたいんだ……」

「お前のその気持ちは立派だが……ぶっちゃけ英雄をもっと呼べるようにした方が良くないか?」

「うぐ……それはそうなんだけど。結局、俺自身が弱かったらダメだろう? だって、俺の異能は俺自身が最大の弱点なんだから……」

「ああ、そうだな。お前を戦闘不能にすれば英雄も消えるから、積極的に狙うな」

「だろう? だから、俺は少しでも強くなりたいんだ」

「なるほど。理由は分かった。でも、俺じゃなくてもいいだろう? お前には過去の英雄がついてるんだ。その人達に強くしてもらえよ」

「勿論、そのつもりだ。だけど……戦いに不向きな異能ながら誰よりも強い皐月に教わりたいんだよ」

「あ~、ま~、そのなんだ。そう評価してくれるのは嬉しいんだが、やっぱり無理だ」

「ッ……。どうしてもか?」


 諦めきれないといった表情で一星は一真に尋ねる。

 一真は目を瞑り、どう答えようかと思案する。

 嫌いだとは言ったが心底嫌いではない。

 むしろ、懸命に努力しようとしている所は好感が持てる。

 なら、少しくらいは稽古をつけてもいいだろう。

 一真はそこまで考えると、目をゆっくりと開けて一星を見据えた。


「わかった。如月、晩餐会が終わった後、一回だけ稽古をつけてやる」

「ほ、ほんとか!?」

「ただし、条件がある。一度でも弱音を吐けば、その瞬間に終わりだ」

「ああ! わかった!」

「それじゃ、飯を死ぬほど食え。それが消化出来たら、訓練所に来い」

「おう!」


 一真から色よい返事を貰えた一星は嬉しそうに駆け出すと、大量の料理を皿に盛った。

 そして、豪快に食べ進めて行き、喉に詰まらせるとすぐさま近くにいた可憐が一星に水を渡す。


「全く何やってるのよ……」

「ごめんごめん、ありがとうな。可憐」

「べ、別にこれくらいなんでもないわよ」


 そのやり取りを会場の隅っこで見ていた一真は、やっぱり稽古をつけるのをやめようかと本気で迷うのであった。


「憎い、奴が憎いぃ……!」

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