第70話 異議ありぃ!
手の平を返した一真はフレンドリーな態度で一星の肩を抱き、陽気なリズㇺで歩き出した。
待っているのはバラ色の未来。
まだ見ぬ理想の女性に一真は夢見ながら部屋を出て行こうとするのだが、その行く手を阻む者達がいた。
「か・ず・ま」
ニッコリと笑みを浮かべているアリシアとシャルロットが一真の前に立ち塞がる。
とても素敵な笑顔だが纏っている暗黒オーラに一真は冷や汗をダラダラと流し、アリシアと同じようにニッコリ笑みを浮かべると方向転換して逃げ出そうとする。
「どこへ行くの?」
振り返った先には楓達が仁王立ちしていた。
前門の虎後門の狼とはまさにこの事である。
窮地に陥った一真は最後の手段に打って出る。
「お願い! 命だけは!!!」
そう命乞いである。
地面に両膝を着き、神へ祈るかのように両手を合わせて、女性陣に命乞いを始めたのだ。
一真はみっともないくらいに泣き顔を晒しながら命乞いをするのだが、女性陣はやはり許す事は出来ないという面持ちだ。
何せ、一真にはすでに好意を打ち明けており、返事を待っている状態なのだから。
だというのに一真は返事もせず、のらりくらりとしているだけで真剣に考えている素振りすら見えない。
そして、挙句の果てにはまだ彼女が欲しいからと一星に紹介してもらおうとしているのだから、女性陣が腹を立ててしまうのも無理はないだろう。
「じゃあ、これから裁判をします!」
アリシアの宣言に女性陣は頷き、一真の罪状を決める裁判が行われる。
「弁護士を! 弁護士を呼んでくれ!」
せめてもの抵抗とばかりに一真は弁護士を求める。
茶番劇であるが見世物としては最高に面白いので宗次が一真の弁護人として名乗りを上げた。
「それなら俺が弁護士になってやろう」
「おお……! 宗次先輩!」
「じゃあ、検察官は私達ね」
そう言って宗次の反対側に出てきたのは詩織と蒼依の二人だ。
彼女達は隼人と宗次の彼女であるが、今はアリシア達の味方である。
曖昧な態度で女性の心を弄ぶ一真に対して二人も怒っていたのだ。
無論、一真は弄んでいるつもりはないのだが、その態度はいただけない。
「……すまない。一真。最悪、死刑もあり得るかもしれん」
「そ、そんな!? なんとかならないんですか!」
「無理だ。お前はこの裁判で勝ち目はない」
「お、俺は新旧生徒会バトルロイヤルの立役者なのに……」
「それだけじゃ減刑にはならんのだ……」
「ど、どうすればいいんですか……?」
「潔く腹を切って詫びよう」
「死ねって事じゃないですか! ヤダーッ!」
そもそも最初から死刑は確定していた。
この茶番劇では一真に改めて女性陣の怒りを思い知ってもらうためだ。
空気が読まなかったり、変な所で鈍感だったりする一真だが、自分が悪いという自覚はあったようで、もう逃げ出すような真似はしなかった。
「覚悟は決まったようね……」
「裁判してないですけど、もう死刑執行するんですか……?」
「YES!!!」
「ここでは他の方々に迷惑ですので別の場所へ行きましょう」
シャルロットに首根っこを掴まれて一真は引きずられていく。
一真を慕う女性陣が出ていき、残された生徒達は彼の無事を祈りながら、各々の部屋へ戻るのであった。
◇◇◇◇
日は沈み、星々が煌めく夜空の下、ひと際大きな泣き声が響いていた。
「おおおおおおん! おんおん! うおおおおおん! おんおん!」
布団でぐるぐる巻きにされ、試合後のボクサーみたいに顔を真っ赤に腫らし、滂沱の涙を流している一真がホテル最上階から吊るされていた。
一種のオブジェクトのようになっており、大変面白い光景なのだがホテルの景観に似つかわしくない。
その為、本来ならホテル関係者が早々に助けたりするのだがアリシアに止められているので友人である宗次達が救出した。
「ありがとうございます……」
「前回の砂浜に埋められるよりは幾分かマシだったな」
「どっちもあまり変わらないと思うけどね」
「まあ、悪いのは俺だから甘んじて受けますけどね」
「自覚してるのかよ……」
「尚更、質が悪いね。それなら、どうして彼女達の告白に返事をしないんだい?」
「隼人の言う通りだ。普段から彼女が欲しいって言ってるんなら、告白を受け入れちまえばいいのに、なんで渋ってるんだ? もしかして、日和ってるのか?」
「…………」
沈黙が答えであった。
二人の言葉に何も言い返せない一真はただジッと夜空を見つめている。
その様子を目の当たりにした二人はあまりの衝撃に目を見開いた。
「マジでか……」
「今世紀一番の衝撃かもしれない……」
「ひ、酷い言い草ですね。だって、仕方ないじゃないですか。今までこんな事なかったんですから」
仲のいい女の子は昔からよくいた。
だが、告白された事は一度もなかった。
それは異世界でも同じであり、今まで経験した事がなかったのだ。
だから、分からない。
どうすればいいのか。どう答えればいいのか。
何が正解で、何が不正解なのか。
勇者として鍛えられ、幾千、幾万もの敵を打ち倒してきた一真だが、初めての告白にひどく動揺しているのだ。
「今まで告白された事なかったのか?」
「ないですよ。仲のいい女の子はいましたけど、なんか最終的に友人のままでみたいな感じでした」
「一真君は昔からそんな感じなの?」
「まあ、あんまり変わったような気はしないですね。強いて言えば皐月流を継承して強くなった事くらいですか」
「一子相伝の皐月流は置いておいて、まさか一真が年齢=彼女なしとは思わなかったな。結構、女の子とは仲がいい方だろう? 女ウケのよさそうな顔をしてるし、性格も悪くない」
「それに学力は低いけど、運動神経抜群、家事スキルマックス、コミュニケーション能力もある。これで彼女がいないのが不思議なくらいだよ」
「そこまで褒めてもらえると嬉しいですね!」
二人からの評価に一真も照れ臭そうに笑って嬉しそうにしている。
「まあ、外野の俺達がとやかく言えるような事じゃないが、しっかりと彼女達と向き合ってやれよ」
「そうそう。後悔のないようになんて言うつもりはないよ。付き合おうが付き合わまいが後悔する時は必ず来る。だから、腹を括るんだ。どんな結末を迎えようともそれが自分で選んだ道なんだからね」
「なんか先輩らしいっすね!」
「「先輩なんだよ!」」
すっかり忘れているようだが二人はれっきとした先輩だ。
もう卒業生で今年から国防軍に入隊が決まった期待の星である。
ただし、残念な事に二人の配属先は愉快な一真の仲間達のもとである。
当然、二人はその事を知る筈もなく、来る入隊日に期待を膨らませていた。
「それよりも早くホールに向かおう。もう晩餐会は始まってるだろうからね」
「そうだな。ここでくだらない話をしている場合じゃないな」
「腹減って死にそうですわ。さっさと行きましょう!」
いつの間にか真っ赤に腫れあがっていた顔はすっかり元通りになっており、一体どういう体質なのだろうかと二人は一真を不思議そうに見つめていたが、今更考えても仕方がないと割り切り、先を行く一真を追いかけた。
ホールに着くと、そこでは晩餐会が行われており、ドレスアップした生徒達が楽しそうに食事をしていた。
生徒達の大層な身なりに一真が首を捻っていると、数人のホテルマンが現れ、口を開く暇もなく連行される。
連れて行かれた場所を見て一真は理解した。
生徒達がドレスアップしているのはホテル側の粋な計らいによるものだったという事を。
「どうっすか!」
「元気だね~」
「おう。似合ってるぞ!」
「へへへ~!」
黒を基調としたオーソドックスなタキシードを着た一真。
一真を褒めている隼人と宗次も用意されていたスーツを着ており、いつもとは一味違う魅力を見せていた。
「それにしても豪華ですね」
「まあな。これも紅蓮の騎士のおかげだわな」
「そうだね。一真君が友人なのは驚いたけど、こうしてこんなにも素晴らしい催しに参加させてもらえて有難い限りだよ」
「つまり、俺のおかげですね!」
「「はいはい、そうだね」」
「もっとありがたみを込めてくださいよ!」
実際、一真と紅蓮の騎士は同一人物なので言っている事は正しい。
ただ、一真が紅蓮の騎士だという事を知っているのは一部の人間だけなので隼人と宗次の反応は仕方のない事だろう。
「まあ、なんにせよ。晩餐会を楽しみましょうか!」
「それもそうだな。ここで喋ってないで俺達も飯を食おうぜ」
「流石にお腹が限界だったから賛成。早く行こう」
三人は仲良く一緒に料理を取りに向かった。
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