第67話 怖いのは君達だ

 本来なら片腕を失った時点で決着はついているのだが一真からすれば丁度いいハンデにしかならなかった。

 先程、垣間見た一真の殺気に四人は心底怯えたが戦意は失っていない。

 今は一真の片腕がなくなり、先程よりも攻め入る隙が生まれた事に感謝をしている。こうして互角に戦えているのだから。


「ハハハハハハハハハハッ! どうした! 俺は片腕がないんだぞ! だというのに! やる気はあるのか! お前達!!!」

「これでも精一杯やってるわ! 片腕なくしてるとは思えん強さのお前がおかしいんだよ!」

「現代人怖いな! 俺もイビノムや犯罪者と多くの敵と戦ってきたけど、ここまでイかれてる奴は初めてだぜ!」

「同感です! 私も兄さんと一緒に数多くの敵と戦ってきましたが、ここまで非常識な人間はいませんでしたよ! 彼は本当に人間なんですか!?」

「見ての通り人間ですよ! 一つだけ言えるのは理不尽なくらいに強いって事です!」


 四人相手に一歩も引かない一真。

 四人同時に攻撃を仕掛けていると言うのに一撃も当たらない一真に理不尽さを覚える宗次、疾風、雷華の三人。

 そして、これこそ一真の真骨頂であると敬意を抱きつつも、それはそれとして頭に来ている詩織。


 片腕がなくなったのだから、少しくらいは弱くなっていて欲しいのに、普段通りどころか、これまでで一番強いとすら思える。

 実際、その通りなのだろう。

 宗次、疾風、雷華の三人に加え、限界を振り絞って戦っている自分を相手に優勢なのだから。

 ムカつくと腹を立てて詩織は目から電撃を放ち、不意打ちを試みたが既に一真は見切っていた。


「おっと!!!」

「なんで分かるのよ!」

「一度見たんだから攻撃の起点は読めるさ! しかし、それはそれとしてやはり怖いな!」

「怖い……? え、何が?」

「何がと言われても一つしかないだろう。貴女だよ。西条先輩」

「私?」


 言っている意味が分からなかった。

 戦闘において無類の強さを誇り、四人を相手にしても一歩も引かない一真が怖いと言うのだ。

 詩織は一体何を恐れているのか、さっぱりわからなかった。


「まるで分からないといった表情を見る所、本当に分かってないようなんで軽く説明しますわ」


 そう言って一真は赤子の手をひねるように宗次、疾風、雷華の三人を殴り飛ばした。

 信じられない光景に詩織は開いた口が塞がらないが、紛れもない現実である。


「俺が怖いのは未知数だからですよ」

「未知数……?」

「そう。これは西条先輩だけに限った話じゃありません。宗次先輩も隼人先輩も同じように未知数で怖い。何故ならば、貴方達は俺の教えを守り、貪欲に知識や技術を吸収し、日々成長している。勿論、いつかは天井が来るでしょう。強さは頭打ちになり、成長する事はなくなるかもしれません。ですが、これまでに得た経験、知識は糧となり、血肉と化す。そうして、強くなるんです」

「……一真君ってホントに不思議な子ね。一体、普段の貴方と今の貴方、どっちが本当の姿なのかしら?」

「さて、それは自分で確かめてください」


 殴り飛ばされた三人が起き上がり、一真のもとへ飛んでくる。

 これ以上、悠長にはしていられないと一真は口を閉ざし、拳を構えた。

 詩織もこれ以上の問答は戦いが終わった後にもう一度しようと決めて、一真へ向かって電撃を飛ばす。


「先程までお喋りをしていたというのに容赦がないな! 西条先輩は!」

「何言ってるのよ! 誰かさんから教わった事でしょ!」

「フハハハ! そうだったな! 俺が叩き込んだ事だった!」


 迫り来る電撃を掻い潜り、詩織の懐に潜り込む一真。

 間合いに侵入した一真は必殺の一撃を叩き込もうと踏み込んだが、そこに疾風が飛び込んでくる。

 詩織の撃破を疾風に邪魔されてしまう一真は囲まれるのを防ぐために後ろへ跳び、四人から距離を離した。


「……そろそろ決めようか!」


 一真は疾風、雷華の動きを学習し終えた。

 次にどのように動くかをある程度、予測出来るようになったと一真は自信満々に笑う。

 だが、不安要素が二つだけある。

 それは先程自身が述べていた詩織と宗次の存在だ。

 この二人がこの戦いを通して、新たな成長を見せ、さらなる進化を遂げたなら一真にとって脅威になり得るかもしれない。

 だからこそ、一真は既に完成され、強さが完結されている疾風と雷華の二人を選択肢から除外し、最初に倒すべき相手を詩織と定めた。


「行くぞ!!!」

「来るぞ!!! 全員、死ぬ気で抵抗しろ!」


 宗次が掛け声を出し、四人がぶつかり合う。

 一真は囲まれないように上手く立ち回り、風の鎧を纏っている疾風を薙ぎ倒し、果敢に電撃を使って攻めてくる雷華を叩き潰す。

 残った宗次と詩織は圧倒的な一真の強さに歯噛みするが、一瞬でも気を緩めれば敗北は必須だと気合を入れる。

 結界で自身を守りつつ宗次は模倣した最後の異能、念力で攻撃するが予備動作、視線の動きから一真に全て見抜かれてしまい避けられてしまう。


「くそ!」

「悪態を吐いている暇があるのならもっと足掻いて見せろ!」


 眼前にまで迫り来る一真に宗次は結界を張って防御を固める。

 ダメ押しとばかり両腕を交差させ、盾にして身を守る。

 しかし、最早一真からすれば結界で防がれようと、両腕を盾代わりにしようと関係ない。


「見せてやる! これが皐月流奥義! 羅漢鳳凰拳らかんほうおうけん!」


 でっち上げの武術であるが威力だけは本物である。

 片腕がない状態で構えた一真は残った腕を螺旋状に回転させながら打ち放ち、宗次の結界に掌底をぶつける。

 結界で守られている宗次はノーダメージに思われたが、羅漢鳳凰拳の真骨頂はここからであった。


「がはぁッ!?」

「こいつは相手が分厚い鎧に守られている相手に使う技でね。浸透勁ってやつさ。相手の内部に直接ダメージを与えるんだ。結界の上からでも十分通じただろう?」


 戦闘不能にこそなっていないが背中を地面に打ち付けている宗次はお腹を抱えて苦しそうに悶えていた。


「さて、これで邪魔者はいなくなった! 西条先輩、覚悟!」

「そう簡単にやられてたまるもんですか!!!」


 バチバチと電撃を全身から迸らせ、詩織は一真に向かっていく。

 積極的に詩織は片腕がない半身を狙い、徹底的に攻める、

 執拗に半身を狙われる一真だが、悪感情は一切ない。

 むしろ、内心で喜んでいた。

 相手の弱点を突く事は戦いにおいて重要であり、反則でも卑怯でもない。

 なんなら推奨するほどの事であり、一真もそう教わっていた。

 何せ、負ければ全てを失うのだ。命も尊厳も歴史すらも。

 勝利こそ正義であり、歴史の証明者なのだ。

 であるならば、何が何でも負けられない。

 だからこそ、相手の意表を突き、油断を誘い、弱点を狙う。


「ハハハハハ! 厭らしくなったな! 西条先輩!」

「言い方! 厭らしいってなんか嫌!」

「しかし、それ以外思いつかん」

「せめて、悪辣とか質が悪いとか他にも言い方があるでしょ!」

「なるほど! 勉強になった!」


 そう言って一真は真正面から飛び込み、詩織は迎撃するが一真に触れた瞬間、姿が消えた。


「残像ッ!? なら、こっち!」


 電撃の異能で驚異的な速度を見せる詩織は瞬時に背後に回っているであろう一真に向かって裏拳を叩き込む。

 すると、詩織の予想通り一真は背後に回っていたが、裏拳が叩き込まれた瞬間、陽炎のように姿を消した。


「これも残像!? まさか!」


 咄嗟に上を見る詩織。

 しかし、そこに一真はいなかった。


「いない!? じゃあ、どこに!?」

「元から正面ですよ!」

「え……?」


 一真の声が聞こえた瞬間、振り向く詩織。

 呆けた声を出した瞬間、ズグンッと胸に衝撃が走り、胸元に目を向けると、そこには一真の貫手が差し込まれていた。


「あ……」

「これにてお終いです」


 一真が貫手を詩織の胸から引き抜こうとした瞬間、


「乙女の胸に触っといて、タダで済むと思うんじゃないわよ!!!」


 彼女はログアウトする寸前に最後の抵抗とばかりに全身から電撃を放つ。

 これには一真も驚きを隠せず、目を見開いていた。

 しかし、このままでは詩織の自爆に巻き込まれ、戦闘不能に陥ってしまう。

 ほんの一瞬、刹那の間際に一真は置換で大量の木々を自身と詩織の間に出現させ、絶体絶命の危機から逃れるのであった。

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