第66話 魔王ですよ、あれ

 まさか、椿まで敗北してしまったとは完全に予想外である。

 せめて、もう少し粘って欲しかったが過ぎてしまった事は仕方がない。

 もう仲間もいない完全に孤立無援となってしまった。

 だが、まだ終わったわけではない。負けたわけでもない。

 五体満足で体調は万全。ならば、何も問題はない。

 そう何一つとして問題はないのだ。


「クックック、ハッハッハ、アーッハッハッハッハッハッハ!!!」


 突如として高笑いを始めた一真に旧生徒会チームは驚く。

 仲間をやられ、一人になってしまったから頭がおかしくなってしまったのだろうかと不安になるが、一真をよく知っている詩織は額から脂汗が滲み出る。


「全員、総攻撃!!! 手遅れになる前に一真君を仕留めてっ!!!」


 詩織の命令に旧生徒会チームは一瞬だけ戸惑うが彼女の命令に従い、一真へ総攻撃を仕掛ける。

 一真の近くにいた宗次達はフレンドリーファイアがなく、安心して攻撃に専念出来るのだが危険予知が発動して、この場にいては危険だと知り、急いでその場を離れた。


 旧生徒会チームの一斉攻撃により、一真の立っていた場所は爆炎に包まれ、跡形もなく吹き飛んだ。

 土煙が舞い上がり、一真の姿は確認出来ないが、流石にあれだけの攻撃を受ければひとたまりもないだろう。

 旧生徒会チームは勝利を確信し、お祝いムードになっていたが一部の者達は勝利宣言がない事に違和感を覚えていた。

 本来であれば相手チームが全滅した瞬間に勝利宣言が成され、勝利の演出として花火などが上がる。


 そして、違和感の正体に気が付いた詩織は血相を変えて叫んだ。


「今すぐ逃げて!!!」


 詩織が叫んだ時には手遅れであった。

 土煙の中から一真が飛び出してくる。

 それと同時に一真はハンドガンで手前にいた数人を葬り、着地すると同時に動揺している数人の喉をナイフで切り裂いた。


 ほんの僅かな時間に数人が倒され、圧倒的優位であったはずなのに、まるで形成逆転されたかのような状況に追い込まれた旧生徒会チーム。

 一真の驚異的な強さを目の当たりにして足が止まり、案山子となってしまった旧生徒会チームだったが詩織によって足が動くようになる。


「立ち止まらないで! 身体強化の異能者は味方を担いで離脱! 前衛は剣崎! アンタと英雄に任せる! 私は援護するから死ぬ気で頑張りなさい!」

「任せろ!!! 疾風、雷華! 聞いてた通りだ! 全身全霊、全力全開で一真を倒すぞ!」

「「了解!!!」」


 決死の作戦が始まる。

 宗次、疾風、雷華の三人が前衛を務め、詩織が援護に回り、一真と相対する。

 だが、一真は四人の予想を裏切って、後方へ下がっていき、撤退しはじめた。


「は?」

「待て! 逃がすか!」


 これからだというところで背中を向けて逃げ出す一真に戸惑いを隠せない詩織と慌てて追いかける宗次達。

 逃げていく一真を見て詩織は思考回路を高速で回転させる。

 何故、一真は逃げているのか。

 そもそも逃げるのが目的なのか。

 いいや、違う。一真であれば逃げる必要などなく、迎撃すればいいだけ。

 たった一人という状況で複数の敵に囲まれている状態だ。

 確かに逃げるのは道理ではあるが一真に限ってそれはない。

 であれば、逃げる理由がある。それは何なのか。


「まさか……!」


 最悪の想像をしてしまう。

 タダの想像でしかないが、それがどうしても正しいものだと分かってしまう詩織は腹の底から大声を出した。


「剣崎ッ! 結界を張って! 早く!!!」

「え、あ! 分かった!」


 詩織の指示に従って走り出そうとしていた宗次は立ち止まり、可能な範囲で結界を張る。

 逃げ出した一真は自分の思惑が見抜かれてしまい、悪態を吐きそうになるが、それ以上に詩織の成長が嬉しくて不敵に笑った。


「いいね~。だが、残念だったな。宗次先輩の結界がもう少し範囲が広ければ俺も分が悪かったが……」


 逃げていた一真は急旋回して逃げ出している旧生徒会チームに向かって走り出す。


「皆! 急いで結界の中に避難して!!!」


 詩織が大急ぎで宗次の結界の中へ戻ってくるように指示を出したが、もう遅い。

 逃げ出した生徒達が結界の中に戻るよりも素早く一真が弓矢を取り出し、獲物を狩る狩人のように逃げ惑う生徒達を正確無比な狙撃で仕留めた。


「嘘だろ……」

「これで……私達だけね」


 生徒会は会長、副会長、書記、会計、庶務の五人で形成されている。

 その為、旧生徒会は第一から第八までのメンバーを合わせて四十人もの戦力がいた。


 先程、新生徒会とぶつかり合い、その数を二十四人にまで減らしていたが、最初に一真と接敵した瞬間にハンドガンで八人、ナイフで四人、倒されている。

 その時点で残り半分となり、詩織が少しでも勝率を上げるため、宗次と自分以外を逃がそうとしたのだ。


 しかし、その考えを一真が見逃さず、逃げ出していく生徒を先に狙ったのである。結果はご覧の通りで一真は逃げ出した十人の生徒を瞬く間に弓矢で倒した。


「蒼依もお嬢もやられたか……」

「そうね。残ってるのは私達だけ。とはいえ、剣崎が召喚してくれた雲母坂兄妹を合わせれば四人。まだ勝てる可能性は残ってるわ」

「ちなみにだが今の一真は本気でいいのか?」

「……分からない」

「分からない? え? 鍛えてもらってたんだろ?」

「鍛えてもらったし、割と本気で戦った事はあるけど……一真君の底は計り知れないわ」

「じゃあ、アイツがガチの本気でやるって言ってたけど、まだそこまでじゃないって事なのか?」

「一真君の言葉が真実なら本気なんでしょうけど……多分、まだ上があるわ」

「冗談だって言ってほしいぜ……」


 状況だけで言えば宗次達の方が圧倒的に有利である。

 詩織、宗次、疾風、雷華といった実力者が四人も揃っており、疾風以外はほぼ無傷なのだ。

 多少、詩織は一星を倒す為に力を使ったが、まだ戦えるだけの力は残している。


「一応、確認するわよ。一真君の装備は身体強化五倍のパワードスーツ。ハンドガン、ロングボウ。これで合ってる?」

「あとはナイフだな。それからハンドガンは確か八発しか撃てないから、もう使えないと考えてもいい」

「じゃあ、後は隠し持ってる武器に注意して戦うだけね」

「何か作戦は?」

「死ぬ気で頑張る。それ以外にある? 相手は魔王みたいな一真君よ」

「シンプルで最高な作戦だな……」


 今の一真に小細工は通用しないだろう。

 こちらが作戦会議をしているのを見て、態々待ってくれているのは強者ゆえの余裕だ。

 それだけの実力差があるという事は宗次も詩織も痛いほどに理解していた。それと同時に一度でいいから一真をギャフンと言わせたいと腹を立てている。

 作戦は決まった。シンプルイズベスト、死ぬ気で頑張りましょうだ。


「作戦会議は終わったか?」

「おう。ばっちりよ」

「いつでも行けるわ」

「そうか。では、精々足掻いて見せろよ! 旧生徒会!!!」

「「上等!!!」」


 宗次と疾風と雷華の三人が一真とぶつかる。

 詩織が援護に回り、四人が乱闘を繰り広げているところへ一真に向けて電撃を放つ。

 不規則に放たれる電撃を一真はまるで未来でも見ているかのように避けると同時に三人を圧倒していく。

 当然ながら雷華も生きていた時代が時代たっだのて異能だけでなく身体能力も高く、接近戦にも覚えがあった。

 無論、言うまでもなく英雄と語り継がれる雷華も疾風と同様に強いのだが、それ以上に一真が強い。


「どうした、どうした! その程度か!」


 最早、生まれてくる時代ではなく世界を間違えたとのでないかと言わんばかりの一真。

 詩織の視界の先ではバトル漫画のように乱闘を繰り広げている四人。

 当然、仮想空間からログアウトした生徒達も食い入るように観戦していた。


 勿論、最初から観戦しているアリシア、シャルロットの二人は大興奮で椅子から立ち上がり、一真を応援している。


「フォオオオオ! 行けーッ! 一真!」

「そこです! 一真さん! 内臓を抉る様にボディブローです!」


 観戦席は大盛り上がりだ。

 一真と四人の熱いバトルに観客は沸き上がり、興奮が収まらない。


「……遠距離からの電撃は全部避けられる。こうなったら私も腹を括るしかないわね」


 接近戦はあまり得意ではないが詩織は乱戦し、混沌と化している四人のもとへ飛び込む。

 一真に教わった技術を用いて身体能力を電撃で向上させ、無理矢理、四人の土俵へ上がり込んだ詩織。

 詩織が加わった事でさらに苛烈さを増す戦い。

 一真は四人を相手に不敵な笑みを零し、ギアを上げていく。


「フハハハハハ! いいぞ! もっとだ!」

「くそ! マジで魔王じゃねえか!」

「これが現代人の強さかよ!」

「この人、絶対に生きる時代を間違えてますよ!」

「本当にムカつくくらい理不尽な強さね!」


 四人掛かりでも一真に傷一つ負わせる事が出来ない。

 息の合っていなかった連携も段々と研ぎ澄まされ、強さを増しているはずなのに、その速度を超えて一真が力を増していくのだ。

 まるで戦っている最中に成長しているようで宗次達は焦り始める。

 宗次達は一真が成長していると勘違いしているが実際は違う。

 一真は四人の動きを学習し、徐々に抑えている力を解放していっているだけで強くはなっていない。

 ただ、相手からすれば強くなっているように見えるので宗次達が勘違いしてしまうのも仕方のない事だろう。


「(たった一度きりだけど一真君を倒すには奥の手を使うしかない!)」


 激しい戦闘の中、詩織はずっと練習していた奥の手を使う事にした。

 これならば一真でさえも出し抜き、致命傷を与えられると確信している。

 吹き荒ぶ嵐のように戦っている最中に詩織は一真の不意を打つように目から電撃を放った。


「なっ!?」


 一真は以前、異能について教えた事があったがまさか実現させてくるとは思いも寄らなかった。

 基本、異能者は手といった分かりやすい部分から異能を使う事が多い為、予備動作さえ分かれば炎だろうと雷だろうと避ける事は出来る。

 とはいえ、射出速度が速い為、一般人には無理な話だが。


「嘘っ!? 今のを避ける!?」

「ハハハハハハ! 今のはよかったぞ! 俺も少し焦ってしまった!」

「上出来だ! 西条! 一真の片腕を奪ったんだからな!」


 詩織は一真から教わっていたように頭といった小さな的を狙うのではなく、胸といった大きな的を狙ったのだ。

 目から電撃が飛んでくるとは思ってもいなかった一真はほんのわずかに反応が遅れ、咄嗟に電撃を避けたが完全には避け切れず、片腕を失ってしまった。


「ナイスだ! お嬢ちゃん!」

「ここが攻めどころです!」


 疾風と雷華も目から電撃を飛ばした詩織を称賛し、片腕を失った一真に容赦なく追撃を仕掛ける。


「片腕程度で俺が弱体化するとでも?」


 ゾッとするほど低い声を出す一真に根源的な恐怖心がこみあげてくる。

 死だ。目の前にいるのは、死、そのもので英雄と称された疾風と雷華でさえも飲み込まれてしまい、僅かに動きが鈍った。


「丁度いいハンデだ。見せてやろう。人間の底力というものを!」


 片腕を失ったにもかかわらず、一真の動きは一切鈍る事はなく、四人と互角の戦いを繰り広げた。

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