第61話 励ますにはやはり女性!

 ◇◇◇◇


 翌日、宿泊していた学生達は真っ暗な浜辺から咽び泣く怨霊のような声を聞いたと言う。

 果たして、アレは一体何だったのだろうか、ハワイで討ち死にした戦士の無念か、それとも不用意な発言で女性陣の怒りを買い、砂浜に埋められた哀れな男の亡霊か、謎は深まりばかりであった。


「あれ? 一真は?」

「一真君なら昨日の夜から見てないけど?」

「そうなのか……。今日はオリエンテーションの中で一番重要な新旧生徒会によるバトルロイヤルがあるって言うのに」


 朝のビッフェを楽しみながら隼人と宗次は一真を探す。

 しかし、どれだけ探しても一真の姿は見当たらない。

 そもそも、一真が姿を現せば騒がしくなるはず。

 そうならないという事は本当にいないようだ。


「まだ寝てるのか?」

「さあ? 昨日、あの後、見てないから分からないな」

「あの後って、一真がどっかに連れてかれたやつか?」

「うん。詩織に聞いたら埋められてるんじゃないかって言ってたけど」

「そう言えば、寝てる時に変な声が聞こえてきたけど、まさかそれじゃないよな?」

「一真君の事だからあり得るかもね……」


 朝食を済ませた宗次と隼人は念のために先日訪れたビーチに向かう。

 すると、そこには朝日に向かって泣いている一真の姿があった。


「おお~ん、おお~ん、おんおんおん!」


 頭だけが砂浜から出ている状態で一真は大口を開けて泣いている。

 その光景を見た宗次と隼人は、あまりの悲惨さに涙を流しそうになったが、それ以上に面白過ぎてお腹を抱える程笑ってしまった。

 ひとしきり笑ってから宗次と隼人は埋められている一真を掘り起こす。


「大丈夫か?」

「宗次先輩、隼人先輩……。助かりました」

「もしかして、昨日の晩からずっとここに?」

「はい。頭を冷やせと言われて……」

「一晩中ここに埋められてたのかよ……」

「よく耐えれたね……」

「まあ、皐月流の修業に比べれば一晩埋められても平気ですから」


 皐月流があまりにも便利過ぎる為、一真は多用しまくる。

 なにかにつけて皐月流と言っておけば大抵は誤魔化せるのだから、一真が乱用するのも無理はないだろう。


「それより今日のスケジュールは覚えてるのか?」

「覚えてますよ。午前中は今年度の学園行事についてのミーティングで午後から新旧生徒会のバトルロイヤルでしょ?」

「覚えてるならいいけど、大丈夫そうか?」

「体調なら問題ないすよ。どのような状況であろうと、どのような状態であろうと戦闘に支障はありません」

「まあ、一真君だからね」

「そうか。俺の楽しみはそれだから一真が本調子じゃないのは避けたかったが、お前が万全なら問題ないな」


 新旧生徒会のオリエンテーションと言いつつも旧生徒会メンバーの卒業生組は仕事ではなく、完全に遊びに来ているつもりでいる。

 勿論、新生徒会にアドバイスなどもするが、本当に些細なものでしかなく、卒業生組は傍観しているのがほとんどだ。

 今回は運よくハワイという最高の合宿先なので、いつも以上にテンションは高い。


「ところで今年の学園行事のミーティングなんですけど、俺って参加する必要あるんです?」

「一真君は一応第七異能学園の代表者だから参加しないといけないけど……本音を言うと一真君はいなくても問題はないと思うよ」

「そうだろうな。一真はお飾りな生徒会長だろうし」

「酷い言われようだ……。しかし、間違った事は言ってないんだよな」

「副会長の朱野と書記の氷室がいれば一真君はいなくても大丈夫だよ」

「朱野と氷室って誰っすか?」

「一真君。流石にそれはないんじゃないかな……」

「…………」

「え? 本当に分からない?」

「すんません。多分、名字的に火燐先輩と雪姫先輩なんでしょうけど、名字は完全に忘れてました」

「本人達が知ったらどうなるか……」

「この事は俺と隼人先輩だけの秘密にしてください!」

「さて、どうしようかな」


 これはいい弱みを握れたぞ、と隼人はニヤリと笑う。

 一真は迂闊な発言をしてしまった事を後悔したが、もう今更であると完全に開き直り、隼人に好きにすればいいと投げやりに言う。


「あっそ。じゃあ、勝手にすればいいんじゃないすか! どうせ、俺はもう嫌われてるでしょうし!」


 プイッと一真はそっぽを向いてしまう。

 これは流石に一真も怒ってしまったのではないかと、今度は隼人が焦ってしまう。


「冗談だよ、一真君。僕と君だけの秘密にしようじゃないか」

「今更ですね。俺はもうどうでもいいです。どうせ、今更俺がどう取り繕っても嫌われてるんですから」

「嫌われてるって昨日の今日でそれはないんじゃないか?」


 宗次がそれは早計すぎるだろうと一真を窘める。

 しかし、一真は不貞腐れているようで宗次の言葉にも耳を貸さないでいた。


「いいんすよ、別に。俺なんて……」

「ダメだこりゃ、完全に不貞腐れてやがる」

「どうするかな~。こうなった一真君は面倒なんだよね~」

「何か元に戻す方法とかないのか?」

「女の子達にちやほやされると調子を取り戻すよ」

「なんて単純な思考回路してるんだ……」

「でも、昨日の件で女子から避けられてると思う。困ったね」

「仕方ない。ちょっと、俺が試してみるわ」

「え? 宗次、女装でもする気?」

「気色の悪い事を言うなよ! ちょいと試したい事があるんだ。隼人もこっちにこい」


 宗次と隼人は浜辺で体育座りをして不貞腐れている一真から一旦離れる。

 一真も耳に話し声が届かないくらい二人は離れると作戦会議を行う。


「試したい事ってのは今、俺が模倣してる星空ノ記憶に関してだ」

「今の状況にピッタリな英雄なんているの?」

「歴史にはそういった人物が何人かいるだろ。ほら、玉藻の前とか楊貴妃とか妲己とかリリスとか」

「楊貴妃は違うような気もするけど……。まあ、候補としては悪くないのかな? でも、確か星空ノ記憶で呼び出す英雄は基本的に近代だよね? そんな昔の人達も呼べるの?」

「呼べる。ただし、文献でしか記録が残ってないから、どんな容姿をしているか分からん。現代と昔の美的感覚が違ってたら、悲惨な結果になろうだろうよ」

「想像するだけで寒気がするね。世界三大美女が実は現代だと大した事はありませんでした、なんて聞きたくないよ」

「とりあえず、呼んでみるか?」

「試す価値はあるけど、失敗した時のリスクが凄まじいよ」


 要はハニートラップを一真に仕掛けるようなものだ。

 もしも、失敗すれば一真は烈火の如く怒り、余計に手が付けられなくなってしまうだろう。

 しかし、このままにしておくわけにもいかない。

 この後、始まる今年の学園行事のミーティングに不貞腐れたままの一真が参加すると非常に面倒になるのは間違いない。

 不貞腐れている一真を何とかして元に戻さないといけないのだ。


「ねえ、他には候補いないの?」

「他に候補って言ったって、誰がいるんだよ?」

「映像資料とか沢山残ってる近代の女優とかは? カテゴリ的には英雄とかじゃないけど、呼べたりしない?」

「う~ん、やってみた事がないから分からんが試す価値はあるな」

「とりあえず、一真君が好きそうなお姉さん気質でお淑やかな女優で試してみれば?」

「そんな都合のいい人物がいるか分からんが調べてみるか~」


 二人はポケットから携帯を取り出して、過去の女優を調べていく。

 一真の性癖はお正月に穂花が暴露しているので候補は絞られる。


「この人なんてどう?」

「う~ん。俺はこっちだと思うんだが」

「え~、ちょっと違うんじゃない?」

「隼人のも違うと思うぞ」


 しばらくの間、二人はネットで検索を続ける。

 そして、ようやく一真が好きそうな女優を発見した。

 二人はこれなら一真も好きだろうと頷き、星空ノ記憶で呼べるか試みる。


「来い、姉ヶ崎あねがさき魅羅みら!」


 とある時代に輝いた一つの星が宗次の願いによって呼び出される。

 降臨したのは一真が好みそうな女性だった。


「ちょっと高飛車っぽく見えるけどいけるんじゃないかな?」

「とりあえず、やってくれるか訊いてみるか~」

「マスターからの記憶である程度のいきさつは存じております。あちらの殿方を立ち直らせればよろしいのでしょう?」

「お、おう。出来るか?」

「先程も言いましたがマスターの記憶から彼について把握しております。多分、問題なくいけるかと」

「そうか。じゃあ、頼んでもいいか?」

「承知しました」


 そう言って魅羅は一真のもとへ歩いていく。

 彼女を見送った二人は本当にこれで良かったのだろうかと不安を抱えた。


「なあ、これで良かったと思うか?」

「分からないけど、今の一真君は非常に面倒だから早く元に戻って欲しいんだよね」

「もう後は成り行きに任せるか~」


 とりあえず、二人は成り行きを見守る事にした。

 魅羅が一真に近付き、語り掛けているのが見えるが二人には何を話しているのかさっぱり分からない。

 ただ、一真が酷く動揺し、狼狽えている事だけは分かるのだった。


「お兄さん、一人ですか?」

「うえっ!? だ、誰ですか、貴女は?」

「私? ふふ、誰だと思う?」


 ごく自然に魅羅は一真の隣に腰かける。

 いきなり、とんでもない美人が傍にやってきた一真は困惑するが、異世界での経験を思い出し、警戒心マックスにした。


「(人の気配がしない。人間じゃないな。恐らく、宗次先輩が星空ノ記憶で呼び出した英雄か? それにしては弱い、弱すぎる。戦闘に長けてるようには見えない。もしかして、スパイとかで活躍した人とか? 距離の詰め方があまりにも自然過ぎる。あくまで予測でしかないが、女性だと言う点からハニトラが得意な英雄と見た!)」


 ハニトラ要員というのは間違っていないがスパイという訳ではない。

 いや、演技に長けている女優であればスパイと思うのも無理はないかもしれない。

 しかし、一真は異世界で何度もハニトラに引っかかった男だ。

 今更、ハニトラを仕掛けられようとも、そう簡単には陥落しないだろう。


「急に黙ってどうしたの? もしかして、緊張してる?」

「いや、お姉さんが何者なのか考えてるんだ」

「そうなんだ。何か分かった?」

「ずばり、スパイと見た。しかも、ハニトラが得意な!」

「残念。私、女優業してたの。そういった役もやった事はあるけどね」

「女優!? 星空ノ記憶で呼べたのか……」

「呼べたみたいよ。それで一真君を元気づけて欲しいって頼まれちゃったの」

「宗次先輩……!」


 あまりにもチョロい一真は魅羅の言葉を鵜呑みし、宗次が自分を慰める為に態々星空ノ記憶で女優を呼んでくれた事に感動する。


「さてと……。ほら、こっちに来て」

「え?」


 体育座りしていた一真は敵意も殺意も感じられず、咄嗟に反応する事も出来ずに魅羅に抱きかかえられたと思ったら、そのまま寝転がされるように膝枕をしてもらう。


「わ……わぁ……」

「ふふ、いい子、いい子。一真君はよく頑張ってる。お姉さんが沢山いい子いい子してあげる」

「ふぁ……ふぁ~……」


 まさに極楽。

 一真はここが天国だと確信した。

 たとえ、仮初の幸せだろうと今だけは確かに幸せであると一真は身を委ねる。

 しかし、その時間は長くは続かない。

 星空ノ記憶で呼ばれた魅羅は任務を終えたかのように微笑むと光の粒子になって空へ溶けていく。


「うわああああああ! 待って! 待ってくれ、魅羅さん! 俺も連れてって!」

「一真君にはまだやるべき事があるでしょう。だから、ここでお別れ。頑張れ、一真君」

「う……うぅ! 俺、頑張る! 頑張ります! だから、空から見守っててください!」

「ええ、この星空から貴方を見守っているわ」


 一つの茶番劇が幕を閉じた。

 魅羅は星空に帰り、残された一真は波打ち際で決意に溢れた顔をし、涙を拭っている。勿論、涙など流れていないので只の演技ふりである。

 そこへ宗次と隼人が壮大な雰囲気を出しながら近づいた。


「そろそろ行けそうか?」

「はい! 俺は立派になるって決めたんです」

「そっか。それじゃ、行こうか」

「うっす!」


 歩き出す三人。

 一真は最後に名残惜しそうに振り返り、

「見ていてください、魅羅さん! 俺、頑張りますから!」

 と、星空へ帰ってしまった魅羅に宣言するのであった。


「アイツ、別の意味で心配になんだが大丈夫か?」

「心配ないよ。あれで通常だから」

「それはそれで心配だな」


 一真の単純な思考回路を心配する二人であった。

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