第58話 振り回される女性陣
「宗次先輩! 次、バナナボートでもしましょう!」
「いいけど、誰がバナナボートを引っ張るんだ?」
ビーチにはライフセーバーといった監視員がいるのだが、現在は一真達の遊んでいるビーチにはいない。
一真達が宿泊するホテルには従業員はいるのにビーチのライフセーバーがいないのには理由がある。
まず、海辺はイビノムが潜んでおり、現在ではほとんど遊泳禁止となっているのでライフセーバーが存在しないのだ。
今回、一真がハワイを解放した為、かつての資料を参考にライフセーバーを育成中で、オリエンテーションには間に合わなかった。
「ちょっと、適当な大人に声かけてきます!」
「適当な大人って先生達もいねえのに……」
宗次がビーチを見渡す限り、引率者の教師はいない。
しかし、VIPの方々は何名かビーチで寛いでいるので大人がいないという事はない。
もしや、一真はVIPの方々にお願いをしに行くのではないかと危惧する宗次。
その予想は的中しており、一真は軽快なステップでVIPのもとへ向かい、バナナボートをするから引っ張ってほしいと頼み込むのであった。
「斉天大聖! バナナボートしたいからジェットスキーで引っ張ってくんね?」
ビーチで日光浴をしていた斉天大聖こと
日光浴を楽しんでいたであろう王風がサマーベッドから僅かに上体を起こし、サングラスをずらして一真を睨みつける。
その光景を見ていた宗次はハラハラするが、もはや止める術はなく、何事も起きないように見守る事しかできなかった。
「いいぞ。といっても俺もジェットスキーなんて乗った事ないから練習してからでいいか?」
「乗った事ないのか?」
「イビノムのせいでマリンスポーツは経験ないんだ。まあ、すぐに慣れるだろうから、少しだけ待っててくれ」
「オッケー! 準備出来たら教えてくれ!」
「おう!」
そう言って王風と分かれて一真は宗次のもとへ戻ってくる。
「お、お前マジで凄いのな……」
「紅蓮の騎士と友好関係にある人達は皆お友達ですから」
「それだけでも威張り散らせるな……」
「そんな事したら紅蓮の騎士に叩かれますよ。俺の名前を使って何しとるんじゃ! って」
確かに一真が紅蓮の騎士と友人だからと言って笠を着た発言をすれば、間違いなく怒られるだろう。
紅蓮の騎士の友達という笠を着た一真が拳骨を落とされている姿が容易に想像出来てしまう宗次は思わず笑ってしまう。
「ふっ、確かに紅蓮の騎士はそういった悪事を見逃さそうだな」
「でしょう? あ、そうだ。バナナボートなんですけど、他にも誘いましょうよ」
「流石にVIPの人達はやめてくれよ?」
「あっちでこっちを睨んでる人達ならいいですか?」
一真が指を向けている方向には先程の恋人ごっこに腹を立たせている女性陣だ。宗次は悪寒の原因を知り、この後訪れるであろう不幸に嘆き悲しむのであった。
「どうしたんすか? 宗次先輩。なんか急に元気がなくなったみたいですけど、お腹でも減りましたか?」
「お前は幸せそうで羨ましいな……」
「唐突ですね、何か悪い事でもありました?」
「アレを見てなんとも思わないのか?」
そう言って宗次が指を差す方向には不気味なまでに微笑んでいる女性陣の姿があった。
「大丈夫っす! 俺、慣れてるんで!」
「俺は慣れたくないな~……」
その後、一真は女性陣をバナナボートに誘うため、近づいた時、袋叩きにされ、浜辺にゴミの如く捨てられるのであった。
クラゲのように波打ち際で倒れていた一真であったがバナナボートの準備が整うと、何事もなかったように復活する。
「お! 準備できたか!」
「おう! 試運転もバッチリだ! いつでも行けるぜ!」
「ひゃっほう! 宗次先輩、早速行きましょう! ほら、皆も早く早く!」
先程の事など記憶にないのか、一真はハイテンションで宗次達を誘い、バナナボートに跨る。
宗次が一真の後ろに乗ろうとしたら背後から肩を掴まれ、後ろを振り返ると、そこにはニコニコと笑みを浮かべているシャルロットがいた。
その後ろにはじゃんけんに負けて悔しそうにしている女性陣の姿がある。
はて、どうしてこのような所に聖女がいるのだろうかと宗次は疑問を抱いたが深く考えてはダメだと思い、大人しく順番を譲る事にした。
「ありがとうございます!」
語尾に音符かハートでも浮かんでそうなくらい上機嫌なシャルロットを肩越しに見つつ、宗次は後ろの方へ移動すると一真の後ろに嬉々として跨る彼女を睨みつけている女性陣を見て、思わずドン引きした。
「(こわっ! これは大変だぞ~。一真)」
今後も女性トラブルは絶えないであろう一真に心の中で宗次は合掌するのであった。
「イエエエエエエエエエエ!」
バナナボートの先頭に跨り、ハイテンションな一真。
その後ろにピッタリとくっつき、多くの男性の視線を釘付けにする豊満な胸を惜しみなく一真に押し付けるシャルロット。
しかし、一真はピクリとも反応しない。
先程からバナナボートを楽しんでいて、シャルロットの胸が当たっているのに一切ドキドキしていないのだ。
一真を抱きしめるように後ろにしがみついているシャルロットもそれを感じ取っており、不満そうに頬を膨らませていた。
「む~!」
「どうした、シャル!? 楽しくないか?」
「楽しいです! でも、思ってたのと違うな~と」
「え? そうか? 俺は楽しいよ!」
能天気にしている一真にシャルロットは不満だらけだ。
折角、水着を着て胸を押し付けているというのに。
一切興味を持たず、バナバボートに夢中になっている一真にシャルロットは腹いせとばかりに背骨をへし折るぐらいの力で抱きしめた。
「うごごごごっ! 急にどうした!?」
「知りません!」
しばらくバナナボートで遊んだ後、一真は別のマリンスポーツをする事にした。
「ウェイクボードがやりたい!」
「なら、俺が引っ張ってやるよ!」
「おお! 頼んだ、キング!」
ウェイクボードとは本来モーターボート等に持ち手の付いたロープを設置して航行し、それをボートの後部で握った人が板状の滑走具に乗り曳航されながら水面を滑るウォータースポーツであるのだが、キングが高速飛行で一真を引っ張ってくれる事になった。
「なんか違う!」
従来通りにしていればモーターボートが走行時に作る波を利用するのだが、キングが空を飛んでいるのでただ引っ張ってもらっているだけ。
それではウェイクボードとは言えないだろう。
「違うのか?」
「そもそもウェイクボードってモーターボートが走った時に出る波を利用してジャンプしたりするスポーツなんだって」
「へ~、そうなのか」
「まあ、イビノムのせいでマリンスポーツはほとんどが廃れたからな」
「じゃあ、モーターボート操縦してやるよ!」
「頼むわ!」
すぐさまモーターボートが用意され、キングが操縦方法を教わると、すぐにウェイクボートが始まる。
一真はキングの操縦する従来よりも激しい動きをするモーターボートの荒波を制し、海面で華麗なジャンプを披露した。
「ひゃっほう~! イエエエエエエエ!」
見ているだけでは面白くないアリシアと楓が二人掛かりで念力を放ち、海面で制止する一真。
念力で動けなくなっているとは知らずにキングはモータボートを走らせ、ロープを手放せない一真は水面に打ち付けられた。
「あばばばばばばばっ!」
爆笑動画のように海面を逆さまに走り、ロープを手放した一真は海面を数回ほど縦回転して水死体となった。
が、すぐに復活を果たし、幼子のように満面の笑みを浮かべる。
「楽しー!」
当然、その後も一真はマリンスポーツを楽しみ、女性陣の心を引っ掻き回す。
「弥生さん! 強風起こして!」
「ええよ~」
カイトボートで一真は弥生に暴風で滅茶苦茶にされるのだが、持ち前の運動神経を発揮し、見事に荒れ狂う風を制した。
「アリシア! でっかい波を作ってくれ!」
「いくわよ~! え~い!!!」
大型船すら容易に飲み込むであろう津波を念力で起こしたアリシア。
一真はキャッキャッとサーフボードを抱えて襲い来る津波へ飛び込んだ。
シミュレーションはばっちりだったようで一真は難易度の高い技を決め、最後は激流に飲まれたのだが、見事に生還して拳を突き上げた。
「フォオオオオオオオ!」
「無敵ですか……」
何事にも動じない一真を見て桃子は呆れ果てる。
恐らく、今後どのような妨害工作をしようともビクともしないだろう。
一真を痛い目に合わせようとしていた女性陣の方が疲れ果てていた。
「一体どうしたら一真はこっちに気が付くの!?」
「あ、心を読んでみたんですけど、彼は現在、遊びに夢中でこちらの事は一切考えてませんよ」
泣き言をあげるアリシアに一真の心を読んでいた桃子が非情な現実を突きつける。
「それ、本当?」
「本当です。彼の心の内は現在、楽しい、面白い、もっと遊びたい、もっとやりたいで埋め尽くされてますね」
「
降参するように両手をあげて空を仰ぎ見るアリシア。
まさか、一真が水着姿である女性陣に対して、一切スケベ心を抱いていなかった事を知り、アリシア達は呆然と立ち尽くすのであった。
「楽しい時間はあっという間ですね」
「そうだな。あっという間に夕暮れだな」
「もうそろそろホテルに戻って晩餐会の準備しないといけませんね」
「軽く顔合わせして、飯食うだけだからな? 変な事はするなよ?」
「……一発芸披露とかダメですか? 考えてきたんですけど」
「なんで自ら考えた罰ゲームを自分から実行しようとしてんだよ……」
「だって! 晩餐会に一発芸は必要でしょう!?」
「必要ないからな……。大人しく飯だけにしとけ」
「じゃあ、せめてファイヤーダンスに留めておきます」
「建物の中でファイヤーダンスなんてするな。あと、なんでファイヤーダンスなんだよ」
「いや、折角のハワイですからファイヤーダンスがいいかと思って……」
「もう今日は大人しくしとけ? な?」
宗次が一真の肩を押さえ、大人しくするように言い聞かせる。
渋々といった表情ではあるが一真は宗次の言う通り、今日の晩餐会では大人しくする事を誓うのであった。
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