第56話 当然、ただの飛行機ではない
ついに日本を離れる時がやってきた。
学生達を乗せた飛行機は轟音を響かせ、天高く空へと舞い上がる。
窓の外を見下ろし、どんどん小さくなっていく日本を名残惜しそうに眺めながらも、胸の内ではハワイへの期待で一杯の学生達。
上昇を続けていた機体もようやく安定し、ゆったりとした時間が訪れる。
普通なら天候によって機体は揺れたりするのだが、搭乗している機体は一真と倉茂工業による力作だ。
全天候に対応し、且つ、武装を搭載しており、どのような状況にも対応出来る最強の機体である。
ただし、欠点が二つ存在する。
一つは自爆装置が搭載されている事。
空中に大量のイビノムが発生した際に自爆特攻させたいという浪漫から生まれたのだが、搭載されている武装の中には電磁バリアがあるので自爆特攻する必要性はほぼない。
そして、次に変形機能だ。
とはいえ、流石に搭乗員を乗せたまま変形すれば間違いなく死者が出るので、変形する際には機内にアナウンスが流れ、安全ベルトで体を固定するようにしている。
しかしだ、空中での高速戦闘に搭乗員が耐えきれるかどうかは保証されていない。
特に何の訓練も受けていない一般人が巻き込まれた場合は悲惨なものになるだろう。
当然、クレームものだが万が一の為に保険があるのだ。
この飛行機に乗る際は必ず保険をおススメされるだろう。
「全く揺れないな……」
暇だからと席から立ちあがり、宗次は一真のもとへ移動していたのだが、一切の揺れを感じない事に驚いていた。
「……この機体、一体どこで作られたんやろか?」
同じく弥生が飛行機に興味を示していた。
彼女は天王寺財閥の娘であるゆえか、自分の知らない技術で作られている飛行機が非常に興味深い為、詳しく知りたいと目をギラつかせている。
学生達が興奮し、和気藹々と雑談をしている時、ビジネスクラスとエコノミークラスを隔てている扉が開き、スーツ姿の月海が一真のもとへやってきた。
「皐月一真君ですね?」
「え、あ、はい」
突然、名前を呼ばれた一真は困惑しているフリを見せる。
相変わらず演技が上手な事だと月海は感心しつつ、紅蓮の騎士が呼んでいると嘘を吐いた。
「紅蓮の騎士が呼んでいますのでご同行願えないでしょうか?」
「分かりました。付いて行けばいいんですか?」
「はい。紅蓮の騎士はファーストクラスの方にいますので
「ありがとうございます」
一真は立ち上がり、呆然としている生徒会メンバーへ向き直る。
「それじゃ、行ってきます! 心配しなくても大丈夫っすから!」
そう言って、一真は月海と一緒にファーストクラスへと移動していく。
残された学生達は一真への謎が深まったが、今更考えても仕方がないとハワイ合宿の事だけを考える事にするのであった。
ファーストクラスは一真と倉茂工業の合作で空間が拡張されており、体感時間も遅くなっているので移動時間が早く感じるようになっている。
豪華客船のダンスホールのように広々とした空間でVIP達が高級ソファに腰を掛けて談笑していた。
すると、そこへ月海が一真を引き連れてくる。
一真に気が付いたVIP達はニコニコと満面の笑みを浮かべ、彼のもとへ歩み寄るのだった。
「よう、一真! ラウンジでの自作自演には笑わせてもらったよ」
「久しぶりだな、キング~。元気にしてたか?」
「おうともさ! それより、ハワイ解放サンキューな。ハワイ島なら俺でもイビノムを駆除は出来るんだが、流石に海の中となるとちと厳しい」
「まあ、そこは適材適所ってやつだ。ところでもうハワイには行ったのか? お前なら空飛べるからすぐに行けるだろ?」
「いいや。まだ見てないな。一応、
「おう! 期待しててくれ。きっと喜んでもらえると思うぞ」
「ハッハッー! そいつは楽しみだ」
酒を片手に気分上々のキングが一歩下がると一真に招待されてイギリスの異能者軍団、円卓の騎士のリーダーであるアーサー王ことクルスが挨拶をする。
「この度は招待してくれて感謝する。紅蓮の騎士」
「そう固くならなくていいよ。普通に一真って呼んでくれ」
「それなら親しみを込めて一真と呼ばせてもらうよ。しかし、本当に良かったのかい? 僕達、円卓の騎士を全員招待しても」
「問題ないさ。俺の空間魔法なら一瞬でお前等全員をイギリスに帰す事が出来る。だから、安心してバカンスを楽しむといい」
「ハハ、本当に規格外だね。でも、そのおかげでこうしてバカンスを満喫出来るんだから感謝をしないとね。今回は本当にありがとう。この恩はいつか必ず返すよ」
クルスを筆頭とした円卓の騎士全員が一真に敬愛の意を込めてお辞儀をしてもとの席に戻っていく。
「久しいな。一真君。少し背が伸びたかね?」
「久しぶりですね。覇王。勿論、成長期真っ盛りなんで背は伸びました」
特注のスーツを身にまとっているが大きな大胸筋がスーツを破きそうになっている覇王は一真と握手をする。
ピッチピチのスーツを着ている覇王に一真はかつての仲間達を思い出し、感慨深そうに見ていた。
「ん? どうかしたかね?」
「いえ、なんでも。それより、居心地はどうですか?」
「最高とだけ。まさか、飛行機の中にこれだけの空間を作れるとは思ってもいなかった。これも全て君の能力かな?」
「さて、それに関してはご想像にお任せします」
「ハッハッハ。そう簡単には教えてくれないか。まあ、構わないさ。今は空の旅を楽しむとしよう」
「どうぞ楽しんでください」
軽く手を振って覇王は一真のもとを去っていく。
そして、次に一真へ近づいたのは太陽王アルシャムス。
派手な装飾品はほとんど身に着けず、金色のネックレスを巻いているだけだが威光を感じさせるアルムシャスは一真へ握手を求めた。
「いやはや、君には毎度驚かされてばかりだ」
「ハワイに着いたらもっと驚きますよ」
「それは楽しみだ。ところで話は変わるのだが、この飛行機は販売していないのかね? 出来れば個人用に購入したいのだが」
「あ、そういう事なら総理と相談してもらえます? 今のところ、販売などは考えてませんので」
「そうか。それはいい事を聞いた。あとで伺うとしよう」
「手加減してあげてくださいね」
「ハハハ、紅蓮の騎士を部下にしている男だ。むしろ、私が手加減してもらいたいくらいだよ」
アルムシャスは一つだけ勘違いをしている。
日本は紅蓮の騎士を飼っているのではない。
紅蓮の騎士が日本に飼われてあげているのだ。
一応、番犬のような役割をしているが鎖がつながっているわけではなく、基本自由に動き回っているので日本も制御出来ていない。
とはいえ、外交に関しては政府に丸投げしているのでアルムシャスの判断は間違ってはいない。ただし、売ってくれるかどうかは交渉次第だ
「全く……。君は紅蓮の騎士だという事を暴露したいのかね? それとも秘密にしておきたいのかね?」
「どっちも!」
先程、空港のラウンジで自作自演を披露した一真に愚痴を零す慧磨
それに対して一真は欲望丸出しの返答で慧磨を困らせる。
根はいい子なのだが、やはり暴走するのが瑕である。
どうにかして落ち着いてくれないだろうかと慧磨は考えるが、きっとその時は永遠に来ないだろうと盛大に溜息を吐くのだった。
「ハハハハハ! 慧磨も大変だな!」
「
「面白い事を言うな。キングは一応私達の事を気遣ってくれるから、そこまで大変ではないぞ?」
「彼も気遣ってくれはするんですがね……」
困った事に一真の気遣いは時に毒となる。
ストレスで胃腸炎を患ったり、抜け毛が増えたり、不眠症に陥ったりと心身共に壊れるのだ。
しかも質の悪い事に病気や怪我も元凶たる一真が魔法で一瞬にして治してしまうので最悪のマッチポンプでもある。
特にひどいのは本人があまり自覚していない点だ。
良かれと思ってやっているのは理解出来るが、もう少し考慮してほしいと日本政府は常々頭を抱えている。
「一真!」
「一真さん!」
「お! アリシア、シャルロット! 元気だったか?」
「ええ、勿論よ! 一真に会えなくて寂しかったわ」
「私もです! ここ最近は忙しくて一真さんに会えず、とても退屈でした……」
「そうだったのか……。それは悪かった。でも、今日は沢山遊ぼうぜ! ハワイは俺とお友達の皆が魔改造してるから面白いものが沢山あるんだ! 一緒に見て回ろう!」
「それはいいけど、一真は学園の合宿とやらじゃないの?」
「そうだった……! まあ、途中で適当に嘘ついて抜け出せばいいだろ!」
「流石、一真さんです!」
「だろう? ハッハッハッハ!」
シャルロットに煽てられて、豪快に笑った一真は落ち着きを取り戻すと、改めて二人を見た。
今はドレスを着ており、普段よりも魅力が増している二人を見て一真は率直な感想を述べる。
「やっぱり、二人は綺麗だな! ドレス姿も新鮮でいいね!」
「……きゅ、急に言うのは反則よ」
「えへへ~! 似合ってますか? 一真さん」
「ああ! 二人とも似合ってるぜ! 最高だ!」
サムズアップする一真に二人は嬉しそうに笑う。
そこへ呆れた様子で桃子と面白そうに笑う桜儚がやってくる。
「相変わらず、テンションが高いですね」
「桃子ちゃん!」
「……なんだか、私達の時よりも声が大きくない?」
「確実に大きいですよ。やはり、彼女が一番の
桃子もドレスを身にまとっており、普段とは違った魅力を発揮している。
普段がパチモンJKなのでギャップがあまりにも激しい為か、一真も少しだけ興奮していた。
「ドレス姿を見ると、ちゃんと大人の女性だって分かるよ! エロいね、桃子ちゃん!」
「ふんっ!」
「ぐはぁッ!?」
大人っぽいと言えばいいのだが、そこをエロいと言うあたり一真らしいだろう。
桃子も少し照れ臭かったが一真の発言を見過ごせなかったので、容赦なく腹パンするのであった。
「フフ、退屈しなくていいわね~」
「お、おう……」
お腹を抱えて蹲っている一真の前にいるのは桃子達と同様にドレスアップした桜儚だ。
やはり、元キャバ嬢だったせいか似合っているのだが、少し下品さがある。だが、それがいいと思う意見もあるだろう。
「う~ん。お前はなんかあんまりそそられないな」
「私も普段とは違うのに?」
「普段からエロいからドレスになってもって感じ」
「じゃあ、貴方の母親みたいにTシャツにジーパン姿でエプロンを着たら?」
「ちょっと背徳感があって大変素晴らしいかと思いますね、はい」
「素直ね~」
などと下らない会話を挟み、一真はゆっくりと立ち上がる。
一真は女性陣に囲まれながら空いているテーブルの方へ案内され、ハワイに着くまでキャバクラ気分を味わうのであった。
「ひゃっほー! 一番高い酒もってこーい!!!」
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