第53話 ハワイへ行けるってさ!
◇◇◇◇
一真が生徒会長になって、しばらくが経ち、二月を迎えようとしていた。
「生徒会長の仕事って判を押すだけなんです?」
「書類仕事が出来るの?」
「出来ません!」
「じゃあ、言われた通りにしてね」
「はい!」
副会長の火燐に渡される書類に一真はハンコを押していく。
一真の仕事はほとんどない。立派な飾り物である。
「一真君のおかげで皆引き締まってるね」
自由登校になっている隼人は生徒会の様子を見に来ており、一真以外の生徒会メンバーが忙しそうにしているのを見て感慨深そうにしていた。
「俺のおかげっすね!」
「うん、そうだね」
生徒会長が戦う以外、使い物にならないので必然的に事務処理は他の生徒会メンバーが補うしかない。
幸運な事に生徒会メンバーはその事について不満はなかった。
一真がどういう人間なのかを理解しているので書類仕事などは最初から期待していなかったからだ。
「まあ、その分、一真君には肉体労働をしてもらうけどね」
「肉体労働? 何させられるんです?」
「部活への助っ人よ。大会とかには出場出来ないけど、練習相手とかに手の空いてる生徒会メンバーを出張させるの」
「そういうのって普通は友人、知人を呼ぶのでは?」
「勿論、そういう場合もあるけど生徒会メンバーを呼んでもいい事になってるの」
「つまり?」
「一真君には格闘技系の部活から出張要請が届いてるわ。しかも、剣道、柔道、弓道、空手、ボクシング、レスリング、相撲などなどね」
「などなど……。まだ他にもあるんですか?」
「茶道、家庭科、文芸、陸上、水泳、とか他にもあるわよ」
「格闘技はまだしも文科系は何故に……?」
「半分は興味本位で後は面白半分じゃないかしら?」
「生徒会長をなんだと思ってやがるんだ……! 粛清してやる!」
「はいはい。ボケてないで仕事してね~」
「は~い」
一真の頭を軽く小突きながら火燐は書類を渡す。
書類を受け取った一真はさっと目を通してから判子を押した。
「僕達の時と違って賑やかで楽しそうだね」
「一真君みたいな子がいない真面目な生徒会だったから静かだったものね」
「ちょっとだけ羨ましい面もあるよ。僕もあんな感じに仕事をしたかったなって」
「それだと私が苦労する羽目になるんだけど?」
「詩織なら大丈夫だよ、きっと」
「まあ、私なら頭を小突くんじゃなくて叩いてやるわね」
生徒会室の一角にある休憩スペースで楽しそうにしている隼人と詩織。
二人はすでに就職も決まっており、卒業式まで特にやる事もないのでこうして生徒会に入り浸っているのだ。
しかも、一真が律義にお茶菓子を態々手作りしてまで持参している事もあって通う頻度は高い。
家事スキルがマックスになっている一真がいるおかげで生徒会室は清潔を保っており、お茶菓子なども完備されているので憩いの場にはピッタリだなのだ。
そして、頼めば一真はマッサージもしてくれるので疲れた時には最高の環境となっている。
もっとも、一真が書類仕事のほとんどを任せっきりにしているので、せめてもの償いとばかりにやっているので誰も強制はしていない。
「そういえば一真君。もう合宿先は決めたのかい?」
ふと思い出したかのように隼人が一真へ近い内に行われる新旧生徒会のオリエンテーションの宿泊先を尋ねた。
「もう決まってますよ。多分、そろそろだと思うんですけどね~」
「ん? どういう意味だい? もしかして、勝手に決めちゃってる感じ?」
「そうっす! 申し訳ないんですけど勝手に決めさせてもらいました! でも、安心してください! 多分、皆が喜ぶと思うんで!」
「いや、予算とか決めなきゃならないから勝手に決めるのはよくないんだけど……」
隼人が注意している時、校内放送で一真は学園長室に呼ばれる。
『皐月一真君。大至急、学園長室までお越しください』
突然の呼び出しに生徒会室にいた一真以外のメンバーは怪訝そうに眉を顰める。
「一真君。一体何をしたの?」
「それは後で報告します! ちょっと、学園長室に行ってくるんで、しばらく任せますね!」
そう言って、生徒会室を飛び出していく一真。
残された生徒会メンバーは一体何事なのだろうかと傾げるも、一真がまた何かやらかしたのだろうと結論付けて仕事に戻るのであった。
学園長室にやってきた一真は元気よく名乗ってから扉を開ける。
「皐月一真。呼ばれて来ました! 失礼します!」
「うむ。元気があって大変よろしい。そこに掛けてくれたまえ」
「はい!」
言われた通り、一真は高級そうなソファに腰を下ろす。
学園長が一真の対面に座り、持っていた大きな茶色い封筒を机の上に置いた。
「この封筒が何かわかるかね?」
「分からないです」
「本当に? 本当に何も知らないのかね?」
学園長は封筒の中身を知っている。
封筒の中にはハワイ復興が成された事が書かれており、新旧生徒会のオリエンテーションにハワイを使うよう政府から要望が書かれた書類が入っているのだ。
ちなみに送り主は紅蓮の騎士こと一真なのでマッチポンプでしかない。
「何も知りませんよ」
「……そうか。まあ、これ以上は何も聞かないでおこう」
何故、紅蓮の騎士が態々学園のオリエンテーションに力を貸すのかは分からないが、折角の厚意を無下にするわけにもいかないので学園長は一真に封筒の中身を教える。
「実は政府の方から要望があってね。今年の新旧生徒会のオリエンテーションにハワイを是非にと言われてるんだよ」
「マジっすか!? それは最高じゃないっすか!!!」
「これがその書類だ」
一真は学園長から書類を受け取り、知らない事にしているのできちんと目を通すふりだけはしておいた。
「ふむふむ! 費用は全て政府が持つと! しかも、護衛にはキング、魔女、聖女が付いてくるってすごいですね!」
「ああ。本当に凄い事だ。出来れば、私が付いて行きたいくらいだよ」
残念ながら生徒会の引率は紅蓮の騎士が引き受けるとの事で今回、学園側からは誰も付いて行く事が出来ず、ほとんどの教師が嘆く事となった。
「うちからもせめて一人くらいは引率者をと打診してみたが、首を縦には振ってもらえなくてね」
「それは残念でしたね。でも、安心してください! 先生達の分まで楽しんできます!」
「羨ましい事だよ。学生の本分を忘れないよう、しっかり楽しんでくるようにね」
「はい! 話はこれで終わりですか?」
「うむ。書類をもって生徒会室へ戻るといい。言葉だけじゃ信じられないだろうからね」
一真は学園長から書類を受け取って、学園長室を後にする。
学園長室から生徒会室までの帰り道、上手くいったと一真はスキップしながら帰っていく。
そして、生徒会室の扉を勢いよく開け放ち、フィーバ状態で声高らかに叫んだ。
「今年のオリエンテーション先が決まったぞーーーッ!!!」
床を滑るように生徒会室へ入り、書類を掲げながら万歳をする一真。
一真のあまりのテンションの高さに生徒会室にいた者達は目を丸くする。
少しして、一真が掲げている書類に気が付いた雪姫が、それは何なのかと訊いた。
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました! こいつにはオリエンテーションで使う合宿先が記載されてるんです。という事で書記の雪姫先輩にパスします」
「え、あ、はい」
一真から渡された書類を雪姫は受け取り、記載されている内容に目を通すと、流石に驚いたようで目を大きく見開いた。
この書類に書かれている事は本当なのだろうかと確認を取るように何度も一真の顔を見る。
「マジのガチですよ。喜んでください」
一真の目を見て嘘はついていない事を確信した雪姫はゴクリと生唾を飲み込み、書類のコピーを取った。
勿論、書類のコピーは許されているので問題はない。
そもそも、紅蓮の騎士からの大変貴重な書類なので原本は大事に保管しておかなければならないという思いもあっての事だ。
もっとも、紅蓮の騎士は一真なので書類をシュレッダーにかけても特に問題はない。
「今から資料を配りますね。驚くと思いますが、どうやら本当の事なので疑わないようお願いしますね」
「ふ~ん。雪姫がそこまで言うんだ。もしかして、最近復興したって言われる沖縄かしら」
火燐が期待をしながら雪姫が配った資料に目をやると、とんでもない内容に白目を剥きそうになる。
「なっなっなっ……!?」
「おお……!」
「マジかよ……!」
当然ながら驚いているのは火燐だけでなく、楓、大我といった他の生徒会メンバーも大層驚いている。
そんな様子を見ていた隼人と詩織も気になって仕方がなく、自分達にも見せてほしいと懇願した。
「すごい反応だね」
「私達にも見せてよ」
というわけで雪姫は二人にも資料を渡す。
雪姫から資料を受け取った二人はワクワクしながら内容を読むと、ハワイへのご案内という文字を見て驚きの声をあげる。
「「ええええええええええ~~~ッ!?!?」」
驚天動地とはまさにこの事かもしれないと二人は思った。
今まで学園対抗戦で優勝した学園のエリアで行われる行事であったので、いきなり海外と言われれば誰でも同じような感想になるだろう。
「か、一真君! 勝手に決めたって言ってたけど、これはどうやって決めたのよ? どう考えても無理がありすぎるわ!」
「そこはほら、紅蓮の騎士とベストフレンドな俺ですから」
「いや、確かに学園対抗戦の後に発生したテロの時にお会いしましたが、親友になれるような時間はなかったでしょう!?」
「学園対抗戦で見せた活躍で俺に興味を持ってくれたそうです」
「なるほど。確かにそれならあり得る。でも、それだけでハワイに招待してくれるもんなのか?」
「大我先輩。言ったじゃないですか。俺と紅蓮の騎士はズッ友だって」
「さっき親友って言ってたのにズッ友になってるじゃねえか……」
「細かい事はいいんですよ! 紅蓮の騎士からの厚意なんですから、素直に喜びましょうよ! ハワイに行けるんですよ? 百年以上もイビノムの巣窟になっていた世界でも有数のリゾート地に!」
色々と聞きたい事はあれど、一真の言う通り、世界でも有名なリゾート地に合宿とはいえ旅行にいけるのだ。喜ばないわけにはいかないだろう。
生徒会のメンバーは紅蓮の騎士に感謝の気持ちを抱き、もしも会う機会があれば感謝を述べようと決めたのだった。
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