第48話 ニンジャ!? なんでニンジャ!?
時差があるゆえに、すぐにはハワイを奪還というわけにはいかず、一真はしばらくの間、アメリカを観光する事に決めた。
「時差ボケで眠くはないか?」
「全然平気! 十日十晩全力で戦えるくらいだから時差なんて関係ないさ!」
「そ、そうか。相変わらず規格外だな」
異世界で鍛えられた一真にとって時差など体調不良になるような要因ではなかった。
かつては死霊の軍勢と十日十晩どころか一か月不眠不休で戦い続けたのだ。一応、仮眠は取ったりしたが、ほとんど眠らずに勇者である一真は前線に立ち続けたのである。
その時の事を考えれば、やはり時差など体の不調の内には入るはずがなかった。
「とりあえず……本場のハンバーガーが食いたいな!」
「日本で夕食を済ませたばかりだと思うんだが?」
「大丈夫! 男子高校生にとって夜食のハンバーガーはおやつみたいなもんさ!」
「嘘だと思うが、まあ、本人が望んでるならご馳走しよう」
「やったぜ!」
男子高校生でも夜食にハンバーガーは割とキツイものであるが、一真は並みの男子高校生ではないので何も問題はない。
ホワイトハウスからリムジンに乗って移動し、一真はスティーブンと一緒にハンバーガーショップへと向かう。
「楽しみだな~! アメリカのハンバーガーは一度食べてみたかったんだ」
「そいつは嬉しいが……ミスター皐月ならいつでも食えるんじゃないか? 転移ですぐにアメリカに来れるんだし」
「それはそうなんだが、気分ってものがあるじゃん」
「そうか……」
相変わらず勢いとノリだけで生きている一真。
悪い事ではないが、巻き込まれる方からすれば迷惑な話だ。
スティーブンは一真の機嫌を損ねないように気を遣うのであった。
「(はあ~……。彼の相手は辛いぜ。何で不機嫌になるかも分からないってのに……。せめて、アリシアがいてくれればよかったんだがな)」
やはり、スティーブン一人では一真の相手は荷が重い。
一真を止める事は出来ないが、多少は制御する事が出来る桃子やアリシアといった女性陣がいればスティーブンも安心できただろう。
しかし、今アリシアは沿岸部に現れた大型のイビノム討伐に出向いている為、期待は出来そうにない。
「ついたぞ」
「おお……。チェーン店じゃない!」
「チェーン店は嫌だと君が言ったんじゃないか……」
本場アメリカのハンバーガーが食べたいとの事で一真はスティーブンにチェーン店は嫌だ、と注文をつけていたのだ。
少しばかり、歩く事になってしまったがSNS等で高評価されている個人店に来たのである。
店主はスキンヘッドで大柄だが愛想のよい人物で商品を受け渡す時は笑顔を浮かべており、客層も店の雰囲気も最高であった。
「見るからにめっちゃ美味そうだな!」
「そうだな。俺も見ていたら腹が減ってきた。さ、並ぼう」
「おう!」
というわけで一真とスティーブンは行列に並び、順番を待つ。
待っている順番がどんどんと進んでいき、ようやく一真達の順番が来た時、運悪く強盗が店内に飛び込んできた。
複数の発砲音が鳴り響き、店内は阿鼻叫喚の地獄と化して、客は一目散にその場へ伏せる。
「金を出せ! 従わなければ撃つぞ!」
強盗は怒鳴り声を上げながら大きなバッグを店主に向かって投げつけ、銃口を向けた。
両手をあげて震えている店主や、床に蹲っている客が怯えている中、一真とスティーブンは呑気そうに会話を始める。
「おいおい、映画の撮影か? 困るぜ、こんな時に」
「ミスター皐月。これは映画の撮影なんかじゃない。本物の強盗だ」
「わお! マジ? それはビックリだぜ! 初めて強盗犯に遭遇しちゃった!」
「あまり犯人を刺激しないでくれ。どうやら、この店にはミスター皐月以外、戦闘系の異能者はいないようだ。見てみろ、皆銃が怖くて這いつくばってがやる」
「スティーブンは随分と余裕だな。銃が怖くないのか?」
「怖いに決まってるだろ? でも、それ以上に怖いものがあるのさ」
「それはなんだ?」
「ミスター皐月さ。お楽しみを奪われて怒り狂うんじゃないかとビクビクしてるぜ」
「ハハハハハ! ご明察だ、スティーブン! 俺は割と怒ってる。次は俺の番だってのに、あの阿呆が割り込んできやがって……! 日本人がご飯にかける情熱と恐ろしさを思い知らせてやりてえぜ……ッ!」
目の前に強盗がいるというのに二人は会話を止める気がない。
当然ながら、店内にいる人間のほとんどは二人に文句を言いたくなったが、それ以上に腸が煮えくり返っている人物がいた。
そう、強盗犯である。
彼は銃を握りしめ、この店内でもっとも力のある人間で支配者と呼べるような立場だ。
それなのに、銃を全く恐れず、呑気に会話をしている一真とスティーブンがどれだけ鼻につく事か。
「お、お前等ッ!!! これが目に入らないのか!」
そう言って店主に向けていた銃口を一真に向ける強盗犯。
「あ? 何が?」
「んなッ!? これが怖くないのか!」
「逆に考えろ。銃口を向けられて怯えもしない人間がお前は怖くないのか?」
「ハッ! 怖くないね! いくら戦闘系の異能者だろうが俺が引き金を引く方が早い! 銃弾を跳ね返せるキングみたいな人間なんてそうそういやしないんだよ!」
強盗犯のセリフを聞いていたスティーブンは必死に笑うのを堪えていた。
何も知らないというのはある意味で幸せかもしれない。
だが、もしも目の前の強盗犯が銃口を向けている先にいるのがキング以上の怪物だと知れば、どのような反応をするのだろうか。
それを考えるとスティーブンは愉快で堪らなかった。
とはいえ、これ以上強盗犯を刺激するのはあまりよろしくない。
一真は現在、素顔を晒しており、紅蓮の騎士ではなく一般人としてここにいるのだ。
ここで正体が露見するわけにもいかないだろうとスティーブンは一真に耳打ちする。
「ミスター皐月。今、君は素顔を晒しているんだ。下手な事はやめた方がいい」
「大丈夫。問題ない」
「何コソコソ話してるんだ!」
その言葉と同時に発砲音が鳴り渡り、一真ではなくスティーブンに向かって銃弾が放たれる。
まさか、一真ではなく自分に銃口を向けられるとは思っておらず、スティーブンは目を丸くし、凶弾に倒れる。そのはずだった。
隣にいたのが一真でなければスティーブンは眉間に風穴があき、死んでいただろうが、そうはならなかった。
腕部分だけパワードスーツを展開していた一真が銃弾をキャッチしたのだ。しかも、指二本で。
「なあッ!? そんな馬鹿な!?」
「教えといてやる! 俺の名前は皐月一真! 飛鳥、奈良時代から続く殺人術皐月流の使い手なり!」
「う、うわあああああああああッ!」
銃弾を受け止められた事でパニックになった強盗犯は一真の口上など耳にしておらず、ただ目の前に現れた化け物に対抗するよう引き金を引き続けた。
「無駄無駄! 鉄砲遊びなど所詮、忍者には効かんのだ!」
「ニンジャッ!? なんでニンジャがここに!?」
銃弾をキャッチしながら、一歩ずつ距離をつめて来る一真に強盗犯は涙目で叫びながら、弾倉が空になった銃の引き金を引き続ける。
「天誅!!!」
「アガァッ!」
化け物を見るような目で怯えている強盗犯に近づいた一真は容赦のないボディブローを叩きこんだ。
骨の砕ける感触と内臓が破裂した感触を拳の先から感じた一真はすかさず治癒魔法で強盗犯の傷を命に別条がない程度に治す。
これで死ぬ事はないだろうが、しばらくはまともに食事をとる事は出来ないだろう。
食べ物の恨みは恐ろしいという事を思い知れ、と一真はほくそ笑むのだった。
「殺したのか?」
白目を剥いて崩れ落ちた強盗犯を心配そうに見詰めながらスティーブンは一真に尋ねる。
「いいや。生きてるさ。まあ、しばらくはまともに食べれないがな!」
「……まあ、悪いのはこいつだ。俺は何も言わないでおこう」
やりすぎかと思われるが、そもそも強盗犯の方が悪い。
普通に暮らしていれば、このような目には合わなかったのにとスティーブンは強盗犯を哀れに思いながらも、自業自得であると見放した。
そして、当然ながらヒーローのように強盗犯を華麗に倒して見せた一真に店内にいた者達から黄色い歓声が沸いた。
特にすごかったのは、やはり忍者を自称した事だった。
実在するか否かは分からないが、少なくとも自身を忍者と呼び、強盗犯を圧倒したのは事実だった為、その場にいた誰もが認めていた。
「やったな! スティーブン!
「それはいいが、あそこまで目立ってもよかったのか?」
「別にいいだろ。困るような事にはならんし」
「ミスター皐月がそう言うのなら、もう何も言わんさ」
学園対抗戦で有名になった一真は今回の一件でさらに認知されるようになる。
切っ掛けは勿論、自称忍者発言だ。
店内にいた者達が直に聞いており、一真とツーショットを撮ったり、握手をしたり、忍術を披露してもらったりと、大盤振る舞いを見せたせいで一真の認知度はさらに高まる事になった。
アメリカでも相変わらず、ハチャメチャな一真であった。
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