第45話 これから男子会なので

 最近、一真の所為で胃薬が手放せない慧磨は桃子からの緊急メールにゾッとする。

 一真が甚大な問題を起こしそうな場合は慧磨のもとに桃子から直接連絡が届くようになっており、その緊急回線からメールが送られてきたのだ。

 慧磨は戦慄し、キューッと痛くなるお腹を押さえつつ、桃子からのメールを確認した。


「…………ハワイの解放? しかも、合宿の為に?」


 訳が分からなかった。

 アメリカからの要請かと思いきや、単なる個人の思い付きだ。

 ハワイの解放事態に関しては賛成ではある。

 しかし、日本に全くのメリットがないのはいただけない。

 出来れば紅蓮の騎士を派遣し、ハワイ解放に日本も多大なる貢献をしたという実績が欲しい。

 そうすれば、いくらハワイがアメリカの国土だとはいえ、少しばかりの利権を獲得出来るだろう。


「急いで一真君を説得しなければ……!」


 こうしてはいられないと慧磨は一真に電話を試みる。

 数回のコール音の後に、一真が陽気な声で電話に出てくれた。


『はい、もしもし~』

「もしもし、一真君。至急、確認したい事があるのだがいいかね?」

『今っすか? ちょっと、友達と話してるんで後とかに出来ません?』

「出来れば、すぐに頼みたい……!」

『はあ。そう言う事ならちょっと、待っててください』


 そう言って一真の声が遠くなると、電話越しで姿こそ見えないが友人達に断りを入れている様子が窺える。


『お待たせしました。それで大急ぎで確認したい事ってなんですか?』

「東雲君から聞いたのだが、ハワイの奪還を考えてるそうだね。出来れば、日本も一枚嚙ませてほしいのだが……」

『ありゃ、桃子ちゃんに心読まれたの忘れてたや。う~ん、今回の件に関しては申し訳ないけど無理っすね。俺が友人に貸しを返すみたいなもんですから』


 余程の無茶でも言わない限り一真は大抵の言う事を聞いてくれる。

 しかし、今回は断られてしまい慧磨はどうにか説得しようかと考えたが、一真の言い分を聞いて考えを改めた。


「(友人からの借りを返すと来たか……。彼の性格ならば無理やりにでも割り込もうとすれば、たちまち怒り狂うかもしれん。非常に口惜しいが今回の件は手を引こう。一真君に愛想を尽かされたくないからな)」


 一真の性格を知っている慧磨は日本によるハワイ奪還を諦める事にした。

 本音を言えば、紅蓮の騎士を使い、外交を有利に進めたかったがそうすれば間違いなく紅蓮の騎士である一真が離反するだろう。


 離反は言い過ぎかもしれないが少なくともいい顔はされない。

 下手をすれば海外に移住なども考えられる。

 それだけは決して避けなければならないので慧磨は断腸の思いで一真の説得を諦めるのであった。


「そうか。分かった。無茶を言ってすまなかったね」

『いえ、いいっすよ。なんかして欲しい事があったら、また言ってください。余程、無茶な事じゃなければ報酬分は働きますし』

「ハハハ。それは嬉しい話だ。何を頼むか考えておこう」

『よろしくっす。それじゃ~」


 最悪の事態は避け、最高の言質を貰った慧磨はひとまず安心する。

 世界最強の一真に頼めば出来ない事はほぼない。

 これから先、日本が優位に立つには一真の力が必要不可欠だ。

 その力を最大限に発揮出来るよう慧磨は未来を見据えるのだった。


「さて、一真君に何をしてもらおうか……」


 やはり、ハワイのようにイビノムの巣窟と化した領土を解放していくのがベストだろう。

 紅蓮の騎士である一真ならばどれだけのイビノムがいようとも対処出来る上に、他の異能者では叶わなかった深海の解放も可能だ。

 既に解放された沖縄は一真のおかげでイビノムが完全に排除され、復興が進み、近い内に新たな居住区として復活する事が決まっている。

 リゾート地としても有名な沖縄なので経済効果も高いだろう。

 本当に紅蓮の騎士には感謝しかない。


「本当に素直でいい子でもあるんだがな~……」


 惜しむらくは義理や人情を優先させてしまう点だろう。

 一人の人間としては大変素晴らしい事なのだが、国家に属する人間としては使い辛い事のこの上ない。

 とはいえ、付き合い方さえ間違えなければ、一真は間違いなく最高の手駒であり、最強の切り札である。


「はあ~……。嘆いていても仕方がない。仕事に戻るとしよう」


 ハワイの件に関して考えるのをやめた慧磨は一服した後、仕事に戻るのであった。


 慧磨との電話を終えた一真は生徒会室に戻り、今後の事について話し合う。


「オリエンテーションについてなんですけど、俺に決定権があるんすよね?」

「うん。そうだよ。第七エリアでどこかに行きたい場所とかあるの?」

「その点については内緒で! ちなみに決まった場合は誰に言えばいいんですか?」

「まずは生徒会で予算案を出さないといけないから、僕達にだね。具体的に決まれば学園長に報告して、承認を得られれば決まりだよ」


 隼人の説明を聞きながら一真はうんうんと頷いている。

 理解しているのかどうかは分からないが真剣に聞いている様子なので隼人も確かめるような事はしない。

 そもそも、一真が忘れていても、ここには副会長の火燐を始めとした生徒会メンバーが全員揃っているのだ。

 であれば、特に心配するような事はない。

 唯一、心配する事があれば一真の暴走くらいだろう。


「そうだ。一真」

「なんすか? 宗次先輩」

「この後、暇なら遊ばねえか?」

「俺は全然いいですけど。先輩、帰らなくても大丈夫なんです?」

「今日はこっちに泊まる予定なんだよ。だから、帰るのは明日でこの後遊んでも問題ない」

「そう言う事なら問題なさそうですね! 何して遊びます?」

「そう言う事でしたら、私もよろしいやろうか?」


 一真と宗次が何をして遊ぼうかと盛り上がっていると弥生が自分も一緒でもいいだろうかと会話に入ってくる。


「俺はいいっすよ! 宗次先輩はどうすか?」

「ダメだ! 俺達は男だけで遊ぶんだ! だから、隼人ならオッケーだ!」

「急に僕を巻き込むのはやめて欲しいな。まあ、でも、遊びのお誘いならいいけどね」

「……なんや、気に入らんけどそう言う事なら引き下がります。一真はん、また今度遊びましょうね」

「はい! いつでもお待ちしてます、弥生さん!」

「ほな、私はこれで」


 金髪ドリルを優雅に靡かせながら弥生は第七異能学園を後にする。

 まるで台風のようにこの場を無茶苦茶にした挙句、自分は一切損する事なく、去って行った弥生に生徒会のメンバーは迷惑していたのである。

 生徒会室に残ったメンバーは一真以外、ようやく帰ってくれたと安堵するのであった。


「で、宗次先輩。何して遊びます?」

「お前となら何しても面白そうだが……グランドワンにでも行って全施設制覇しようぜ!」

「いやっほう! そいつは楽しそうだぜ!」

「それじゃ、隼人! お前も一緒に来いよ!」

「本当に僕も連れて行く気だったんだね。まあ、いいけどさ」

「それじゃ、先輩方、楓、桃子ちゃん! 俺達、遊びに行ってくるから、後頼んでいい?」

「はいはい。戸締りはしておくからいってらっしゃい」

「あざーっす!」


 一真は宗次と隼人と一緒に生徒会室を風のように出て行く。

 まるで子供のように見えてしまう一真だが、女性陣はそういう所が好きになったので微笑ましそうにしていた。


「ふふ、ホント子供みたいよね~」

「大きい犬みたいで可愛らしいですね」

「元気なのはいいこと」

「まあ、もう高校生なんだから、もう少し落ち着いてもいいと思うんだけどね~」


 火燐、雪姫、楓、詩織の四人が出て行った一真の事を思っている内に桃子はひっそりと帰ろうとしたのだが、そうは問屋が卸さない。


「どこへ行くのかしら?」

「貴女には詳しくお話を聞かせてもらいたいものですね」

「私もずっと気になってた。貴女と一真の関係が」

「へえ~。そう言う事なら私も興味があるわね。桃子ちゃんだったかしら? これから女子会といこうじゃない」

「わ、私はこれから用事がありますので、出来れば帰りたいのですが……」

「それは大事な用事? そうじゃないならこっちを優先して欲しいわね」

「大切な用事なので、すいませんが今回はお先に失礼します!」


 ギュンッとハムスターのようなダッシュで逃げる桃子。

 追いかけようとした四人であったが、想像以上に桃子の逃げ足が速くて、結局捕まえる事は出来なかった。

 逃げる最中、桃子は一真に鍛えられた事をほんの少しだけ感謝するのであった。

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