第38話 おあがりよ!

 新兵器に男の浪漫をたらふく堪能した一真は満足そうにしていた。


「そういえばお時間の方は大丈夫なんですか?」

「んあ?」


 言われてみれば、工場に来てから大分経過していた。

 時間を忘れて遊びまわっていた一真は時計を見ると寮の門限が迫っていたのを見て焦り始める。


「やべ! 帰らないと寮母さんに叱られちゃう!」

「送りましょうか?」

「いや、走った方が早い!」

「流石ですね~」

「今日は楽しかった! また何か面白いものでも出来たら教えて!」

「はい。わかりました」

「それじゃ、さいなら!」

「お気をつけて~」


 嵐のように去っていった一真。

 ほんの一瞬で豆粒のように小さくなっていく一真を見送る昌三は、やはり紅蓮の騎士は規格外であるとしみじみ思うのであった。


「やっぱり、一番ぶっ飛んでるのは間違いなくあの子だよな~」


 昌三はもう見えなくなってしまった一真の事を呟きながら家に帰っていく。


 ◇◇◇◇


 倉茂工業から音速で走った一真は見事に門限までに寮へ帰ってこれた。

 これで寮母さんに叱られる事はないと安堵する一真。


「ふい~」


 一息ついてから寮へ戻ろうとした時、ポケットの中にしまっていた携帯が震え、誰かが電話をかけてきた。


「はい、もしもし」

『もしもし』

「桃子ちゃん!」


 大きな声を一真が出すものだから電話口の桃子は携帯から耳を離した。


『うるさいですよ』

「あ、ごめん」

『そういうところ素直なんですから……』

「それでどうしたの? 電話なんかしてきて」

『倉茂工業に行ってきたんですよね? 何もしませんでしたか?』

「一緒に来ればよかったのに。そうしたら、俺が何をしていたか聞かなくても済んだのに」

『余計な事はしませんでしたか?』

「特に何も。強いて言えば新しい兵器の開発を手伝ったりしたくらいかな」


 新たな兵器の開発を手伝った時点で余計な事ではあるが倉茂工業は政府の管理下に置かれている。

 恐らく、一真が新兵器の開発に携わった事は知られているだろう。

 当然、桃子もその事は把握しているので大きな問題はなさそうだと判断する。


『そうですか。特に変な事をしたわけではないんですね?』

「してないってば。少しは俺を信じてよ~」

『信頼はしていますが信用はしていませんから』

「解せぬ……」

『とりあえず、貴方が問題を起こしていない事の裏が取れましたので、もう大丈夫です。それでは』


 あまりにも素っ気ない終わりで桃子は電話を切った。

 もう少しくらい会話に付き合ってくれてもよかったのにと一真はいじけつつも、自室へと戻っていく。


 自室へ戻った一真はお腹が空いたので食堂へ行こうか、それとも自分で作ろうかと悩む。

 戦闘科の寮は施設が充実しているので一階に行けば食材が手に入る。

 しかも、無料でだ。ただ、やはり利用している人数はそう多くない。

 食堂に行けばバランスの良い食事が簡単に取れるからだ。


「一人でご飯食べるの寂しいから誰か呼ぶか」


 すでに夕食を済ませているかもしれないが聞くまでは分からないので一真は適当にクラスメイト達にチャットを送った。

 すぐに返事が返ってきて、何人かは食堂で済ませたからお誘いは有難いが無理であると伝えてきた。

 まだ食事を済ませていないクラスメイト達は快く了承してくれたのだが、意外にも一真の手料理が食べたいとのリクエストがあった。


『一真の得意料理が食べたい』

『あ、それならアタシも』

『俺も!』

『迷惑じゃないなら私も食べてみた~い』

『ウチもウチも~!』

『そういう事なら俺も食べてみたいな』

『任セロリ! ちなみに俺の得意料理はオムライスだ!』


 というわけで一真は早速、行動に移す。

 まずは一階のフロアにある購買で食材を買い込む。

 食材の量に購買の店員から多少驚かれたものの、事情を軽く説明して難なく購入する。

 それからすぐに自室へ戻り、人数分のオムライスを作っていく。

 当然、戦闘科の育ち盛りな若者がオムライスだけでは足りないだろう。

 だから、副菜としてから揚げやポテトサラダといったものを一真は作っていく。

 無駄に時空魔法を使い、時間を短縮させたりして僅か十五分足らずで全ての料理を作り上げたのであった。


「でけた!」


 料理が出来たので一真はチャットを送り、部屋に来るよう伝える。

 それから程なくして一真の部屋にクラスメイト達がやってくる。

 楓、アリス、マリン、慎也、詩音、烈王がゾロゾロと部屋に入ってきた。


「「「「「「お邪魔しま~す」」」」」」

「らっしゃい!」


 クラスメイト達をリビングへ案内し、一真は準備していた料理を得意げに見せた。


「どや!」

「うお! マジで凄いな……。てか、オムライスだけじゃないんか」


 テーブルの上に広がっている料理の数々に慎也が驚く。


「皆、たくさん食べると思って一杯作った!」

「オムライス、から揚げ、ポテサラ、イカリング、オニオンスープってちょっと多くない?」

「アリスちゃんは嫌い?」

「いや、アタシは嬉しいけど作るの大変じゃなかったか?」

「全然! 俺、作るの好きだから!」

「ぐ、む……」


 人懐っこい笑みを浮かべる一真にアリスは不覚にもときめいた。

 後ろにいる楓、マリン、詩音の三人も不意を打たれたようにときめいている。


「アレで狙ってないってずるいよね~」

「うんうん。普段はおバカキャラって感じなのにね~」

「一真はそれがいい」

「楓って本気で一真君の事が好きなの?」

「好き。一緒にいて楽しいし、何よりも気を使わなくていい」

「あ~、それは分かる気がする……」


 ありのままの自分を受け入れてもらえるのは大変有難い事であり、嬉しいものだ。

 一真は楓がどのような事をしても基本は笑って受け入れてくれている。

 これがどれだけ得難い事なのか、一真は分かっていないが。


「そこの三人、内緒話してないでご飯食べようぜ!」

「うん。今行く」

「あ、ごめん! すぐに行くね」

「待たせてごめん!」


 全員が席に着き、一真の号令のもと、料理を味わう。


「うっま……!」

「マジかよ……!」

「すごい……」

「敗北感がすごい……」

「これ、写真にとって他の子にも見せていい?」

「いいよ~」


 一真が作ったのは以前、煽られて猛特訓したふわふわオムライスだ。

 真ん中にナイフを入れるとトロトロの卵がライスを包み込む本格的なものとなっている。

 あまりのクオリティの高さにマリンは一馬に許可を貰ってから、写真を撮って友人へ回していた。


「から揚げもイカリングもオニオンスープもポテサラも美味いな!」

「練習すれば誰だって出来るぜ! 俺も最初は焦がしたり、半生はんなまだったりで失敗しまくったさ」

「でも、今はこれだけ出来るんだろ? マジですげえよ」

「見ろよ。烈王なんて一切喋らず食ってばかりだぞ」

「いや、本当に美味しいから喋ってるのが勿体ないだろ」

「確かに、これは沢山食べておかないと後悔しそう!」

「そうだね! 大槻君や獅子堂君だけじゃなく宮園さんもすごい勢いで食べてるから、早くしないと私達の分がなくなっちゃう!」


 テーブルの上に用意されている料理をひたすら食べていくクラスメイト達。

 それを一真はニコニコしながら眺めている。

 やはり、自分が作った料理を美味い、美味いと言って食べてもらえるのは嬉しいのだ。


「そんなに慌てなくても、また作ってやるよ」

「え! でも、迷惑じゃないか?」

「全然。俺は施設でも結構作ってたから問題ない。材料費も無料タダだし、手間賃が少し掛かるだけだ」

「手間賃がかかるなら一真にとっては負担だろ?」

「そうかもしれんが俺はこうして皆と食卓を囲むのが好きだからな。ちっとも負担には思わないさ」

「どうしてお前は女の子じゃないんだ……! お前がもしも女の子だったなら俺はプロポーズしてるぞ……」


 施設育ちで穂花の教育のもと、家事スキルがレベルマックスである一真は所謂お嫁さんに理想的だ。

 今、この場に集まっているメンバーは一真の育った施設で穂花から色々と聞いている。

 一真は多少知能に問題はあるが、それを補って他のスペックが高い。

 しかも、紅蓮の騎士だという事を隠しており、計り知れない価値を秘めているのだ。


 それから楽しい食事を済ませて、解散となるのだがそうはいかない。

 一真は食後のデザートもきっちりと用意していたのである。


「お前ッ! お前という奴は一体どれだけ俺達を堕落させればいいんだ!」

「うひ~。なんでパフェが出てくるの……」

「業務用のアイスクリームが売ってたからフルーツと一緒に買っちゃった」

「有難く頂戴します……っ!」


 どうして業務用のアイスクリームが購買に売られていたか。

 理由は単純なもので安くて大容量だからである。

 割と人気商品なので売り切れてたりする事もあるのだが、一真が購買に立ち寄った時は丁度在庫があったのだ。

 食後にデザートは欠かせないと決まっている一真は即座に購入したのである。


「私達をちゃんと女の子扱いしてくれる、家事スキルマックス、容姿端麗、学力は低いけどそれを補えるほどの高スペック! しかし、性癖もとい好みのタイプは母性溢れるお姉さん……。どう思う? 楓、詩音」


 一真達から少し離れた場所で声を小さくするマリン。

 マリンの話を聞いている二人は一真が用意していたパフェを口にしつつ、彼女の問いに答える。


「ありだけど……ライバル多すぎるし、私は一真君の好みのタイプじゃないから無理そうかな」

「私は頑張る」

「ちなみに私は友人枠でいいタイプです。まあ、現段階ではだけど」

「もしかして、将来性とか考えてる?」

「詩音、正解! 今のところはそこが不鮮明だからね。慎重にならなきゃ」

「マリン、そこまで考えてるんだ。すごいね」

「ほら、年末に色々と大災害があったじゃない。だからね、色々と考えなきゃ」

「学生の内は難しく考えないでもいいと私は思うけどな」

「そこは人それぞれだから」


 まだ十六歳になったばかりで将来の事を見据えて結婚相手を選ぶのは些か早い気もするが、それは人それぞれだ。

 皮肉な話であるがイビノムのおかげで人類の子孫繁栄に火が付き、晩婚化はなりを潜め、少子高齢化も徐々に回復している。

 一夫多妻制が導入されていたりするのでマリンのように学生の内から結婚相手を見繕うのは意外と多いのだ。

 将来性が見込める男がいたらなら唾をつけるのは当然である。

 とはいえ、やはりまだ学生なのだから存分に恋愛を楽しむべきであろう。

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