第36話 一人でお使いできるもん!
「死ぬかと思った……」
楓の念力から解放された一真は無事を確かめるように頭をさする。
幸な事に頭は変形していない。
ただし、知能は少し下がったかもしれない。
「大丈夫。一真はこの程度では死なない」
「すごい信頼の仕方だね。他の人にはやっちゃダメだよ?」
「勿論、それはわかってる。だから、一真にだけ特別」
「特別って意味がこうまで恐ろしいってのも中々ないよね」
先程まで一方的に虐げられ、虐げていた人間の会話ではなかった。
相手が一真でなければ普通に犯罪であり、懲罰ものであろう。
無論、一真が相手であっても犯罪である事に違いないが当の本人が気にしていないのでお咎め無しである。
「あいつ、やっぱり人間じゃねえのかもしれねえな」
「ああ。槇村に念力で締め上げられておいてケロッとしてやがるくらいだからな。多分、脳の回路が壊れてるか、人間じゃない可能性はある」
「一応、クラスメイトなんだから、もう少し言葉を選んであげなよ」
「そういう宮園も一真にアイアンクローを決めていたではないか」
俊介、慎也、アリス、毅といったクラスメイト達が楓と一真のやり取りを見て、呆れたように話しているが少なからず誰一人心配していない所を見る限り、彼等彼女等もおかしくなっているのは間違いない。
これも全て一真が原因だろう。何せ、どれだけの事をされても平然としており、いつもふざけているのだから。
それから間もなくして始業のベルが鳴り、教室に担任の佐藤先生が入ってくる。
一真達は佐藤先生が入ってきたのを見て急いで自分の席へ着く。
「おはよう。今日も全員揃ってるようで何より。それじゃ、朝のホームルームを始めようか」
特に変わらない、普段と同じ月曜日が本格的に幕を開けた。
今日も一真は座学に悶絶し、訓練で大いにはしゃぐ。
いつもと変わらぬ平穏な時間を過ごしていくのであった。
◇◇◇◇
一日が終わり、放課後となる。
最後に放課後のホームルームが終われば部活、もしくは帰宅と分かれており、一真は最強の帰宅部であった。
「さて、最後の学園行事である生徒会長決定戦がもう間もなく行われる。うちのクラスからは槇村さんと皐月君の二人が出場予定になってるけど、心の準備は出来ているかな?」
「うっす!」
「はい」
「そうか。それじゃ健闘を祈ってるよ。では、解散!」
佐藤先生が号令をかけてから教室を出ていく。
残された生徒達は各々、部活動や自主練、それから帰宅していく。
一真は生徒会長決定戦に出場が決まっているので自主練を行うべきなのだが、腐っても最強の帰宅部なので自主練しなくても問題はない。
「お~い、一真。放課後どうするんだ? 自主練するなら付き合うぜ」
「俺も参加しよう。生徒会長決定戦には出場しないがお前との訓練は成長につながる」
「お! そういう事なら俺も参加していいか? 一真との訓練はいい刺激になるからな~」
「それならアタシも部活よりも優先させてもらおうかな」
「俊介、毅、慎也、アリスちゃん……。俺、帰るよ?」
「「「「はあ!?」」」」
「そ、そんなに驚かなくてもいいじゃん」
「いやいや、お前が強いのは学園対抗戦で見てるから知ってるけど、自主練サボるのはダメだろ?」
「そうだぞ、一真。一日サボれば取り戻すのに三日はかかるんだ。自主練はしておいた方がいいぞ」
「自分が強いからってあぐらをかくのは違うと思うぜ? 足元をすくわれるかもしれないんだから、自主練はしておくべきじゃないか?」
「そもそもなんで帰るのさ? あんた、部活にも入ってない帰宅部じゃないか」
「普通に用事があるんだけど……」
「「「「嘘だ!!!」」」」
「酷い……!」
ある意味でクラスメイトから信頼されている一真。
放課後に用事があるのは本当なのだが、誰一人として信じてもらえなかった。
「大体、用事ってなんだよ?」
「父親の仕事についてだから詳しくは話せないんだ」
「父親? あれ? 一真って施設出身だよな?」
「ああ。そうなんだけど、最近産みの母親と和解してな。その母親が結婚してるんだ。で、一応は義理の父親がいるんだよ」
「へ~、そうなんだ」
「それで父親の仕事関連で俺が呼ばれてるんだよ。ほら、俺って学園対抗戦で超有名人になったじゃん? それ関係でな」
「なるほど。そう言われると納得するしかないな」
「そういう訳なんで俺は帰る」
「そういう理由なら仕方ないか。ここは大人しく引き下がるとするよ。それじゃ、アタシは部活に行くよ。じゃあね」
「バイバイ、アリスちゃん!」
真っ赤な嘘であるが信憑性が高い一真の説明にクラスメイト達は騙され、俊介、毅、慎也、アリスは部活へ行く事にした。
ようやく解放された一真は教室を出ていこうとしたが、突然体が金縛りにあったように動かなくなる。
「楓。離してくれると嬉しいな」
「本当に用事があるの? 一真は平気な顔で嘘つくから信じれない」
「いや、これはマジ」
「ホント? 嘘じゃないの?」
「ホント。ごめんけど離してくれると有難いな」
「わかった。引き止めてごめんね」
「いいよ。また今度一緒に遊ぼうね」
「うん。訓練でもいいよ」
「おう。そん時はまたビシバシ鍛えちゃる」
「楽しみにしてるね」
鮮やかな笑みを浮かべて、風のように去っていく一真。
その一部始終を見ていたクラスメイト達はギャップ差に混乱するばかり。
一体、どれが本当の一真なのだろうかと。
教室を出て、昇降口に向かっている一真は携帯を取り出して桃子に電話を掛けた。
『……はい』
ものすごい嫌そうな声で桃子が電話に出る。
「桃子ちゃん! 一緒に帰ろ!」
『嫌です』
「じゃあ、一緒に倉茂工業に行こ!」
『はあ? 何をしに行くんですか?』
「遊びに!」
『一人で行ってきてください。私は仕事がありますので』
「ヤダーッ!」
『子供じゃないんですから駄々をこねないでください』
「パチモンJK桃子ちゃんが一緒がいいの!」
ブツリと電話が切られる。
どうやら、桃子の逆鱗に触れてしまったようだ。
一真は虚しく鳴り渡る電子音を耳にしつつ、携帯をそっとポケットにしまった。
桃子がツンデレなら昇降口で待っていただろうが彼女は一真が十分程待っても姿を現さなかった。本当に一人で先に帰ってしまったらしい。
「仕方ない。一人で行くか!」
というわけで問題児はついに一人となった。
今までは大体誰かが一真の横にいたが、ついに解き放たれてしまった。
ストッパーがいなくなってしまった一真がどのような
「倉茂さ~ん!」
「おや、今日はお一人ですか?」
「うっす! 一人っす!」
倉茂工業にやってきた一真は元気よく倉茂工業の最高責任者である倉茂昌三に挨拶する。
その際に昌三から一人で来たのかと問われ、一真は迷うことなく一人で来たことを伝えた。
「(いつも誰かと一緒に来てるのに一人で問題ないのだろうか?)」
やはり、昌三も他の人達と同じような認識であった。
一真は基本的に誰かと行動しており、注意され、咎められ、叱られてと三歳児のような人間だ。
なのに、今は一人行動だ。一体、何を仕出かすかは分からない。
昌三は果たして自分一人で止められるだろうかと不安に思っていた。
「(何事も無ければいいんだが……)」
悪い人ではない事は重々承知している。
倒産の危機を救ってくれた救世主であるし、資金を潤沢に使わせてくれる最高のスポンサーでもある上に、設備の環境、資材の調達から全てを補ってくれる最高のパートナーでもある。
だが、問題児である事には変わりない。
今までは桃子や桜儚といった女性達が一真を止めてくれてはいたが、二人の姿はどこにもない。
「(一応、東雲さんにはメールをしておくか)」
一真を工場の中へ招きつつ、昌三はこっそりと桃子へメールを送信するのであった。
ちなみにメールの内容は「一真さん一人ですけど大丈夫ですか?」である。
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