第35話 憂鬱な月曜日をぶっ飛ばせ!

 ◇◇◇◇


 休日が終わり、一真は再び学校生活に戻る。

 アイビーからの登校になるので一真は桃子を迎えに行く事にした。

 通学路からは外れているが一真にとって桃子は対等であり、大事なパートナーだ。無論、恋愛感情はお互いに一切ない。

 とはいえ、現段階ではの話だ。もしかすると、今後二人の仲は発展する可能性は大いにある。

 何せ、お互いに秘密を抱えており、一蓮托生なのだから。


「も~も~こ~ちゃ~ん~~~! 一緒に学校行こう~!」


 一真は桃子の住んでいるマンションの前で甘ったるい声を上げる。

 明らかに嫌がらせなのだが一真は好意でやっている。

 桃子とは仲良しアピールをご近所にしているのだ。桃子にとっては迷惑極まりないが。


「朝っぱらからうるさいんですよ!!! あと、私の名前は桃子ももこではなく桃子とうこです! ワザと間違えるのはやめてください!」


 バンッと扉を開けて飛び出してくる桃子は一真へズカズカと近づきながら、自身の名前を訂正するように怒鳴り声を上げる。


「でも、桃子ももこちゃんの方が可愛くない?」

「私に似合うと思ってるんですか?」

「似合ってるよ! キュートなお尻の桃子ちゃん!」

「死ね! セクハラ野郎ッ!!!」

「ほげぇっ!?」


 月曜日の朝から面倒極まりない絡みに加えて、セクハラ発言は看過出来るようなものではなかった。

 桃子はパワードスーツを部分展開して一真へ無慈悲な一撃を放ち、容赦なく顔面を叩き潰した。

 顔面が陥没し、背中から倒れた一真を放置して桃子は颯爽と歩き出す。

 どうせ、瞬く間に回復して立ち上がるだろうと一真を信じているからの行動である。


「待ってよ、桃子ちゃん。置いてかないで!」


 桃子の信じていた通り、一真はすぐさま陥没した顔面を元に戻して、ツカツカと先を行く彼女の後を追いかけた。

 桃子の横へ並ぶ一真はご機嫌なようにニッコニコな笑顔だ。

 憂鬱な月曜の朝とは思えなほどのテンションである。


「なんで横に並んでるんですか!」

「だって、月曜日の朝から一人で登校は寂しいじゃん」

「基本は一人ですよ! 道中で会う事はあっても最初から二人仲良く登校するなんて、それこそカップルか仲のいい友人くらいです!」

「俺と桃子ちゃんは切っても切れない仲じゃん」

「月曜日の朝から心底うざいですね!」


 歩いているのは一真達だけではない。

 他にもいるのだ。学生や社会人に主婦や子供といった人達が。

 当然、大きな声を出した桃子は注目されている。

 流石に恥ずかしかったようで顔を赤め、視線から逃れるように桃子は下を向いた。


「(愛してるぜ、ハニー)」

「私が心を読めると知っての嫌がらせですか?」


 思わず怒鳴りつけたくなるようなセリフだが一真は口にはしていない。

 このような往来の場で沈黙している一真をいきなり怒鳴りつければ、どのような目で見られるかは明白。

 桃子は怒鳴りたい気持ちを押し殺し、睨みながら小さな声で一真に嫌味を放つ。


「(そんなことないよ!)」

「(嘘ですね!)」

「(心は嘘をつけないんだよ?)」

「(読心対策出来る人が何を言ってるのか……)」

「(対策は出来ても無効化してるわけじゃないんだよ?)」

「(心なんて無防備な場所を対策されているなんて思うわけないじゃないですか……)」


 桃子も心と体が矛盾している人間とは会ったことがあるが、一真のように心を読ませない人間には会ったことがない。

 それゆえに真実を知った時は大層驚いたものである。

 あの時の衝撃はきっと生涯にわたって忘れることはないだろう。


 そうこうしている内に学園へ辿り着き、二人は並んだまま校門を潜る。

 当然ながら一真はすでに有名人である為、桃子は注目の的だ。

 一体、一真の横にいる桃子は何者なのかと。

 彼女なのか、それとも只の友人なのか、支援科の桃子と一体どういう関係なのだろうかと多くの生徒達が気になっている。


「(なんだか凄い見られてる気が……)」

「(だって、俺と一緒に登校してるんだもん! そりゃ注目されちゃうよ! しかも、桃子ちゃんは支援科だし、余計にね!)」

「(……ど、どうするんですか! 変な誤解でもされたら!)」

「(変な誤解って? 俺と桃子ちゃんがカップルとか?)」

「(死んでもイヤッ!!!)」

「(酷い! 心を読まれても変わらず接してくれる貴重な男だっていうのに!)」

「(下ネタでどれだけ私を困らせたと思ってるんですか!?)」

「(楽しかったやん?)」

「(貴方はね! 私はどれだけ苦労させられたと思ってるんですか!)」

「(いうてそこまでじゃないでしょ?)」

「(貴方を監視していた時、ほぼ毎日のように下ネタのオンパレードで、それを上司に毎日レポートして提出してたんです! 頭がおかしくなると思いましたよ!)」

「(そ、そのような事を仰られても……。勝手に覗いてたのはそっちだし)」

「(ぐ……。それを言われるとそうなんですが)」


 これは反論出来ない桃子。

 まだ一真が紅蓮の騎士だと明かしていなかった時、桃子は監視の為に毎日彼の心を読んでいた。

 その際に毎日、一真は下ネタを連発し、桃子を翻弄したのである。

 勿論、一真は桃子が心を読んでいると知っての上での行動だ。

 桃子からすれば堪ったものではないがプライバシーを侵害しているのは彼女の方であり、非は完全に国防軍にある。

 一真が許しているから問題になっていないだけで公になれば間違いなく世間から叩かれるだろう。


「(ふっ! 正義は勝つ!!!)」


 腹立たしい事ではあるが今回の件に関しては一真に正義がある。

 桃子もそれを重々承知しているので何も言い返せず頭を垂れるのであった。


「では、私はこれで」

「桃子ちゃん! 俺を一人にしないでよ!」

「戦闘科と支援科で教室が違うのですから分かれるのは当たり前の事です」


 昇降口を抜けて、上履きに履き替えた一真と桃子は二手に分かれる。

 一真は戦闘科の教室へ向かい、桃子は支援科の教室へ向かう。

 名残惜しそうに一真は桃子へ、その手を伸ばすが彼女は鬱陶しそうにその手を跳ねのけると、そのままさっさと歩き去って行った。

 手を払われた一真はしょんぼりと肩を落としたが桃子の反応は今に始まった事ではないので、すぐに気を取り直して教室へ向かうのであった。


「おはよう!」

「月曜から元気だな、お前は……」

「アリスちゃん!」


 ガラガラとスライドドアを開け放ち、元気よく挨拶する一真に対して、少し気怠そうにしていたアリス。

 げんなりとしているアリスに一真は無邪気な子供のように彼女の名を呼ぶ。

 アリスは自分の名前が嫌なわけではないのだが揶揄からかわれる事が多かった為、下の名前で呼ばれる事を嫌っていた。

 一真に悪気がないのは分かるが、それはそれとして「アリスちゃん」呼びに恥ずかしさを感じ、照れ隠しのようにアイアンクローを決める。


「誰がアリスちゃんか!」

「ぐわああああ!」

「下の名前で呼ぶんじゃない! あんまり好きじゃないんだよ」

「可愛いと思うやああああああ!」

「う、うるさい! お前はそう言う事を堂々と言いやがって!」

「トマトみたいに頭が弾けちゃうぅぅぅぅ!」


 万力の如く頭を締め付けられる一真。

 このままでは本当に脳みそを教室にぶちまけてしまう。

 勿論、アリスにその気は一切なく、彼女は一真を十分に懲らしめると、その手を離した。


「全く……。月曜の朝からお前は」

「大丈夫? 俺の頭変形してない?」

「大丈夫だ。少々、変形していてもお前なら問題ないだろう」


 近くにいた毅に一真は頭が変形していないかを確かめてもらう。

 当たり前だがアリスはそこまで力を入れていない。

 一真の頭は全くを変形をしていなかった。


「良かった。俺の国宝級の頭が変形していたら一大事だった……」

「何が国宝級だ。バカ!」


 馬鹿な事を言っている一真をアリスが殴る。


「痛ッ! これ以上、頭が悪くなったらどうするんだ!」

「それ以上、悪くなる事はないよ。多分……」

「アリスちゃん、責任取ってくれるの?」

「アリスちゃんはやめろって言ってるだろ」


 流石に何度も殴るのは忍びないと思ったのかアリスは一真の頭を軽くチョップする。


「おう……。優しさを感じる」

「その程度で優しさを感じるって……お前」

「お、俊介か。おはよう」


 一真が振り向いた先には呆れている俊介が立っていた。

 どうやら、一連の流れを見ていたらしい。


「おっす。一真は月曜の朝から元気だな」

「まあな。それが俺の取り柄だし」

「元気キャラじゃないだろ……」

「そうだけど、憂鬱なのも違うだろ?」

「確かに。一真が憂鬱そうにしてるとか想像できねえわ」

「失礼な! 俺だって憂鬱になる時くらいあるんだぞ!」

「へえ。どういう時?」

「失恋した時とか」

「失恋した事あるのか!?」

「あるよ。そりゃ数え切れないくらい……」


 遠い目をしている一真に俊介はまるで信じられないものを見ているかのように開いた口が閉じれない。


「意外だな。一真はそういうのに無縁だと思っていたのだが」

「毅、俺は恋多き男なんだ」

「そうか。お前も苦労しているんだな」

「ああ。分かってくれるか?」

「分かってやる事は出来ないが励ますくらいはしてやれる。何か力になれる事があったら力になろう」

「え? マジ? それじゃ早速なんだけど優しくてお淑やかな女の子知らない?」

「……そういう意味で言ったんじゃないんだがな」


 これには毅も呆れてしまい目を瞑ってしまう。

 一方で期待に目を輝かせている一真は肩を叩かれ、後ろへ振り返ると、そこにはジト目でこちらを見詰めている楓がいた。


「これはこれは楓さんじゃないですか……」

「私、優しくてお淑やかだよ?」

「優しくてお淑やかな子は俺の頭を万力みたいに締め付けたりしないんだ……っ!」


 ギリギリと頭を念力で締め付けられる一真は悲痛な思いを叫ぶ。

 悲しい事ではあるが当分の間、一真の前に優しくてお淑やかな女性は現れないだろう。

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