第34話 許さん、許さんぞぉっ!
アイビーへ帰ってきた一真と桜儚。
不機嫌そうにしていた一真も家に帰ってくれば、機嫌がよくなり、少しだけ足取りが軽くなっている。
そのまま玄関を潜り抜けると、そこには穂花が両手を広げて待っていた。
「おかえりなさい、一真」
「お母たま!」
まさか、このような出迎えがあるとは思っておらず、一真は靴を脱ぎ捨てて駆け出し、穂花に飛びつく。
飛びついてきた一真をギュッと抱きしめる穂花だったが、それは悪魔の抱擁であった。
「お、お母たま……? なんだか、背中がミシミシ言ってる気が」
背中に回されている腕から尋常ではない力を感じ、一真は穂花に恐る恐る尋ねる。
「一真。帰ってきたらお説教だって言ったでしょ?」
「……わ、忘れてまちた」
「覚悟しなさい」
「ユ、ユルシテ……」
「ふんッ!」
「コッペパン!!!」
綺麗なサバ折りで一真の背骨は砕かれた。
息を引き取ったようにぐったりしている一真を穂花は廊下に寝かせる。
目の前の光景に唖然としている桜儚に穂花は声を掛けた。
「夕飯の用意は出来てるわ」
「え、ええ……」
普段通りの穂花に桜儚は戸惑いつつ、一真の屍を越えて食堂へ向かう。
食堂にはアイビーに保護されている子供達が夕食を取っており、和気藹々と賑わいを見せている。
その中で二つ分の席が空いており、桜儚は自分と一真の席だと察し、子供達に捕まらないようそそくさと移動して座った。
「ここは平和よね~」
「そうだな」
桜儚が子供達の団欒を目にしながら夕食を取り、独り言を呟いていると、いつの間にか隣の席に一真が座っていた。
先程、穂花に鯖折りを決められ、完全に撃沈していたはずなのにすっかり回復した様子で夕食を取っている。
「相も変わらず、恐ろしい回復力ね」
「即死じゃなければ俺は死なんからな」
「即死って頭を吹き飛ばさないといけないってことでしょ?」
「ああ。頭を潰されたら回復も出来んからな。だから、頭は最優先で守ってる」
「でも、それで本当に死ぬの? 貴方のことだから、他にも保険あるんじゃない?」
「お前は本当に鋭い奴だな。一応、あるけど流石に俺の命に直結することだから詳しくは言えん」
「ふ~ん……」
気にはなるが詮索した所で分かるものではないと、桜儚は見切りをつけて会話を区切った。
「意外だな。もっと興味を持つかと思ったんだが」
「だって、どうせ魔法で隠してるのでしょう? だったら、詮索した所で意味なんてないわ。魔法が一切使えない私には到底分かることではないでしょうし」
「賢明な判断なこって」
「そもそも貴方をどうこうしようなんて気持ちはもう無くなっちゃったわ。私がどれだけあの手この手で貴方を陥れようと、真正面から粉砕しちゃうでしょうし」
「なんだお前? 急に丸くなったようなことを言い出して。頭でも打ったか?」
「貴方の理不尽さに呆れてるだけよ」
「俺からしたら洗脳持ちのお前も理不尽だと思うがな」
「貴方以外からすればそうでしょうね~」
魔法という現代科学でも証明出来ず、再現も出来ない力を持っている一真。そして、目を合わせるだけでほぼ洗脳が出来る桜儚。
お互いにお互いが厄介だとは思っているが、世間一般からすればどちらも大概であろう。絶対に敵に回したくない存在だ。
「食事中に物騒な話をしない」
「「はい。ごめんなさい」」
子供達と一緒に食事中だったので物騒な会話をしていた二人は穂花に拳骨を落とされる。
「子供達が変なことを覚えたらどうするの!」
桜儚は一度だけで許されたが一真は前科が多いため、二発目の拳骨を落とされた。
「あぐぅ……。どうして、僕だけ二発も」
「反省が足りないようだったから当然でしょ」
「海よりも深く反省しております。ママン!」
どう聞いても嘘にしか聞こえない一真の薄っぺらい発言に穂花は容赦なく三発目の拳骨をお見舞いする。
「ふんっ!」
「ほげぇっ!」
三発目は二発目よりもさらに強烈で一真は机に顔面から叩きつけられた。
その際に一真の前に置いてあったお皿は子供達がさっと避けている。
実に訓練された動きであり、一真が何度も同じような目に合っているのが分かる明白な証拠であった。
「いい反面教師が傍にいるものね~」
アイビーで保護され、穂花を始めとした施設の従業員に教育を施された子供達は皆いい子に育っている。
教育方針としては立派な大人になれるようにと、家事全般から裁縫、日曜大工といったことまで教えられているので、子供達は大抵のことならなんでも出来るのだ。
その筆頭に一真を始めとした悪ガキが君臨していたりするのだが、穂花の教育によって躾られており、立派とは言えないがしっかりとした人間に成長している。
ただし、一真はまだまだ問題児扱いされており、穂花が手を焼かされているする。が、馬鹿な子ほど可愛いという言葉があるように穂花は一真のことを愛していた。無論、一人の息子として。
三発目の拳骨を貰ってからは、ようやく反省したのか一真は黙々と食事を済ませ、後片付けを手伝うと、ささっと風呂に入った。
さっぱりした一真は今日一日にあったことを振り返りつつ、就寝につこうかとした時、部屋のドアが叩かれる。
「今いいかしら?」
「明日にしろ」
「いいわけね。お邪魔しま~す」
一真の返事に聞く耳を持たず、部屋のドアをノックした桜儚が遠慮なしに入ってきた。
「お前、許可も出してないのに勝手に入ってくるんじゃねえよ」
そう言って一真は手元にあったクッションを桜儚に投げつける。
顔面に飛んできたクッションを桜儚はキャッチすると、それを座布団代わりにして腰を下ろした。
「まあまあ、いいじゃない。私と貴方の仲でしょ」
「言ってろ。それで何の用だ?」
「ただ世間話をしにきただけよ」
「じゃあ、お茶を持ってくるなりと気を利かせろよ」
「え~。そんなのいる?」
「なくて困るようなもんじゃないだろ」
「それじゃあ、ホットミルクでいいかしら?」
渋々ながらも桜儚は立ち上がり、一真に言われた通り、飲み物でも取ってこようかとする。
「いや、もう今更だ。なくても別にいい」
「何よそれ~。もう立ったからついでに取ってくるわ」
面倒くさい一真の言いように桜儚は呆れるが、立ってしまったのでついでに飲み物を持ってくると部屋を出ていく。
桜儚が部屋を出て、しばらくすると両手にコップを持って現れた。
「うむ。ご苦労」
桜儚から熱々のホットミルクが入ったコップを受け取ると一真は満足そうに頷いた。
火傷しないように冷ましながらホットミルクを一真が飲んでいると、桜儚は悪戯を思いついたように口元を歪める。
「それ、私の母乳なの」
「ぶふぉっ!?」
突然、桜儚がそのようなことを言うものだから一真はホットミルクがへんなところに入ってしまい、思いっきりむせてしまう。
「ゴホッゴホッ! お、お前、いきなりなんちゅうことを言うんだ!」
「どう? 私のおっぱいのお味は?」
「どうもこうも…………え、ホントに?」
悲しいことに一真は純粋無垢な童貞だ。
過去に何度もハニートラップによって命を落としたにも関わらず、行為に至る前の段階で毒を盛られたりして、最後まで致せなかった悲しき男。
当然、母乳の味など知る由もなく、純粋な目で一真は桜儚に訊いていた。
その様子がたまらなく可笑しかった桜儚はお腹を抱えて笑い声をあげる。
「冗談に決まってるじゃない。アハハハハハハッ!」
お腹を抱えて笑い声をあげている桜儚。
ふと、おかしなことに気が付く。
妙に静かなのだ。
騙された一真が一言も発していないのである。
これは流石に不味いのではないかと桜儚が顔をあげた時、そこには悲しみを瞳に宿し、憤怒に燃える一人の
「…………お前、俺の純情を弄んだのかッ!」
「ちょ、ちょっとしたジョークよ、ジョーク。悪気があったわけじゃないのよ? だから、ね? そんなに怒らないで……」
「お前は俺を怒らせた……」
「ど、童貞を貰ってあげるから許して……」
「俺の純情を踏み
血の涙でも流しそうな程に怒っている一真は一歩踏み出す。
逃げなければ命が危ういと本能で感じ取った桜儚だが、すでに一真の間合いに入っている。
逃げ場はなく、かといって抵抗したところで勝てるはずもない。
であるならば、やることは一つだけ。土下座である。
「ごめんなさい。流石に冗談が過ぎました」
誠心誠意の謝罪をされては一真も矛を収めるしかない。
これがハニートラップで暗殺だったなら問答無用で首をはねていたが、彼女の言う通り、お茶目な冗談だ。
一真からすれば質の悪い冗談であるが殺すほどのことでもない。
「……次はないからな!」
「お詫びにおっぱいでも揉む?」
「言っておくがおっぱいくらいは揉んだことはあるんだぞ」
最後まで致せなかったものの、胸くらいは触ったことがある。
何せ、単純な一真をハニトラに仕掛けるには胸を触らせるのが効果的だったからだ。
「あら、そうなの? 意外ね」
「ふふん!」
「自慢げにしてるけど、結局は童貞なんでしょ」
「それを言ったらおしまいよ……」
それからも他愛のない話を続けて、夜が更けていき、桜儚が部屋から出て行ったところで一真も就寝についたのであった。
※※※※
更新遅くなってしまい申し訳ありません。
これからも不定期更新ではありますがよろしくお願いします。
完結までは書く予定ですので応援お願いします<m(__)m>
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