第33話 夢くらい見たっていいじゃないの
ガタンゴトンと揺られて数十分、一真は目的の駅に辿り着いた。
電車から降りて、改札を抜け、家へ帰る。
「それでは私はこれで」
「え? 桃子ちゃん。一緒に帰らないの?」
別れ道で桃子が反対方向へ向かおうとしたので一真は呼び止める。
てっきり、一真は一緒に晩御飯を食べるものだと思っている。
しかし、桃子は仕事がある為、家に帰らなければならなかった。
その為、一真達とここで別れるつもりだ。
「私は仕事があるので」
「急ぎの仕事?」
「どこかの誰かさんのせいで大忙しです」
心当たりがあり過ぎる一真はジト目で睨んでくる桃子から視線を逸らす。
だが、耐え切れず一真は申し訳なさそうに謝った。
「ごめんて」
「謝るくらいなら最初からしないでください」
「ごめん。それは今後も無理」
今後も同じような事があると発覚した桃子は白目を剥きそうになるが、そもそも今更の話だ。
一真はいつも突拍子もなく暴走する。
それが良かれと思ってだったり、面白そうだからという酷く迷惑な理由でだ。
どれだけ注意しても、何度叱ろうとも決して治らない。
そろそろ、諦めるべきなのだろうがそれはそれで負けた気がするので、これからも桃子は一真を𠮟りつけ、注意するつもりだ。
「……言っておきますが許したわけではありませんからね」
「あい!」
「どうして、そう素直なのに言う事を聞いてくれないんですかね……」
「そういう性分なんだ。俺は自分がしたいと思った事をやりたい」
「誰だって同じ気持ちですよ! でも、皆我慢してるんです!」
「我慢は身体にも心にも良くないよ!」
「そんな事は分かってますよ! だけど、ままならないんです! 人生と言うのは!」
「でも、ここに自己中の代表がいるじゃん!」
そう言って一真が指を差すのは隣で二人の会話を楽しそうに聞いていた桜儚だ。
一真の言う通り、彼女も自分勝手に生きて来た人間であり、現在も自由を謳歌しているような女だ。
「……そう言えばそうでしたね。どうして、こう問題児ばかりを私に押し付けるんでしょうか」
「そんなの決まってるじゃないか!」
「心が読めるからでしょ~。私達が内心で何を考えているかを見抜く事が出来て、政府に報告し、対処出来るのは貴女だけだもの」
「片方は読んでも意味ありませんし、貴女も思考と行動が矛盾している場合もありますから、はっきり言って私の天敵ですからね」
「(そんな事ないよ! ほら、僕はとっても素直な一真君だよ)」
「(可哀想に……。きっと前世で碌な事をしてこなかったんでしょうね)」
二人してニッコリ満面の笑みである。
心を読んでしまった桃子は怒りに肩を震わせ、拳を強く握りしめた。
「歯を食い縛ってもらえますか?」
「落ち着いて、桃子ちゃん。暴力は良くないよ」
「そうよ。私達には言葉があるんだから話し合いで解決しましょ」
「暴力は第二言語だと貴方から教わりました」
「……そんな事言ったっけ?」
「言ってたわよ」
突然の裏切りに一真は桜儚の方を勢いよく振り返る。
そこにはこれから起こる惨劇を楽しみしている女狐がいた。
「己、裏切ったな!」
「私は最初から誰の味方でもないわ」
「くらえ!」
腕部分だけパワードスーツを展開した桃子は一真を容赦なく殴る。
事の発端は自分である為、一真は反省の意味も込めてワザと殴られた。
「ぐはぁッ!」
「相変わらず、一撃は受けるのよね」
「まあ、自戒の意味もあるからでしょう。彼は一応、形だけですが反省はしてくれますから」
「そうね~。形だけね」
「はい。形だけですが」
「心外だな。ちゃんと反省する時もあるよ」
「「嘘つけ」」
「酷い……!」
信用性は皆無であるが一真も反省すべき時はしている。
ただし、それは本当に大きな過ちを犯した時だけだ。
今回の件に至っては大多数の人間に迷惑こそ掛かったが、そこまで深刻な問題ではない。
以前のように力を隠して、友人、知人が危機に陥るというような事ではない限り、一真が反省する事はないだろう。
「大分、長引いてしまいましたが、私はこれで失礼します」
「ういうい。気を付けてね」
「また会いましょうね~」
颯爽と去って行く桃子に一真は大きく手を振り、桜儚はフリフリと小さく手を振った。
桃子は肩越しに二人を一瞥すると振り返る事なく、小さくを手を上げて、そのまま家に帰っていった。
桃子を見送った一真と桜儚は踵を返してアイビーへと帰っていく。
「それにしても、こうして貴方と二人きりになるなんていつぶりかしら」
「初めてじゃないのか? 基本は桃子ちゃんを含めて三人で行動する事が多いし」
「確かにね。大体、いつも三人よね」
「まあ、お前と二人きりだからといって緊張とかもないし」
「こんな美人が隣を歩いてるのに何も思わないの~?」
「前にも言ったが見た目はドストライクだが中身はクソだろ。最近は人間扱いしてやってるけど、お前が本気で敵意を剥き出しにしたら殺す気満々だからね?」
「私、意外と貴方に気に入られてると思ってたんだけど……」
「アホ。気に入ってはいるよ。味方でいる間はな」
一真は懐に入った人間には甘いが、だからといって完全に気を許した訳ではない。
桃子は完全に身内扱いしており非常に大切にしているが桜儚に関しては別である。
彼女は元々、一真に敵認定されていたので身内扱いはされず、使い勝手のいい味方という認識だ。
それゆえに彼女がもしも、本当の意味で裏切った場合はこの世から消される事は間違いない。
「隷属魔法で縛られてるんだから裏切る事なんてないんだけど?」
「隷属魔法はあくまでも相手を縛れるだけだ。心までは無理だから敵意を抱く事は可能なんだ。ただ、敵意を抱けても害を与える事が出来ないだけなんだよ。だから、お前が自分じゃなく洗脳した誰かを俺にけしかける事は出来る。まあ、そんな事したら生まれてきた事を後悔させてやる」
「お、恐ろしい事を言うのね……」
一真の言葉が冗談ではない事を確信した桜儚は額に脂汗を浮かべる。
魔法使いであり、隷属魔法という非人道的な魔法まで使える一真なら誇張抜きで生まれてきた事を後悔させられる。
火達磨にされた経験のある桜儚であっても本気の一真とは相対したくないだろう。
「肝に銘じておくわ~」
「少なくとも今はそんな事しないから安心しろ」
「ちなみに命乞いの時に誘惑してもOKなの?」
「以前、それで失敗してるだろ」
「そう言えばそうだったわね。聞いておきたいんだけど、貴方は別に不能とかじゃないんでしょ?」
「バリバリ現役じゃい。まあ、お前に誘惑されてもあまり興奮しないのは異世界で同じような目にあって来たからだ」
「勇者だから沢山誘惑されたの?」
「そうだ。ただし、主にハニトラからの暗殺だ。ベッドの上で何度刺された事か……」
「でも、美味しい思いはしたんでしょ?」
「毒入りの酒や食べ物で弱ってる所をグサリだ」
「え? じゃあ、まだ未経験なの?」
今度は別の恐ろしさで震える桜儚。
思わず、一真が童貞かどうか聞いてしまい、後悔しているがすでに手遅れだ。
怒り狂った一真に殺されてしまうかもしれないと怯えながらも桜儚は返答を待った。
「未経験だ」
「堂々と言うのね~。正直、逆切れするんじゃないかと思ったのに」
「隠していてもバレるだろう。それにお前はそういうのに聡いだろう。なら、最初から教えておいた方がいいと思ったまでだ」
「ふ~ん……。ねえ、私が手取り足取り教えてあげましょうか?」
「俺は初めては好きな人とがいいんだよ」
「うわ~……。それ拗れるやつよ。そういうのって女に幻想を抱きがちだから、さっさと経験してた方がいいと思うんだけど」
「うるせえわい! 夢くらい見てもいいだろうが!」
「異世界でも同じような事を言ってたんじゃないの?」
「見てた来たかのように言うんじゃねえよ! その通りだよ、チクショウ!」
結局、一真は桜儚に煽られて逆上し、アイビーまでの帰り道はずっと不機嫌そうにガニ股で歩いていた。
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