第32話 もっと増やそうぜ!

 冴木監督が急遽決まった慧磨の出演について大いに頭を悩ませている最中に一真は聖一のもとへ向かった。


「聖一さん。冴木監督は忙しそうなので帰りましょう」

「もうお話は済んだのかい?」

「はい。ひとまずは終わりました」

「ひとまずは……か。まだ何か企んでそうだね」

「そんな事はないですよ~」


 言葉とは裏腹に一真の表情は愉快犯のように笑っていた。

 それを見た聖一はきっと冴木監督は今後も一真に振り回されるのだろうと確信する。

 内心で聖一は冴木監督に合掌しつつ、その場をそっと離れていく。

 本当なら一言挨拶をしてから別れたかったのだが、冴木監督は忙しそうに電話をしているので聖一は気を利かせて近くにいた他のスタッフに帰る事を伝えた。


「よし、今の内に帰ろうか」

「うっす!」

「いいんですか? 先輩」


 聖一の傍を歩く幸太郎は冴木監督を一瞥する。

 今回はこちらが見学を希望し、冴木監督に無理を言ったのだから義理は通さなければならないはず。

 それなのに冴木監督には他のスタッフを通じて挨拶を告げただけ。

 流石にそれは社会人としてどうなのかと幸太郎は聖一に目で訴えた。


「今、冴木監督は僕達に構ってられないくらい忙しいから大丈夫だよ。それに自業自得な部分もあるしね」

「はあ。何の事だかさっぱり分かりませんが先輩がそう言うなら、もう気にしない事にします」

「それがいいよ。あんまり考え過ぎると心労のもとになるから」

「なんかありました? 先輩」


 遠い目をしている聖一が気になって問いかける幸太郎であったが、聖一は曖昧な笑みを浮かべるだけで明確な返答はなかった。

 それだけが気掛かりであるがこれ以上聞いても答えてくれそうにないので幸太郎は言われた通り、それ以上考えるのをやめたのである。


「それで私の仕事を増やした事についてどう考えている訳ですか?」

「桃子ちゃん。超有能! 君なら出来るさ!」

「ふんッ!」

「ぐふぅッ!」


 一真はへつらうように説得を試みたが桃子の鉄拳制裁により顔面が陥没してしまった。

 ギャグ漫画のように顔が変形し、前が見えなくなってしまった一真はフラフラとした足取りで帰路につく。

 その前を怒り肩で不機嫌そうに大股で歩く桃子と、その様子が面白可笑しくてクスクスと笑う桜儚が一真の一歩後ろを歩いていた。


 駐車場には先に戻っていた聖一と幸太郎が三人を待っていた。

 顔面が陥没し、覚束ない足取りで歩いている一真を見て幸太郎が悲鳴を上げる。


「うわあああああッ!? 一真君、大怪我してるじゃないか!? 一体、何があったんだ!? いや、それよりも救急車を呼んだ方がいいのか!?」


 至極真っ当なリアクションだが桃子を始めとした他の二人は慣れているので幸太郎を落ち着かせる。


「まあ、東屋君。落ち着いてよ。一真君ならこれくらい平気だから」

「いやいや、何言ってるんですか!? どう見ても重傷でしょ! 父親なら心配しなきゃならんでしょ!」

「うん。君の言う事は正しい。でも、ほら、見てごらん」


 そう言って聖一が大騒ぎしている幸太郎の肩を叩いて、後ろにいる一真の方を見るように促す。


「見てごらんって言われても、さっき見たばかり――うぅぅわああああああああッ!?」


 先程まで顔面が陥没し、見るも無残な姿だったのに今は元通りの綺麗な顔になっている一真を見て、幸太郎は驚きに絶叫を上げながら腰を抜かす。


「え、え、え? なんで!? 今の一瞬で何が起こったの? もしかして、特殊メイクだったりとか?」

「そうだよ」


 いちいち説明するのも面倒なので一真は幸太郎の言葉に乗っかり、先程の怪我は特殊メイクによるものだと言い聞かせる事にした。


「そ、そっか! そうだよね! 普通、あんな怪我してたら歩けるはずないもんね!」

「ウン、ソウダネ」

「も、もう~、心臓に悪いドッキリはやめてくれよ。本当に心配したんだからね」

「うっす、すんません」


 まだドキドキしているようで幸太郎は心臓付近をシャツが皺になるくらいギュッと押さえている。

 流石に悪い事をしてしまったと罪悪感を感じる一真は素直に謝るのであった。


「少しは反省しましたか?」

「いや~、まさかあんなにもいい反応リアクションがあるとは思わなかったよ」

「そもそも一般人からしたら異常な光景だものね~」

「貴方の父親は事前に知っているから問題ありませんでしたが、何も知らない方だと流血沙汰は普通に事件ですからね」

「そうだね~。今回はドラマの撮影現場帰りだったから特殊メイクとかで誤魔化せたけど、次からは気を付けないとね」

「果たして貴方に次なんてあるのかしら~?」

「ふッ……」


 勝ち誇ったように笑みを浮かべる一真であったが次の瞬間、雨に濡れた犬のように情けない顔になる。


「泣いて懇願すれば許されるかな?」

「私達よりも貴方の方が知っているでしょう? 自分の母親がどれ程厳しいかと」

「大丈夫よ~。殺されはしないから」

「全治一か月は覚悟しておくか……」


 帰ったら穂花に折檻されるのは確定事項である。

 勿論、死ぬ事はないが骨の一本や二本は覚悟しなければならない。

 何せ、今の一真にはそれくらいしないと罰にはならないのだから。


「あの……先輩。後ろの方で不穏な事を言ってるんですが、突っ込んだ方がいいんですかね?」


 車を運転している幸太郎は後部座席に座った三人の会話が途轍もなく恐ろしく感じていた。

 バックミラー越しに三人を目にしながら、助手席に座っている聖一にどうしたらいいかと尋ねてみたが、彼は首を横に振って気にしないよう言い聞かせた。


「気にしないでいいよ。僕達とはちょっと住んでる世界が違うから」

「ハハ……。そうします」


 聖一の言う通り、幸太郎はそれ以上考えるのをやめた。

 というよりも、考えないようにした。

 きっと、皐月一真という人間は普通の人間には理解出来ないのだろうと幸太郎は結論付けるのであった。


 それから、しらばらくして駅に辿り着いた。

 幸太郎と聖一は社用車で来ているので会社に戻らなければならない。

 ここで一真達とお別れである。三人は二人にお礼を言って車から降りて駅へ向かう。


「それじゃ今日はありがとうございました」

「本日はお招きいただき、ありがとうございました」

「貴重な経験でしたわ。また機会があれば是非お願いします。今日はありがとうございました」

「いやいや、お礼を言うのはこちらだよ。今日は色々とありがとうね。それじゃ、一真君。近い内にまた会おう」

「ういっす!」


 聖一は一言だけ交わし、幸太郎は頭を下げて一礼だけしてから車を発進させて会社へ帰っていった。

 一真達は二人を見送ると駅へ向かって歩いていき、人混みの中に消えていく。


「キングや覇王に太陽王は呼んだら来てくれるかな」


 改札を抜け、駅のホームで次の電車を待っていたら、ふと思いついたかのように一真がとんでもない発言をする。

 隣で超弩級の爆弾発言を聞いてしまった桃子は卒倒しそうにんったが、ギリギリの所で持ち堪えた。


「あ、貴方は何を言ってるんですか?」

「え? いや、だからキングや覇王や太陽王は呼んだら来てくれないかなって。ほら、首相が出演するのも面白いけど、世界の名だたる異能者が出るのも面白いかと思って」

「そうですね! 貴方からすれば面白いでしょうが付き合わされる身からすれば、最悪だと言っておきましょうか」

「でも、視聴者からすれば最高のエンタメよね~」

「なッ!?」


 まさかの援護射撃に桃子は驚愕の声を上げ、隣にいた桜儚を睨みつける。


「一体何を考えているのですか!? 貴女も付き合わされるんですよ!」

「だって、私達がどうこう言っても彼は止まらないでしょ? 実際、唯一の抑止力であるお母様すら止められなかったのだから」

「それは……そうですが……」


 暴走した一真を止めようと桃子達は穂花に連絡を試みたものの、彼は止まる素振りこそ見せたが最終的には折檻される事を承知の上で突き抜けてみせた。


「もう諦めましょうよ」

「ぐ……」


 正直、暴走を始めた一真を止めるのは不可能な話だ。

 だったら、最初から満足するまで付き合えばいい。

 とはいえ、一真の暴走に毎度の如く巻き込まれる桃子からすれば堪ったものではないが。

 しかし、止める事が出来ないのだから桜儚の言う通り、諦めるほかないだろう。


「はあ……。上に報告だけしておきます」

「それがいいわ。多分、首相さんの胃が爆発しちゃうだろうけど」


 知らない所で恐ろしい話が進んでいるのを聞いたら、ニチアサの特撮ドラマに出演する事が決まって喜んでいる慧磨は、とんでもない事態に膝から崩れ落ちる事は間違いない。

 キングはさておき、覇王と太陽王はどちらも立場ある人間なので日本に招くとなれば、それ相応の対処をしなければならない。

 可哀想であるが紅蓮の騎士を雇用した所為なので仕方のない事であった。

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