第31話 首相出るってよ!
後悔に苛まれる冴木監督であったが、毒を喰らわば皿までという言葉があるように腹を括り、一真の話を真剣に聞いてみる事にした。
一真は冴木監督の目が先程の困惑したものから変わった事を見抜き、片手で塞いでいた彼の口を解放する。
「ぷはっ。先程の続きだけど、首相を出演させるにあたって君は何か策でもあるのかな?」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました。実は学園対抗戦で大活躍した結果、国防軍からスカウトが来たと同時に首相と接触する事が出来たんです。そこで連絡先を交換しました」
実は自分が紅蓮の騎士だという事を隠す為に一真はそれらしい理由を考えていたのだ。
一真の説明を聞いて冴木監督は学園対抗戦の活躍を思い出し、彼の言う事に嘘はないのだろうと納得してしまった。
実際、真実を知らなければ一真の説明は納得出来てしまい、大抵の人間は信じてしまうだろう。
今回はまさに一真の望んだ結果となったでのある。
「なるほど。確かに君の学園対抗戦での活躍を見れば国防軍がスカウトに動き、首相が自ら出向くのも分かる。でも、個人的なつながりまで持てるものなのか?」
「そこは他国への流出を防ぐためらしいです。大人の事情というやつですね」
「そう言う事か。国も必死だという事が伝わったよ……」
有力な異能者は他国が破格の条件で引き抜く事が多い。
特に日本はその傾向が強く、数多くの日本人が海外へ奪われてしまっている。
しかし、現在は紅蓮の騎士という世界最強の戦力を所有しており、他国に圧倒的な差をつけている。
ただ、紅蓮の騎士という破格の戦力を有しているせいで一部の者達が他の異能者を軽視し始めているので今後も戦力の低下は考えられるだろう。
「だから、俺が電話してお願いすれば首相も泣いて喜んで出演してくれますよ」
「いや、流石にそれはないんじゃないかい? だって、首相だよ? とても多忙な御方なんだから、ニチアサの特撮ドラマになんて出演している時間なんてないって」
「まあまあ、俺を信じてください。ちょっと、電話するんで待っててくださいね」
いまいち信じられないが、どうせなら作品をいいものにしたいと冴木監督は一真を信じてみる事にした。
それにたとえ首相が出演してくれなくても役者は十分に揃っている。
なら、特に心配する事はないと冴木監督は電話をし始めた一真をぼんやりとした目で眺めるのであった。
冴木監督から少し離れた場所で一真は慧磨に電話をかける。
電子音が鳴り、ワンコールで慧磨と繋がった。
『もしもし』
「もしもし、俺、俺、俺だよ! 分かる?」
『今時、オレオレ詐欺は流行らないと思うが?』
「ちょっとはノリに乗ってくれてもいいと思うんだけど」
『一真君。私は君と違って多忙の身でね。出来れば用件を早く伝えて欲しいんだが……』
「俺だって忙しいんですよ!」
下らない事で張り合う一真の耳に大きな溜息が聞こえる。
電話の向こう側で慧磨が大きな溜息を吐いたようだ。
『そうか。それで?』
「慧磨さん。ニチアサの特撮ドラマに出演しましょう!」
『……先程も言ったが私は多忙の身なんだがね』
「じゃあ、俺アメリカに亡命します! 家族を連れて!」
軽い冗談ではあるが慧磨からすれば洒落にならない事態だ。
今、紅蓮の騎士が日本から離脱すれば間違いなく国は傾く。
国家崩壊とまではいかないが、少なくとも大打撃は受ける事だろう。
『一真君。冗談でも笑えないぞ……』
「俺ぁ、本気ですよ……」
慧磨は酷い頭痛でも起こしたかのようにこめかみを押さえる。
本来なら怒鳴りつけたい所だが、それで機嫌を損ねて本当に亡命でもされたら困ると慧磨は頭を抱えた。
一真は普段こそ従順で素直な少年なのだが、時折こうして暴走するのが瑕である。
上手くコントロールする事も出来るが、恐らく今回の件は意地でも曲げないだろうと慧磨は予想をつけた。
『どうしても出ないとダメかね?』
「出て欲しいな~」
『……スケジュールを確認しておこう』
「あざ~っす! 詳しい事は後日話しましょうね~!」
『分かった。それでは失礼する』
一真との電話が切れた慧磨はそれはそれは深い溜息を吐き、秘書の月海にドラマ撮影の件を任せる。
酷く疲れた顔でドラマ撮影の件を任せて来た慧磨を見て、月海は内心で彼がほんの少しばかり喜んでいるのを察した。
「良かったですね。憧れのヒーローになれて」
「……何の事かな?」
「誤魔化してもダメですよ。一真君の我が儘を免罪符にしているみたいですが内心では嬉しいのでしょう?」
「そんな事はないさ……」
「嘘はおやめください。以前、閻魔で出撃した時と同じような表情をしていましたよ」
「本当かねッ!?」
「カマをかけてみただけです。ですが、どうやら私の思っていた通りですね」
「……一真君には内緒にしといてくれないか?」
「どうしてですか? きっと、喜ぶと思いますよ?」
「大人としての体裁というものがあるだろう?」
「ああ。そう言う事ですか。分かりました。この事は秘密にしておきます」
「ありがとう」
もしも、一真にバレてしまったら終わりだ。
事あるごとに巻き込まれるだろう。
それこそ、本人は悪気一切無しで嬉々としてだ。
時には息抜きも必要だが、だからと言って頻繁に一真の暴走に付き合わされるのは勘弁願いたい。
慧磨としては程々で丁度いいのだ。
その一方で一真はというと慧磨からの許可を得たので、水を得た魚のように生き生きとした顔で冴木監督のもとへと戻っていた。
冴木監督からすれば三日月状に口元を歪めている悪魔にしか見えない。
今すぐにでもここから逃げ出したい気分であったが、そもそも藪蛇を突いたのは自分であると目をギュッと瞑った。
「冴木監督~。朗報ですよ~」
「……ホントに?」
「嘘じゃないですよ。多分、もうすぐ連絡が来るんじゃないですか?」
一真が言った直後に冴木監督の携帯に連絡が入る。
まさかと思いつつ、冴木監督は携帯を確認すると会社からであり、驚いたように一真へ顔を向ける。
ニッコリと微笑んでいる一真は電話に出るように促した。
恐る恐る冴木監督は電話に出ると非常に焦ったような声を出す社長が出た。
『もしもし、冴木君!』
「どうかされましたか? 社長」
『大変な事になったんだよ!』
「もしかして、首相が出演したいとか?」
『む? 何故、知っているのかね?』
先程の言葉は本当であったのかと驚愕する慧磨は一真を一瞥する。
そこには先程と変わらずニコニコしている一真がいるだけ。
その笑顔が不気味で仕方ないが今はそんな事よりも社長に事情を説明するのが先決であった。
「実は今、現場に皐月一真君がいまして……」
『皐月一真君? あ~、確か学園対抗戦で大活躍だった子だね。そういえば、今日見学に来てたんだったか?』
「はい。その一真君なんですが、どうやら斎藤首相と面識があるらしくて……」
『まさか、彼の要望で斎藤首相が出演する事になったと?』
「お察しの通りです……」
『いやいや、流石に一介の学生にそのような事が出来るはずが……いや、待てよ? もしや、政府は一真君と何かしら取引をしている可能性があるのか……?』
「我々には分かりませんが……恐らくは」
『この件に関しては深く考えるのはやめておこう』
「賢明な判断です……」
『スケジュールなどの調整については私も手伝おう。君には苦労をかけるがよろしく頼む』
「分かりました」
電話が切れて真っ黒な画面に切り替わり、そこに映っていたのは酷く焦燥しきった顔をした冴木監督。
たった数分の電話でこれだけ疲れたのは、いつぶりだろうかと冴木監督は渇いた笑みを浮かべる。
とはいえだ、今回の件は厄介な話ではあるがそれと同時に最高に狂っていて面白い話だ。
何せ、現役の首相を出演させる事が出来るのだから。
大御所俳優、ハリウッドスターなどもインパクトは大きいだろうが首相は前代未聞に違いない。
話題になるのは確実だろう。だからこそ、情報規制は徹底しなければならない。
「一真君。今回の件についてだが――」
「ああ、安心してください。誰にも喋りませんから。後、誰にも喋らせませんから」
「うん? 前半はともかく後半は良く分からないが……まあ、こちらでどうにかしておくよ」
不穏な発言があったが冴木監督はこれ以上気にすると胃に穴が開くかもしれないと思い、自分の仕事に専念する事にしたのであった。
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