第30話 ちょっと面白い話があるんすよ~

「教えてやろう。お前達に真の絶望というものを!」

「まるで悪役のセリフね~……」

「とはいっても、今の彼にはピッタリですよ」


 今の一真は多勢に無勢であり、桃子達は魔王に挑む勇者一行という構図になっている。

 桃子と桜儚の二人に加えて現場にいた俳優陣と女優陣、そしてスタントマン達が徒党を組んで一真と対峙する。


「ふん! お前達に勝ち目はないぞ」

「さあ、それはやってみなくちゃ分からないわ~」


 実力差が分からない桜儚ではない。

 一真は彼女が何かを企んでいることを察し、警戒心を高めた。

 すでにスタッフ全員に洗脳をかけていた桜儚だ。

 慎重に動かなければ足元を掬われてしまうだろう。


「何を企んでいようが俺はその全てを粉砕してやるさ」

「うふふふ……」


 どれだけの策を練ろうとも一真ならば、その圧倒的な力で軽くねじ伏せることが出来る。


「では、これならどうですか?」


 桜儚の背後にいたはずの桃子は携帯を片手に一真の前に出てきた。

 携帯の画面を見せ付けるように桃子は腕を突き出す。


「ん?」


 嫌な予感が背筋を走り、一真は桃子と桜儚の体感時間を止めて携帯を奪おうとしたが携帯には魔法が通じず、全ての事情を知っている穂花が画面に映し出された。


『一真。帰ったらお仕置きよ』

「ず、ずるいぞ! 母さんを引っ張り出すなんて!」

『何がずるいよ。魔法という規格外の力を使って脅す方がよっぽどずるいわよ』

「ぬう……。ごめんなさい」

『余計なことはしなくていいから帰ってきなさい』

「あい……」


 ガックリと肩を落とし、一真は魔法を解除して、桃子と桜儚を解放する。


「やれやれね~」

「貴女のおかげで穂花さんを事情を説明することが出来ました。ありがとうございます」

「桜儚が洗脳を使って時間稼ぎをしている間に桃子ちゃんは母さんに電話をかけていたのか……。してやられたぜ~」


 まんまと嵌められた一真は悔しそうに俯いた。

 真正面からの戦いなら負けることはないが、やはり搦め手を使われると滅法弱いことが判明した。


「今度から何かあったらお母様に報告すればいいんじゃないかしら?」

「そうしてますよ。こう見えても彼は何度も母親から折檻を受けています」

「懲りないのね~」

「筋金入りのお調子者ですので……」

「ハハハ、照れるな~」

「「褒めてない」」


 お約束と言わんばかりのボケを挟んで一真は二人からツッコミを入れられ、脳天にチョップを受けた。


「俺じゃなきゃ死んでるよ?」


 二人はパワードスーツを一部展開してから一真の脳天にチョップを振り下ろしていた。

 一真にダメージを負わせるならそれしかないと思ってのことだ。


「当然じゃないですか。そうでもないと罰にならないでしょう?」

「私達は一般女性の力しかないんだから当たり前じゃない」

「一応鍛えてやってるんだから一般女性以上はあるだろ……」


 恨みがましくジト目を一真は二人に向けた。


「それよりも私達は邪魔でしょうから帰りましょう」

「いや、でも、監督さんとお話したいんだが……」

「どうせ、下らないことでしょう? お母様に怒られたくなかったら黙って帰りましょ」

「くだらないことじゃないやい!」


 駄々っ子のように反論するが穂花の名前を出されてしまえば一真も素直に言う事を聞くしかない。

 しかし、それでも譲れない時はある。

 それが一真にとっては今だったのだ。


「俺は監督さんとスペシャルコラボについて話し合うんだーッ!」

「あ、コラ! 待ちなさい!」

「誰か止めて!」


 二人の制止を振り切って一真は突き進む。

 桜儚に洗脳された人達が行く手を阻むが一真にはまるで意味がなく、壁になった人達は怪我をしないように魔法で包まれ吹き飛んでいった。


「グハハハハハッ! 俺の勝ちだ!」

「あ、後で説教されても助けませんからね!」

「母さんからの折檻には慣れっこじゃい!」


 完全に開き直った一真は監督のもとへ一直線に向かう。

 そして、聖一と揉めている監督のもとへ近付くと一真は二人の間に割って入った。


「すいません。もうそろそろ帰らないといけないので父を解放してもらってもいいですか?」

「あ、あ~……」


 ありきたりな台詞であるが学生の一真が言えば効果覿面だ。

 監督は分かりやすいくらいにうろたえた。

 一真の言う通り、自分が大人の対応として間違っている事は明らかだからだ。

 しかし、しかしである。

 間違っている事は重々承知した上で冴木監督は一真に媚びるように頭を下げた。


「一真君! 君も協力してくれ! 何とか紅蓮の騎士とコンタクトを取りたいんだ。だから、君の父親を説得して欲しい!」

「ふむ……。お代は?」


 突然の要求に冴木監督は目を丸くしたがお願いをしている立場なのだから、報酬を支払うのは大人として当然だろう。

 それにお金を払えば味方になってくれるのだから信用出来るというものだ。


「一万、いや、十万でどうかな!?」

「太っ腹ですね!」


 思った以上に金払いがいい事に一真は驚いたが、それだけ本気だと言うことが伝わった。

 だからこそ、一真はこの人になら協力を惜しまないという事を決めた。


「監督、お金はいりません」

「え!? でも、君学生でしょ? 十万は魅力的だと思うんだけど」

「お金には不自由してないんです」

「最近の学生はお金持ちなのかい?」

「そんな事はどうでもいいんです。それよりも、お願いがあるんですよ~」

「お金以外のお願いか……。内容によるかな」

「ちょ、ちょっと、一真君」


 不穏な空気に聖一が一真に待ったをかける。


「なんすか?」

「何をするつもりだい? 言っておくけど、あまり無茶な事は出来ないよ。冴木監督にはあまり権限はないからね?」

「大丈夫っす! 俺にはこの国一番の最高権力者が味方にいるんで!」

「まさか、首相を出演させる話は本気だったのかい!?」

「当たり前じゃないですか~」


 ケラケラと笑う一真に対して聖一は顔から血の気が引いていき、やがて真っ青になる。

 流石に不味いかと思い、助けを求めるように聖一は桃子達へ顔を向けるも、彼女達もお手上げと言わんばかりに肩を竦めている。

 それを見た聖一は愕然とし、最早どうにもならない事を察して肩を大きく落とした。


「え~っと、お話は終わったかな?」


 聖一との内緒話が終わった事を察した冴木監督は恐る恐る一真に話しかける。


「ええ。終わりました。先程の続きなんですが、冴木監督~」


 猫なで声のような気色悪い声を出す一真に冴木監督は警戒心を抱いたが、それ以上に好奇心が勝ってしまい、耳を傾けてみる事にした。


「首相をこの作品に出してみませんか?」

「…………」


 はて、この少年は何を言っているのだろうかと冴木監督は困惑してしまった。

 そもそも日本の最高権力者である総理大臣をニチアサの特撮ドラマに出していいはずがない。いや、出るわけがないだろう。

 政務に忙しい総理大臣をニチアサの特撮ドラマに出演依頼などバカにしているとしか思われない。

 不敬罪があれば間違いなく極刑に処されているかもしれない所業だ。


「あ、もしかして、こいつ何を言ってるんだ? とか思ってます?」

「まあ、正直に言えばね」

「正直ですね。そういうの好きですよ。でも、安心してください。俺は本気と書いてマジと読むくらいマジですから」

「ちょっと、何言ってるか、おじさんわかんない」

「大丈夫っすよ。俺が電話一本すれば総理も泣いて喜んで出演してくれますから」


 これ以上、一真の相手はしていられないと冴木監督は彼から離れようとしたが、強引に肩を組まれてしまい逃げ出せなくなってしまった。


「おいおい、どこに行こうというのかね?」

「いや~、おじさん。ちょっと、お腹が痛くなってきちゃって……」

「逃げられるとでも?」


 本能的に危険だと冴木監督は察した瞬間、聖一に助けを求めようとしたが一真の手で口を塞がれてしまう。


「もう遅い。監督も僕と仲良くしましょうね~」


 その瞬間、冴木監督は手を出してはいけない相手に手を出してしまったのだと激しく後悔するのであった。

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