第29話 あの女狐め!
女優陣をなんとか宥めることに成功した一真は精神的に疲労しており、机に突っ伏していた。
「はあ~~~」
「ふっ……」
一真が苦しんでいたのを見て、愉悦に浸っている桃子は鼻で笑っている。
「上司を助けないとは薄情な部下だ! 胸も薄ければ心まで薄いんだな!」
「遺言はそれでいいんですね」
尋常ではない殺気を迸らせ桃子はユラリと立ち上がる。
周辺にいた者達も桃子から放たれる凄まじい威圧感に気圧され、思わず生唾を飲み込み、喉をごくりと鳴らした。
その中でただ一人、平然としている一真だけが立ち上がり、桃子と向かい合うように距離を詰める。
「大丈夫だ。俺は控え目な胸も可愛らしいと思うぞ」
「今更、取り繕ったところで!」
「うぼぁッ!」
一真の顎を桃子が掌底で打ち上げた。
仰け反り、そのまま後ろに倒れる一真は休憩時間が終わるまで立ち上がってくることはなかった。
休憩が終わり、撮影が再開となったが一真の出番はなく、予定通り見学していた。
時折、質問などするが特に手を出す事も口を出す事もせずに撮影を見守っている。
紅蓮の騎士本人であるので不満はないのかと桃子は見学している最中に小声で尋ねてみた。
「う~ん……。フィクションと現実は違うじゃん?」
「つまり、特に困るようなことはないと?」
「そうだね。別に変なイメージが根付いても俺は俺だし」
「まあ、確かにそうですね」
そもそも紅蓮の騎士は今や世界最強の異能者として君臨している。
今更、イメージが変わることはないだろう。
多少、露骨な設定変更があろうとも世界最強の地位は揺らいだりしない。
「ところで気になってるんだが、やたらと俳優陣がお前を気にしているのはどういうことなんだ?」
撮影に気合が入っているのか、午前よりも明らかにやる気に満ち溢れている俳優達が桜儚を気にしてばかりいるようで、何かとチラチラ目を向けている。
それが妙に気になってしまい、一真は元凶である桜儚を鋭い目で睨む。
「別に何もしてないわ~。強いて言えば汗を流して働いている男はカッコいいわよね~って言ったくらいよ」
「それが原因か……。昼休憩の時に仕込んだのか?」
「仕込んでなんてないわ。楽しくお喋りしてただけよ~」
「洗脳は使ってないんだよな?」
「貴方の契約で縛られてるから無理って分かってるでしょ~」
「むう……。じゃあ、純粋に話術だけで男達を操ってるのか……」
「操ってなんてないわ。彼等がそうしてるだけよ」
「どう思う? 桃子ちゃん」
「どうもこうも放し飼いにするからこうなるんですよ。きっちり躾けてください」
「無理難題を押し付けやがる……」
もう手の施しようがないと一真は悟っていた。
桜儚はもともと、日本を転覆させようとしていた凶悪犯だ。
今更、矯正しようにも遅すぎる。
彼女がまともな大人になることはないだろう。
「酷い言われようね」
クスクスと笑っている桜儚は二人の発言に怒ることなく、上機嫌な様子で肩を揺らしていた。
「そろそろ終わるよ」
「そうなんですか?」
「うん。今日の撮影はここまでだと思う」
撮影が終盤を迎えたようで隣で一緒に見学していた聖一が帰る準備を始める。
聖一は各方面に挨拶へ向かい、別れを済ませるのだが監督に捕まってしまい、一真達は帰れなくなる。
何やら話し込んでいるようで今後のストーリーや展開について話しているのかと思ったら、監督は紅蓮の騎士に会いたいと言っていた。
「ねえ、叶く~ん。どうにか紅蓮の騎士とアポ取れない?」
「え、あ、いや~、一応聞いてはみますがあまり期待しないでくださいね」
「でも、今回の企画は紅蓮の騎士が関係してるんでしょ? ね、どうにかして撮影に参加して欲しいんだよ~」
「特番や映画なら出演可能だと最初にお話ししましたが……」
「そうなんだけど、やっぱり一度は見てもらいたいじゃん?」
「本当は会いたいだけでしょう?」
「まあね! だって、本物のヒーローだよ!? ニチアサの監督を長年やってる身からしたら会いたいに決まってるじゃん! ね、お願い! この通り、どうにか会えないかな?」
冴木監督は聖一に拝むように頭の上で手の平を合わせて頭を下げている。
余程、紅蓮の騎士に会いたいのだろう。
聖一が止めるように言っても冴木監督はいい返事が貰えるまで頭を上げないでいた。
自分ではどうすることも出来ないと聖一は一真に助けを求めるよう顔を向けた。
「待ってください。何をするつもりですか?」
助けに向かおうとしたら桃子に服の裾を掴まれて一真は振り返る。
「無論、俺が紅蓮の騎士だと――」
「バカですか、貴方は!!! いえ、バカでしたね……」
一真の馬鹿さ加減にはほとほと呆れ果てた桃子はこめかみをぐりぐりと押さえる。
「余計なことをしないでください。私が何とかしますから」
「何とかって……どうするの? 桃子ちゃん、まさか色仕掛けでもするつもりか!?」
メキィッと一真の顔面に桃子の拳が突き刺さる。
ギャグ漫画のように一真の顔が凹んでおり、前が見えなくなってしまった。
「ふざけたこと言わないでください。誰が色仕掛けなんてするもんですか」
「じゃあ、どうするの?」
「やりたくはありませんが真意を読んできます。もしも、邪なことを考えていれば、こちらの方で対処しておきます」
「わお……。読心の正しい使い方を初めて見た感じ!」
桃子はオフにしていた読心をオンにして聖一と冴木監督のもとへ向かう。
聖一は桃子の接近に気がついたが彼女の異能を知らず、冴木監督とそのまま話を続ける。
「ですから、そのように言われても私ではどうすることも出来ませんよ」
「でもでも、君が唯一紅蓮の騎士とアポ取れるんでしょ? 本当にこの通り! お願いだ! 一目会うだけでもいいんだよ!」
果たして、その言葉に偽りはないのだろうか。
桃子は冴木監督の真意を読むべく、心の声を聞いたのだった。
「(うわーん! どうして、会わしてくれないんだ! 俺だって紅蓮の騎士と話してみたい! むしろ、紅蓮の騎士を主役とした特撮モノを撮りたい! 交渉さえ出来ればチャンスはあるのに!)」
「(……うわ、この人、ただの厄介なファンなんですね)」
冴木監督は重度の紅蓮の騎士のファンであった。
元々、特撮ものが好きで監督になったのだから、画面の向こう側にしかいなかったヒーローを体現している紅蓮の騎士に惚れ込むのは仕方のないことだろう。ただ、それが少々厄介なのが瑕である。
「(う~ん……。この事実を伝えると、あの男は暴走しそうなんですよね……)」
間違いなく暴走するだろう。
自分のファンだと知ったら一真は冴木監督の為に一肌も二肌も脱ぐようなアホである。
「(面倒ごとには巻き込まれたくないので処理しておきましょうか)」
桃子は一真に知られると絶対に面倒なことになると判断して、仕事用の携帯で仲間に電話を掛け、聖一を冴木監督から引き剥がすことにした。
しかし、桃子の思惑通りにはいかず、一真がいつの間にか背後に接近しており、彼女の行動を阻止した。
「なッ!?」
「フッフッフ……。そうはいかんぜ! 面倒なことが起きる前に処理しようと考えたな!」
無駄にハイスペックな一真は桃子の表情の変化に加えて一連の動作から彼女の思惑を読み取り、先に行動していた。
「恐らく、冴木監督は特に邪な考えを持ってはいないとみた! つまり、あの人はただの紅蓮の騎士の厄介オタクといったところだろう!」
「(こ、この男はどこまで無駄にハイスペックなんですか!)」
悟られないように表情を隠しているが一真は桃子の手を掴んでいる。
脈拍から発汗まで見抜き、彼女が動揺していることを察していた。
「桃子ちゃん。残念ながら君の思い通りにはさせないよ~」
「余計な仕事を増やさないで下さい!」
抵抗する桃子だが一真に敵うはずもなく、あっさりと携帯を奪われてしまった。
「悪いが面白そうなんでな! 俺は行かせてもらう!」
「ちくしょう!」
桃子の願い虚しく、一真は冴木監督のもとへ向かい、詳しい話を聞こうとしたが思いも寄らぬ敵が現れる。
「そうはさせないわ~」
「ぬ……。俺の邪魔をすると言うのか?」
一真の前に立ちはだかったのは桜儚であった。
彼女は一真が冴木監督のもとに行けないよう道を塞いでいる。
「何故だ? 何故、邪魔をする?」
「台詞が完全に悪役じゃないの……」
「いいから答えろ。どうして俺の邪魔をするんだ?」
「言わなくても分かるでしょ? 巻き込まれるのはごめんよ」
「どうしてだ! お前は快楽主義者だろ! 面白いことが目の前に転がってたら躊躇うことなくやるタイプだろ!」
「私は見るのが好きであって、やるのは好きじゃないわ」
言われてみれば桜儚は自らが率先して動く人間ではない。
計画を立てても実行するのは洗脳した配下の人間だ。
つまり、自ら実行し行動を起こす一真とは真逆のタイプである。
「やはり、お前は敵だったか……!」
「悲しいわね……」
二人の間を冷たい風が吹き抜ける。
もはや、争う以外に選択肢はなかった。
「洗脳が使えないお前なぞ敵ではない!」
「ふふふ、果たして本当にそうかしら?」
「何? どういう――」
一真が言葉を発していた次の瞬間、複数の人影が動いた。
気配に気がついた一真は背後に振り返り、そこで見た光景に目を見開く。
俳優陣と女優陣に加えてスタントマン達が一真に向かって襲い掛かる。
「バカな! いつの間に!」
襲い来る俳優陣と女優陣、そしてスタントマン達の猛攻を凌ぎながら一真は桜儚に目を向ける。
「貴方、桃子ちゃんに私の命令権を与えていたでしょう? こっそり、洗脳の許可を貰っていたのよ」
「こうなると分かっていたのか!」
「ある程度はね……」
「だが、こんなことをすれば他の人達が異変に……! どこまで用意周到なんだ、お前らは!」
ニッコリと笑う桜儚の背後には、まるで一真達のことなど存在していないかのように片づけを行っているスタッフ達がいた。
こうなることを事前に予測して桜儚はスタッフ全員に洗脳をかけていたようだ。
そのことを知って一真は、やはり桜儚を敵に回したくないと痛感するのであった。
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