第28話 助けてよ、桃子ちゃん!

 割と自分の中では頑張った方なのに、没にされてしまい一真は不貞腐れていたが、監督からもう一度撮り直してみようと提案があった。


「さっきのはボツだけど一真君が、いい感じに動けることが分かったから、もう一度やってみようか。じゃあ、ちょっと集まって~」


 というわけで一真を含めスタントマン達が監督のもとに集まり、アクションシーンについて話し合う。

 一真はプロ以上の動きが出来るので、そのままで問題ないのだが今回は制限して欲しいとのこと。

 スタントマン達は逆に一真が相手なので先程と同じく、手は抜かなくてもいいとのことだった。


「それじゃ、注意したことを意識して、もう一回やってみよう!」


 再びバトルシーンになり、一真は言われた通りに動きを制限し、スタントマン達と激しいアクションを繰り広げる。

 まじまじと一真達のアクションを凝視し、監督は顎に手を当てて物静かに佇んでいた。

 ようやくバトルシーンがクライマックスを迎えて、一真はスタントマン達の一斉攻撃を受けて指示されていた通り、大げさに倒れるのであった。


「うんうん! バッチリだ! 一真君、ありがとね!」

「いえいえ、こちらも貴重な経験が出来ました。お礼を言うのはこちらの方です」

「ごめんね。本当は見学だけだったのに無茶させちゃって。勿論、お給金は発生するから安心してね」

「え、いいんすか? 大したことしてませんけど」

「これも立派な仕事だよ。日当一万五千円でどうかな? 本当はもっと上げたいところなんだけど、予算とかもあるしね」

「全然いいですよ。学生の身分ですからそれだけもらえたら有難いです」

「それじゃ、帰り際に渡すから今日は思う存分見学していってね」

「あざーっす!」


 学生の身分であれば日当一万五千は良い方だろうが、そもそも一真は月収十億の億万長者だ。

 恐らく、いや、確実にこの場にいる誰よりもお金を持っている。

 しかし、児童養護施設育ちに加え、穂花による教育で一真は基本的に倹約家で物持ちがいい。

 裁縫も出来るから古着を利用して、新しい服に仕立てたりすることも出来るのであまり浪費をしない。

 強いて言えば、施設の子供達に玩具をプレゼントしたりするくらいで本人はあまりお金を使わないのだ。


「一万五千円なんて貴方にははした金では?」

「確かに今は国から毎月十億貰ってるけど、ほとんど手をつけてないし、あんまり自分のお金って感覚がないんだよね~。その点で言えば今回のお金は自分で働いた正当な報酬って感じがするから、感覚が違うんだよね」

「なるほど。そう言う事ですか。確かに汗水流して働いて稼いだお金は少し違いますよね」

「お~、分ってくれるんだ」

「一応、言っておきますけど、私は社会人ですからね。お金を稼ぐのがどれだけ大変かは身に染みてますから」

「桃子ちゃんは苦労してるもんね~」

「一体誰のせいだと思ってるんですか……」


 主に一真のせいで桃子は苦労している。

 ほんの一年前までは犯罪者の心を読んだり、交渉の場で相手の思惑を呼んでいたりだけだったのに、今では書類仕事から肉体労働まで多岐に渡って働いている。

 誰かに褒めてもらっても罰は当たらないだろう。


 それからも撮影は順調に進んでいき、太陽が真上に来たところで休憩となった。

 スタッフが用意していた弁当を配り、一真達も弁当を受け取り、聖一達と食べようとしたところに監督と俳優陣達がやってくる。


「やあ、一緒に食べてもいいかな?」

「いいですよ。一真君達もいいかな?」

「俺はいいですよ~」

「私も構いません」

「私も別にいいわよ~」

「ありがと。それじゃ、食べようか」


 各々、席に着き弁当を食べ始める。

 一真は舌鼓を打ち、弁当を食べ進めていく。


「ねえねえ、ちょっといいかな」

「ムグ……なんです?」


 一真がモグモグとから揚げを食べている横から、女優の一人が話しかけた。


「えっと、私のこととか知ってたりする?」

「いえ、さっぱり」

「アハハ~、そ、そうなんだ~」


 女優の方は知名度があって、少し自信がったようだが一真に知らないと言われて露骨に凹んでいた。


「もしかして、テレビとかあんまり見ないのかな?」

「いえ、結構見ますよ。アニメとかですけど」

「バラエティとか朝の報道番組とかは?」

「どっちも大して見ないですね。今はSNSで情報収集したほうが早いんで」

「あ~、だよね~……」

「もしかして、有名人だったりします?」

「一応はテレビにも出たりしてます……」

「マジっすか。それはなんか申し訳ないです」

「いいのいいの。皐月君は何も悪くないから……」


 あからさまに落ち込んでいる女優を見て、一真は流石に申し訳ないと思ったのか名前を尋ねた。


「え~、あ~、もしよかったら名前とか教えてもらえます?」

飯島いいじま彩夏あやかって言うんだけど……聞き覚えある?」

「…………元グラビアアイドルとか?」

「全然違うよ~! 日本ミスコレクションで優勝したんだけど……全然聞き覚えない?」

「すんません。ないです」

「うわ~ん! こう見えても男子高校生が選ぶ好きな女優ランキングトップ10に入ってるのに~!」


 彩夏の容姿は確かに優れているのだが、一真の周囲にいる女性と比べれば少しレベルが落ちる。

 アリシア、シャルロット、桃子、桜儚の四人が一真の周囲にいるのだ。

 そこに彩夏が加わっても見劣りはしないが、物足りないと感じる。

 それに一真は異世界でも多くの美女と知り合いゆえに彩夏がミスコンで日本一に輝いたと聞いても、大して興味はないだろう。


「ちなみに何番目なんですか?」

「え?」

「いや、トップ10の何番目なんですか?」

「……10番目」

「なんか微妙っすね」

「うわ~~~ん! この子、嫌い!」

「え~、何なんすか……」


 泣き崩れる彩夏をよけてもう一人の女優が一真に話しかける。


「ごめんね~。この子、一真君のファンなんだ~」

「マジっすか!?」

「学園対抗戦の映像を見てね。それにキングとも仲がいいでしょ。そういうのもあって憧れてたのよ~」

「へ~。それは光栄です!」

「あ、ちなみに私は佐久間さくま美緒みおって言うの。よろしくね」

「よろしくです。ところでもしかして佐久間さんも有名人だったり?」

「一応はね。私はモデルなの。一応、ガールズコレクションとかに出てたり、雑誌とかの表紙にも載ってたりするんだけど、知らない?」

「すんません……」

「まあ、男の子なら知らない子とかいるから私は平気だけどね~。彩夏のほうは本当に有名なんだよ?」

「いや~……ハハ!」


 誤魔化すように笑うことしか出来ない一真は助けを求めるように桃子のほうを見るが、そこには一人虚しく弁当を食べている彼女の姿があった。

 監督は聖一達と世間話をしており、桜儚はやはりその容姿から注目をされていたようで俳優陣から積極的なアプローチを受けていた。

 その中で一人桃子だけが世界に取り残されたように黙々と弁当を食べている。それがあまりにも悲しくて一真は桃子へ話しかけた。


「桃子ちゃ~ん」

「……」

「(ちっぱい)」


 桃子は読心の異能を自由自在に使いこなせるので、基本は心の声が聞こえてこないように異能をオフにしているのだが、一真の声だけはピンポイントで届いた。


「(大丈夫。こういうのは反応したら負けなんです。無視しましょう)」

「(ちっぱい! 桃みたいなヒップ! ムチムチの太もも! 最近、飲み過ぎてお気に入りのスカートが履けなくなった桃子ちゃん!)」

「(どうして、その事を知ってるんですかね~!)」


 キッと殺気を含んだ目で一真を睨みつける桃子。

 一真はやっと桃子が振り向いてくれたので嬉しそうに口元を歪める。


「(言っておきますけど、私にはどうすることも出来ませんからね!)」

「(そこをなんとか! この人たち、なんか面倒くさそうなんだよ!)」

「(身から出た錆です。自分でどうにかしてください)」

「(今回、俺悪くなくない? 向こうが勝手に期待してただけじゃん!)」

「(知りませんよ。そんなこと)」

「(桃子ちゃんの薄情者! 俺は上司! 助けなさい!)」

「(断固拒否します!)」


 フイッとそっぽを向いて桃子は完全に一真から目を逸らした。

 桃子の手を借りれないと知って、一真はどうにか一人で女優陣の相手をしなければならないと嘆く。

 なんとかご機嫌を取り戻してもらおうと一真は女優陣について質問を繰り返し、彼女達への理解を深めていくのであった。

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