第26話 ゲッダン、クソ親父
桃子との待ち合わせ時間までまだ余裕があったので一真は寮の食堂で優雅に朝食を楽しんだ。
程よい甘さのスクランブルエッグ、カリカリのベーコン、焼きたてのパン、熱々のスープという実に素晴らしい朝食を一真は食べ進めていく。
「う~ん。絶妙な味加減だ。戦闘科の寮の食堂は支援科とはレベルが違うな」
支援科の寮の食堂が大衆食堂なら戦闘科の寮の食堂は三ツ星ホテルだ。
それくらい二つには差がある。
やはり、どうしても将来国の為に働く戦闘科を優遇してのことだ。
「まあ、飯は生きていく上でも重要だからな。不味い飯よりも美味い飯のほうが士気は上がるし、何よりもやる気が出る」
食堂に人がいないから一真の口からは独り言がポロポロ零れてくる。
ただ、忘れてはいけない。ここは無人の食堂ではない。
厨房には調理スタッフがいるのだ。
彼等彼女等は一真の独り言を耳にして、少しだけ嬉しそうにはにかむ。
人に褒められるのはいつだって嬉しいものである。
「うむ! 二度目の朝食だけど、美味しかったです! ご馳走様でした!」
まさかの二度目と聞いて調理スタッフは思わず転げそうになった。
確かに戦闘科の生徒は良く食べるが朝食を二度も取る生徒はいなかった。
どちらかと言えば、朝食、昼食、夕食、夜食の四食が多数である。
とはいえ、別に咎める必要はない。
それだけ生徒達は運動し、エネルギーを消費するのだから。
「さて、いい感じに腹も膨れたし、そろそろ行くか」
一真は食堂から立ち去り、桃子と待ち合わせをしている場所へ向かう。
寮を出て、真っ直ぐに駅の方面へ向かい、一真はゆったりと歩く。
時計を確認し、時間にまだ余裕があることを確かめた一真は普段とは違う道を選んだ。
それが不運だったのか、幸運だったのか。
一真の進行方向に長蛇の列が出来ていた。
土曜日の朝早くに長蛇の列とは珍しいものだと一真は気にしつつも、その横を通り抜けていく。
どれだけの人がいるのだろうかと一真は通り抜ける際に何度も横目で確かめる。
すると、見知った顔を見つけて足を止めた。
「クソ親父?」
「んん? その声は我が息子か!」
一真は行列に並んでいる実の父親こと賢人に歩み寄る。
「何してんの?」
「見て分からないのか? 並んでるんだ」
「これ、何の行列なんだ?」
「知らないのか!? 今日は周年イベントなんだよ! しかも、創業百周年のな!」
「……パチ屋のイベントかよ。開店は何時からなんだ?」
「開店は朝九時からだ。そんで今は並び順の抽選待ちしてる」
現在の時刻は八時二十分。
開店時間まで残り四十分で一真の待ち合わせ時間と同じである。
「何人くらい並んでるの?」
「さあな~。でも、見た感じ千人はいるんじゃないか?」
「百周年ならもっといるんじゃないか?」
「まあ、いるだろうな。ところで息子よ」
「なんだ?」
「こんな特別な日にお前に会ったのも運命だ。何番台が出ると思う?」
「知らんがな……」
「まあまあ、そう言うな。本当はスロットを打つ予定なんだが、取れなかったらお前の好きな番号を狙ってみようと思うんだ。だから、な? 試しに言ってみてくれ」
「ん~……」
好きな番号を言えと言われても咄嗟に思い浮かぶものではなく、一真は両腕を組んで頭を捻る。
「ちなみにパチンコは一番から七百番まであってスロットは一番から六百五十番まであるからな!」
「合計千三百五十台って多いな……」
「で、何番だ?」
「…………三百五十九番と四百八十七番だ」
「ほう」
「前者がパチンコで後者がスロットだ。言っておくけど、負けても俺のせいにはするなよ?」
負けた時の言い訳にされたくないので一真は念のために釘を刺しておく。
こう言っておけば賢人も文句を言ってくることはないだろう。
「分かった! じゃあ、勝っても奢らなくていいな!」
「一度も奢ってもらった事はないがな……」
口約束で何度か奢る話はあったが一度も約束が果たされたことはない。
呆れ果てる一真は溜息を吐き、賢人に別れを告げる。
「それじゃ、俺は用事があるから、これでさよならだ」
「おう! 俺の勝利を祈っててくれ!」
「へいへい。大負けしても人に迷惑掛けるんじゃねえぞ~」
ヒラヒラと片手を振って一真は去っていく。
行列が進んでいく中、賢人は小さくなっていく一真の背中を見送ってから前を向いた。その横顔は死に場所を決めた戦士のようだった。
パチカス系クソ親父と別れた一真は待ち合わせ場所になっている駅に着いた。休日なだけあって駅の利用者は多く、人で溢れかえっている。
これでは桃子を探すのは一苦労だろう思っていたら、妙に人だかりが出来ている場所があった。
一真も人だかりが気になり、誘蛾灯にフラフラと集まる蛾のように足を動かした。すると、そこにはバッチリお化粧をした桜儚と桃子が並んで立っていた。
二人とも人目を惹く容姿をしている上に化粧を施し、お洒落な格好をしているので余計に目立っていた。特に桜儚のほうが目立っている。
スタイル、美貌、そして自分の魅せ方を熟知しているので男性の視線をほぼ独り占めにしていた。
「これから、あそこに行くのか~」
辟易する一真であったが、以前にもシャルロットやアリシアを引き連れて学園祭を楽しんでいたことを思い出し、今更かと開き直って人だかりを掻き分けて二人のもとへ近付いた。
「ごめ~ん! 待った~?」
デート定番のやり取りをする一真に対して二人はそれぞれ違った反応を見せる。
桃子は白々しいといった目で一真をジト目で睨み、桜儚はそっちがその気ならとノリノリで返事をした。
「んも~、待ってたんだからね~」
桜儚は一真の腕に絡みつき、耳元に顔を近づけ甘ったるい声を出す。
背筋がゾクリと震える一真は慌てて桜儚の顔面に手を当てて引き剥がし、距離を取った。
「やめんか! 鳥肌が立っただろ!」
「でも、最初に仕掛けてきたのは貴方のほうじゃない」
「そう言われるとそうなんだが、俺としては桃子ちゃんにやって欲しかった」
「誰があんな恥ずかしいことするもんですか。それよりも、さっさと行きますよ。ここでは目立ってしまってかないません」
「それじゃ、三人で仲良くお手て繋いで行きましょ」
そう言って桜儚は一真の右手を取り、桃子が左手を譲る。
「子供じゃないんですから手なんて繋ぎませんよ」
桃子はプイッと顔を逸らして、さっさと駅の改札口へ歩いて行く。
可愛らしい仕草を見せる桃子に桜儚はクスリと笑い、一真の手を引っ張って後に続く。
「なんで握ったままなんじゃい」
「だって、貴方フラフラしてどこか別のところに行きそうだもの」
「それはお前だろうが」
「あら、それなら私達はお互いどこにも行かないよう手を繋いでおかなきゃね」
お茶目にウインクする桜儚に一真は複雑な気持ちを抱いたが、彼女の性格については今更である。懐に潜り込むのが得意な油断ならない魔性の女であることは承知している一真は溜息を吐いた。
「ホント、今更だよな~」
「ええ、そうよ。今更よ」
「言っておくが現場の俳優や女優を食おうなんて考えるなよ?」
「向こうから来た場合は?」
「う~む、判断に難しいところだ……」
改札口に向かっていた桃子が、いつまで経っても二人が来ないから引き返してきて、二人のくだらない話を耳にし、助走をつけて一真にドロップキックを放った。
「ぐほぉ!」
「何くだらないことで盛り上がってるんですか! 約束の時間に遅れますよ!」
「割と真面目な話なのよ~? それに貴女にも無関係じゃないわ」
「どういう意味ですか?」
「芸能界にスカウトされたらどうするの?」
「……お断りしますよ」
「少し考えたわね~」
「ッ! そ、そんなありもしない話をしてないで早く行きますよ! ほら、貴方も寝てないでしゃきっとしなさい!」
「え、え~~~……」
ドロップキックで沈められた一真はあまりにも理不尽な桃子の言い方に引いていたが、悪かったのは自分のほうなので納得して立ち上がり、彼女の後をついて行くのであった。
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