第25話 明日は楽しみだな~
訓練が終了し、教室に戻った一真は制服に着替え、帰りのHRまで適当に雑談をして過ごす。
「お前さ。もう少し手加減ってものを覚えてくれ」
「あれでも結構、手加減してたんだよ? 本気出したら、十分もかからなかったから」
「冗談でしょ? あれで手加減してたって……」
「嘘じゃないよ。ほら、俺って秤重蔵とも戦ってるでしょ? あの時と同じ力を出してたら、もっと早く終わってたから」
「うッ……。言われてみれば確かにその通りだな」
学園対抗戦の活躍を知っているので一真の言葉に嘘がない事は分かる。
もしも、あの時と同じ実力を発揮されていたなら、間違いなく一真の言う通り、十分もかからずに全滅していただろう。
「はあ~。分かってたけど、一真ってマジ強いな」
「ね~。学園対抗戦の時よりも弱体化されてたから、いい勝負出来ると思ってたんだけどな~」
「でも、いい目標が出来たわ。一真に一泡吹かせるっていう目標がな!」
「そこは勝つって目標じゃないの?」
「いやいや、普通に考えてこの三年間努力しても一真に届きそうにないわ。でも、一泡吹かせるくらいは出来るかな~って」
「あ~、確かに一度くらいは一真を驚かせたいよな!」
「だろ! それにこういっちゃなんだが……最強に挑むって感じが、な?」
「分かるぜ~! 最強の男に認められるとか、ちょっと憧れるシチュエーションだよな!」
男性陣が夢見るシチュエーションにどんどん盛り上がっていく。
その様子に女性陣は何が楽しいのかさっぱり分からなかったが、一真に一泡吹かせたいという気持ちだけは一緒だった。
そして、盛り上がっているクラスメイトを見て一真はニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべている。
最強の男という称号に浮かれており、一真はHRが始まるまで口角は上がりっぱなしであった。
「君達も知っていると思うが来月には学園最後のビッグイベントである生徒会長決定戦がある。学年問わずだから一年生でもある君達にも参加資格はあるからね。もし、参加する気があるなら応募用紙に名前を書いて提出してね。それじゃ、土日だからって羽目を外しすぎないように」
帰りのHRが終わり、一真達は寮に帰る。
その途中で不意に一真の携帯が鳴った。
ポケットから携帯を取り出して、一真は着信相手の名前を見ると、そこには桃子の二文字が書かれていた。
彼女から電話とは珍しいものだと一真は不思議に思いながらも、桃子からの電話にちょっと嬉しそうに笑いながら出た。
「はい。もしもし、桃子ちゃん」
『ちゃん付けはやめてください。あと、
「うい~」
『は~、全く……』
電話越しでも彼女の反応が手に取るように分かる。
きっと桃子は大きな溜息を吐きながら頭を押さえている事だろう。
一真の相手をする彼女は心労が溜まるばかりだ。
しかし、それが仕事なのでどうする事も出来ない桃子はストレスを発散するようにお酒に逃避するのである。
「それで、いきなり電話してきてどうしたの?」
『叶聖一さんからご連絡がありました。例の戦隊モノの撮影が始まったので見学に来ないかと。あと、意見が欲しいとも言っていました。どうしますか?』
聞かなくても分かる。
一真の答えはイエスだ。
それ以外はあるまい。
何せ、どう考えても一真にとって大好物の話題なのだから。
「当然、行くよ!」
『分かりました。では、先方に伝えておきますね』
「よろしく~!」
電話を終えて一真は嬉しそうな笑みを零す。
少し前は白銀の騎士が玩具になって恥ずかしそうにしていたが、今ではすっかり気に入っている。
人気者になるのはそう悪くないと一真は手の平を返したのである。
寮へ帰り、一真はトレーニングルームで筋トレを行い、シャワーで汗を流し、夕食を取ってから私室へ戻る。
さっぱりした気分で一真はベッドに腰掛けていると、唐突に携帯が震え、メールを受信した。
メールの内容は先程、桃子と話していたもので撮影現場の見学の日程が記載されている。
「明日って随分と早いな」
一週間くらいは先だろうと予想していたが、思っていた以上に見学日が早いことに一真は驚く。
桃子の話では聖一から連絡を受けてたと聞く。
つまり、定期的に連絡を取っていたのだろう。
それで見学の話が出て、最終確認として桃子から一真に連絡があった。
「俺の知らない所で話が進んでたのかな? まあいいか。どっちでも」
勝手に話が進んでいたのだろうが、特に怒るような事はない。
別に勝手な真似をされても自身及びに周囲の人間に害が及ばなければ、基本は放置である。
実際、DXソード白銀の騎士Verが出ても玩具メーカーにクレームを入れることはしなかったのだから、今更というものだ。
「よし! 夜更かしする前に寝よう!」
遠足前日の子供みたいに一真は布団に飛び込んだ。
明日が楽しみで寝不足になってはいけないと、勇者時代に培った一瞬で眠れる睡眠魔法を駆使して、深く眠りに落ちるのであった。
◇◇◇◇
翌朝、目が覚めた一真は薄暗い明け方に顔を顰める。
「しまった。少し早すぎたな」
一真が目を覚ましたのは朝の五時であった。
いくら楽しみだったとはいえ、これは早すぎる。
一真はもう一度布団に潜ろうかと考えたが、今度は寝坊してしまうかもしれないと危惧して、早すぎるが起きることにした。
「ランニングでもしてくるか……」
時間を潰すのには最適だろうと一真はジャージに着替えて、寮の外に出た。
まだ外は薄暗く、人の気配もない。
強いて言えば新聞配達のバイトがいるくらいだろう。
もしかしたら、寮の近辺にはいないかもしれないが。
「軽く走って時間を潰すかな」
そう言って一真はストレッチを行い、寮の周辺を三十分ほど走った。
いい具合に身体が温まってきた一真は二十四時間営業している寮のコンビニでパンを購入し、休憩所でのんびりと過ごす。
休憩所でまったりしていると、人の気配を感じ、一真は寮の出入り口の方へ向かう。
そこには一真と同じく学園指定のジャージを着た毅、俊介、慎也、香織、楓、アリスといった者達が揃っていた。
これから何か始まるのかと一真は物陰に隠れながら見守っていると、楓たちはストレッチを行うと走り始めた。
どうやら、朝のランニングを一緒に行う集まりだったようだ。
それを知った一真は何故自分を誘ってくれないのだろうかと不貞腐れる。
そもそも楓たちと一真の間には到底覆しようのない実力の差がある。
それをどうにか埋めようと楓たちは自分達に出来る事を精一杯やっている。
ランニングもその一環であり、一真には秘密裏で行っている。
全ては一真に一泡吹かせるという目標の為に。
ただし、楓だけは一真を倒すつもりでいる。
「……戻ってシャワー浴びよ」
内緒にしているという事は、それ相応の理由があるというものだ。
一真は寂しく感じたが、誰にでも踏み込んでは欲しくない領域がある事を理解し、足音を立てないようにその場を去った。
私室へ戻り、シャワーを浴びて一真は普段着に着替える。
今日の予定は紅蓮の騎士をモチーフにした新しい戦隊モノの撮影現場の見学だ。
お洒落をする必要はないが、それなりに格好をしていかなければ浮いてしまうのは間違いない。
何せ、現場にいるのは撮影スタッフに俳優、女優なのだからみすぼらしい格好は笑いの的だろう。
もっとも、鼻で笑われた暁には暗い夜道で一人ずつ暗殺するかもしれない一真であった。
「とりあえず、こんな感じかな~」
無難なファッションで一真は姿見を確認し、どこにもおかしな点はない事をしっかりと確かめた。
時刻は午前七時。集合時間は午前九時だ。まだ二時間もある。
一真の心は浮かれきっていた。
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