第19話 お助けキャラ

 午後一番の訓練が終わり、次はVRマシーンを使った仮想訓練となる。

 一真達は服を着替えて移動し、VRマシーンが設置されている部屋に来た。

 今回の授業内容は仮想空間でイビノムとの戦闘だ。

 一真だけは一般人なのでパワードスーツの着用を許可された。


 訓練を始める前に仮想空間内で一真は待機を命じられる。


「何故に?」

「皐月、お前の実力は学園対抗戦でよく知っている。そんなお前がパワードスーツに加えて武器を所持していたら鬼に金棒だろう」

「そんなことはないと思います!」


 先生に向かって一真は抗議するが聞き入れてもらえない。


「はっきり言ってお前に訓練は必要ないと思うんだ」

「はっきり言いますね~」

「剣崎宗次は国内でも屈指の実力者だ。すでにイビノムを何体も討伐しており、学生の中では間違いなく最強だった」

「つまり、そんな先輩に勝ってしまった俺は最強ってことですね」

「まあ、その通りなんだが……。ゴホン、とにかく俺が言いたいのはお前に訓練の意味がないということだ」

「他の皆が必死に戦ってると言うのに!」


 ギシリと奥歯を鳴らす一真だがVRマシーンを使った仮想訓練なのでクラスメイトが死ぬことはない。


「お前はお助けキャラみたいなものだから我慢しろ」

「仕方ないな~」

「(聞いていた通りだが本当にチョロいな……。悪い女に騙されないか心配だ)」


 一真の調子の良さに先生は心配するがもう遅い。

 彼はすでに悪い女に何度も騙されては殺されているのだ。

 救いようのないアホである。


「む、救難信号だな」

「え? どういうことですか?」

「今回の訓練内容は街にイビノムが現れたと仮定している。避難は完了しておりイビノムの討伐だけだが強さは今の生徒達に難しいレベルに設定している」

「それで?」

「どうしても倒せない場合は救難信号を出すように命じている。もう分かるな?」

「はあ。つまり、俺の訓練の口実ってことですか」

「そういうことだ」


 一真は救難信号が出ている場所を教えてもらうと、すぐに現場へ駆けつける。

 そこでは数人のクラスメイトが四足歩行の獣型イビノムを相手に苦戦していた。

 すでに何人かのクラスメイトは戦闘不能に陥っており、イビノムの撃退は不可能と判断できる。

 一真は即座に戦況を確認し、唯一の武器である刀を片手にイビノムへ向かって駆け出した。


「援護する!」

「一真か! 助かる!」


 クラスメイトの間をすり抜けて一真はイビノムに接近し、襲い来る爪を掻い潜り、足を切り落とした。

 たまらずイビノムはバランスを崩して倒れそうになるが残り三本の手足で踏ん張って耐えた。

 すかさず、そこへ一真は追撃を行い、もう一本の足を切り落とす。

 これで完全に動けなくなったイビノム。

 一真はそれを確認して距離を離し、クラスメイトに顔を向ける。


「あとはやれるか?」

「え、あ、ああ……」


 振り返って一真が見たのは呆然としているクラスメイト達だった。

 はて、どうしてそのような顔をしているのかと不思議に思った一真は首を傾げるばかり。


「てか、早く動け! 足止めはしてやったがお前らが頑張らなきゃ訓練の意味ないだろ?」

「あ、ああ! そうだな! おい、みんな! やるぞ!」


 改めて一真の実力を思い知らされたクラスメイトはようやく動き出す。

 動けなくなったとはいえ、まだ二本の手足が残っている。

 手負いの獣は凶暴というようにイビノムは自分に近づけさせまいと暴れていた。

 今、近付くのは危険だが動けない今がチャンスでもある。

 クラスメイトは細心の注意を払いながら距離を詰めてイビノムにトドメを刺した。


「ふ~~~……」

「勝てたな」

「ああ、一真のおかげだ。俺達だけだったら負けてたよ」

「先生から聞いてる。今回は勝てるか勝てないかのギリギリのレベルだったらしいな」

「マジか。いつもより強いとは思ってたけど、そういうことだったのか」

「俺なしで勝てたら高評価だっただろうな」

「だな。でも、お前の戦うところを直に見れてラッキーだったかもな」

「そんな凄い事でもないと思うけどな」

「いやいや、お前は自分が思ってるよりも凄いやつだからな」

「まあな!」


 バカみたいに大笑いする一真に釣られてクラスメイトも笑い声を上げる。

 少しの間、笑っていた一真達であるが他の場所からも救難信号が上がり、笑っている場合ではなくなった。


「救難信号だな。それじゃ、俺は行ってくる」

「おう!」


 片手を上げて一真は救難信号が上がった方向へと走り出す。

 瞬く間に去っていく背中を見てクラスメイト達は改めて一真の凄さを知った。


 一真は救難信号の上がった場所に向かい、先程と同じように援護してクラスメイトにイビノムを倒してもらった。

 今回の訓練はクラスメイトには少し荷が重く、失敗するチームも多い。

 その中で唯一、イビノムの討伐に成功したチームがある。


「流石は槇村だな。学園対抗戦で大いに成長しているのが見て分かる」

「ですね~」


 楓は学園対抗戦に一年生代表として出場したのが、そこで一真の地獄の鍛錬により魔改造されている。

 それゆえ、他の一年生どころか卒業間近の三年生すら圧倒する実力を有している。

 今回の訓練内容は一年生には厳しかったが楓にとっては簡単なものであった。

 一真が相手に比べればイビノムなど敵ではないのだ。


「今回の評価はどんな感じなんですか?」

「そうだな。皐月には特別に教えるが高評価ばかりだ。本来、ここまでレベルを上げるとどうしても諦めたりする者が現れるのだが今年の一年生はどうやら誰かの影響か、諦めの悪い者が多くてな。最後まで己の役目を全うしようとしていた。その姿勢はとても評価されるものだ」

「なるほど……」

「それに多くの者達が実力を上げている。これも誰かの影響だろう」

「そりゃよござんす」


 ほとんどの一年生が一真に負けていられないと奮起した結果、一先生全体の実力が向上したのである。

 これには教師陣も驚いたが悪影響ではないため、放置しているというよりもむしろ喜んでいた。

 自主的にトレーニングに励んでくれるのだから教師陣としては歓迎するべき状況なのだ。

 であれば、教師陣が文句を言う事はない。


「さて、次は皐月についてだが」

「うっす! 百点満点ですね!」

「……まあ、あれだけの活躍をすればな~」


 一真はイビノムを倒さず、クラスメイトが成長するように上手くフォローしていた。

 ドヤ顔で自信満々な態度が腹立たしいが言っている事は間違っていないので先生は呆れたように息を吐いた。


「は~……。そうだな。今のままでも充分に国防軍入りは確実だ。あとは普段の態度と言動さえしっかりすれば文句一つないぞ」

「善処します!」

「それ、しないやつだからな……」


 社会人がよく口にする言葉だ。

 善処します、やらないということを理解している先生は諦めたように盛大な溜息を吐いた。


「まあ、いいさ。ところで皐月は生徒会長決定戦には出ないのか?」

「あ~、学園最後のビックイベントですね」


 最終学期に行われる生徒会長決定戦。

 どこの学園も行われており、最後の大行事となっている。

 一年生、二年生のみ参加が可能となっており、来年度の生徒会長を決める大会が開催される。

 一応、支援科も可能だが基本参加者はいない。

 戦闘科と実力がかけ離れすぎているからだ。

 その点で言えば一真が支援科から出場していれば史上初となる支援科の生徒会長が誕生していた。

 もし、一真がそのことを知れば参加していただろうが今は戦闘科なので参加する意欲はないだろう。


「どうするつもりなんだ?」

「俺はいいですよ~。生徒会長って柄じゃないですし」

「そうか。まあ、まだ参加の締め切りまで時間はあるからよく考える事だな」


 そう言われても一真にはあまりピンと来なかった。

 やはり、自分は生徒会長になるような人間ではないと思っており、一真は考えないことにしたのだった。

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